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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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第十八話 最善の選択

♪小さな生命いのちの声を聞く

 せまる不思議の黒い影

 涙の海が怒るとき

 枯れた大地が怒るとき

 終わる果てなき戦いに

 誰かの平和を守るため

 青い光を輝かせ 

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「平手さん、水里文学賞受賞おめでとうございます」

 会場に集まる多くの人々の中から一人の青年が立ち上がる。その姿を目にした周囲の人々が惜しみない拍手を送っていた。


「平手恭一さん、壇上にどうぞ」

 恭一は拍手を送る人々の中をかき分けながらひとり舞台へと近づいていった。誰かが彼に手を差し出す。恭一は笑顔でその手を握った。そして壇上へと続く小さな階段を一歩一歩昇っていった。


「皆さん、さらに盛大な拍手を」

 司会の男があおるように会場に語り掛けると、拍手の音がさらに大きくなった。恭一は微笑みを浮かべながら壇上の中央へと進んでいく。


「今、ご紹介にあずかりました平手恭一です。このたびはこのような光栄な賞を頂き誠にありがとうございます。これも応援して頂いた読者の皆様のおかげと感謝しております」


 ありきたりの挨拶を終え、恭一は壇上から会場を見渡した。自分がこれほど注目を浴びるとは思わなかったが、今や会場の人々から称賛されている。これまで自分の小説を誹謗中傷してきた連中を見返すことができる。そう、今まで自分を見下してきた者たちを。


 恭一の視界に一組の男女が飛び込んできた。薄暗い会場の隅、人々の影に隠れるように座っている二人の姿を彼は見逃さなかった。

 稲垣幸一とその妻、いずみ。恭一の才能を否定し続けてきた出版社の担当である稲垣と、彼の思いを踏みにじった女。何よりも許せないのは自分を否定する男を選んだあの女だった。


「また、今日ここまで支えてもらったスタッフにも、本当にありがとうと言いたいです」

 勝ち誇ったように恭一は会場を見渡す、当然、稲垣夫妻の方にも目を向けた。

 お前たちにも感謝するぞ。この小説は俺の反発心とみじめさから生まれたんだ。つまり、お前たちへの復讐心が原動力だったのだから。


「平手さん、ありがとうございました。皆さん、もう一度大きな拍手を」

 ほれ見たことか。もしあのとき、俺を選んでいればお前は文壇のトップの妻になれたというのに。悔しいだろう、妬ましいだろう。

 恭一の目は再びいずみのいる場所に向かう。彼の心がざわつく。いずみは幸一に寄り添い、彼女の肩には幸一の手が優しく回されていた。


 恭一は一礼し壇上を降りた。彼の視界からゆっくりと二人の姿が群衆の中へと消えていく。しかし恭の心のざわつきは消えることはなかった。


 ×   ×   ×


「立花健太、二十歳。高校卒業後、職を転々とし、最終的に産業廃棄物業者にパート職員として就労。その廃棄物業者の社長が先月不法投棄で逮捕。それを手伝った罪で彼も立件対象になるも行方不明。単に社長の手伝いであることから検察としては不起訴処分を決めた」


 調書を読み上げた蒼真がフッと息を吐く。蛍光灯が消えたままの会議室は小さな窓から差し込む淡い光で白くぼんやりと照らされていた。蒼真と芦名の前に座るのはくたびれたスーツを着た刑事。彼は腕を組んで黙っていた。


「それが立花健太について我々が知る全てです」

 不機嫌そうに刑事が答える。

「この立花健太の行方はまだ分かっていないんですか?」

「分かっていません。全く足取りが途絶えています」

 刑事はさらに不機嫌さを募らせ、出会ったときから深く刻まれていた眉間の皴が一層深くなっていた。


「我々も、産業廃棄物業者の社長が言う供述の真意を確認したくって、その男を探していたのですが、阿久津さん、あなたが彼と話した以降は誰も立花健太を見た人はいません」

「僕が彼と話した最後の人間だと」

「そうなります」

 刑事は鋭い眼光で蒼真を睨みつける。蒼真はその視線に少したじろいだ。


「で、今回あなたは高知で立花健太を見た、と言うことなんですね」

「はい。確かに見ましたし、話もしました」

「それは一週間前だと」

「はい」


「あなたは彼となにを話しましたか」

「彼はMECの機密事項を知っていました」

「ほぉ、それは具体的に言うと」

「それは」

 蒼真はチラリと芦名を見ると、彼は首を横に振った。


「それは言えません」

「分かりました。ではその後立花健太はどこへ」

「それは、怪獣への対応で彼を追うことはできませんでした」

「ほぉ」

 蒼真は次第に自分が刑事に取り調べを受けているかのような気分になってきた。なぜ刑事は不起訴になった男のことをここまで執拗に尋ねるのだろうか。


「刑事さんは健太になにか恨みのような感情を持っていませんか?」

「あなたが以前樹海で立花健太と話をした後、警官が何人か負傷しました。彼の周りに噴き出した白い霧状のもので中毒を起こしたことになっています。一応それは樹海の地下から噴き出したメタンガスのようなものだと結論付けています。が、私はそのことを信じていません。なぜなら負傷した警官たちは皆、まるで電撃を喰らったように体が痺れたからだと言っています。ただ、証拠がないため、彼の罪は問えない。しかし何度も言うようですが、私はガスによる中毒説は信じていません」


「立花健太がやったとでも」

 刑事の目がさらに鋭くなる。

「私は否定できないと思っています」

「それなら健太の行方を捜してもらえませんか」

 刑事が軽く首を振った。


「違法投棄に関して彼は不起訴です。警察が追うことはできません。今言った警官を負傷させた行為が彼の仕業だったとしても証拠がありません。指名手配をかけることができません。せいぜいあなたが家宅捜索を出してもらうぐらいしか手がないでしょう」

 刑事が天を仰ぐ。その姿を見て蒼真は深くため息を吐いた。

「そうですよね。すみません」

 蒼真が頭を下げると刑事は顎をしゃくり上げて彼を見つめた。


「まぁ、防衛隊の方のご依頼なので一応上には話はしておきます」

 蒼真を見下す刑事に対し芦名が重い口を開いた。

「ご協力感謝します」

 刑事がチラッと芦名を見た後、立ち上がった。

「では、私はこれで」

 そう言い残し刑事は振り返ることなく会議室を後にした。


「なんか嫌な感じでしたね」

「しょうがないさ。自分の仲間が怪我したのに、捜査の手を回すことができないんだから。きっと蒼真君がもっと彼が何かの事件にかかわっている、みたいなことを言わないと動けないんだと思うよ」

「そうなんですね。怪しい男に会ったでは警察は動いてくれない。まぁ、当然ですよね」

 蒼真が再びため息を吐く。


「蒼真君はどうしてそんなに健太と言う青年が気になるんだい」

「彼は一般人が知らないことを知っていたんです。それに……」

 蒼真は健太の言葉を思い出した。

「彼は、人間を恨んでいる」

「そんなやつ、いくらでもいるだろ」

「そうなんですけど、それを利用しているやつがいるような気がして」

「宇宙人か?」

 蒼真は軽く頷く。


「なるほど、だとすると早く見つけないと」

「でも警察は動いてくれないし」

「防衛隊にもいろいろな監視システムがあるから、そこからなにか分かるかもしれない。ちょっと頼んでみるよ」

「お願いします」

 これで健太が見つかるかもしれない。もし見つかれば彼に聞きたいことがある。


「へぇ、そうなんだ。それはお母ちゃんが戦え、って言うからか?」

 健太のこの言葉。なぜ彼は自分の母のことを知っているのだろう。それを聞くためにはどうしても彼を見つけ出さなければならない。是が非でも。


 ×   ×   ×


 出版社の編集部といえば、テレビなどで喧噪なイメージがあるかもしれない。しかし今の時代、電話が鳴り響くこともなく、議論する声も聞こえない。皆がパソコンに向かい、キーボードを叩いている。電話はメールに取って代わり、議論はチャットの中で行われるようになった。作家も自宅を出ずに担当と会話ができ、編集者も事務所を離れることなく仕事をこなしている。時代は変わったのだ、と恭一は事務所を見回して思った。


「先輩の次回作、楽しみです。あっ、ごめんなさい、先生でしたよね」

「ありがとう、先輩でいいよ」

 真面目そうな黒縁メガネをかけた編集者の女性が頭を掻いた。

「まぁ、編集者としては半人前だったが、まさか作家先生になるとはな」

 本庄デスクが笑顔で恭一に話しかけた。

 そう、平手恭一はこの出版社で働いていたのだ。あれは十五年前のこと。大学を卒業し、この会社に入社してから、本庄のもとで編集者としての人生をスタートさせた。


 その頃はただひたすらに忙しかった。言うことを聞かない作家に振り回され、締め切りに追われ、昼も夜もなく、いつご飯を食べたかも覚えていないような日々が続いた。そう言えば、この事務所でよく徹夜したものだ。会議室で眠り、朝日をこのフロアーから眺める。今となっては何か懐かしい。

 そんな生活が嫌だったわけではない。それはそれで楽しかった。自分が書いた記事が紙面を飾り、作家を激励しながら締め切りに間に合わせる。自分がかかわった雑誌や書籍を電車の中で読んでいる人を見つけるたびに内心ほくそ笑んでいた。


 しかしそれ以上に書きたいという思いが募っていった。自分の思いを文字に起こし、人々に読んでもらいたい。担当する作家と話をするたびにその思いがいっそう強くなった。

 ただそれだけではなかった。作家になったきっかけは他にも。

「先生はまだ独身ですよね。結婚しないんですか?」

「まぁ、モテないからね」

「今回の受賞で一機にモテるんじゃないですか」

 恭一は苦笑いを浮かべた。


 この女性は彼がここで失恋したことを知らないのだ。ふと、自分が昔使っていた机の方に目をやる。その隣、そこにいずみは座っていた。彼女にはいつも励まされていた。原稿が書けないときや締め切りに間に合いそうにないとき、いつも彼女の笑顔が支えだった。

「きっとなんとかなるって」

 その言葉を聞くと、急に力が湧いてきた。彼女にはどれほど助けられたことだろうか。

「そう言えば、稲垣がいないな」

 本庄デスクが見回した。


「稲垣さんは何某先生の所に行っていますよ」

 稲垣幸一、恭一とは同期である。彼は編集者として抜群の才能を発揮していた。仕事は迅速で、文章も巧み。有名な作家先生にも高く評価されていた。それに加えて彼の外見は申し分なく、その上優しい。彼のことを悪く言う女性を見たことがなかった。


 それに引き換え稲垣と恭一は同期であるがゆえに何かと比較された。要領の悪い恭一は何をやっても稲垣には勝てなかった。当然、見た目も含めて。

 ただ一つ、恭一は自分が書く原稿だけは彼に負けていないと信じていた。稲垣の文章は確かに簡素でまとまりがあり、優等生的なものであった。しかし、恭一の文章は違った。不器用ではあるが熱があり視点もユニークだった。これなら稲垣に勝てるはずだと当時の恭一はそう考えていた。


「相変わらず彼は忙しそうですね」

「そうだな。何某先生に気に入られてるからな」

 稲垣といずみが腕を組んで歩いているところを見たのは入社して五年目のことだった。あの日のことは今でも鮮明に覚えている。帰宅するために駅に向かって歩いていたとき、白いワンピースを着たいずみを見かけた。明らかに社にいるときとは雰囲気が違っていた。胸騒ぎが恭一を襲い、そのまま彼女の後を付けた。彼女が歩いていった先には、そう、稲垣がいた。


 薄々気付いていた。いずみが稲垣を見る目は自分に向ける目とは明らかに違っていた。稲垣を見る彼女の目は少し潤んでいた。それは自分と話をしているときには見せない目。しかし心のどこかでそんな思いに蓋をしていた。


 いずみは稲垣に駆け寄り抱き付くように腕を絡める。恭一の心の蓋が開き、どす黒い思いが彼の中に充満していく。帰宅後、恭一は稲垣が写った写真にナイフを突き立てそのまま焼き捨てた。

 やがて二人が結婚するという噂が社内に流れ始めた。胸が潰れるような思いだ。作家であるにもかかわらずその感情を表現する適切な言葉が見つからなかった。


「そう言えば、授賞式のとき、いずみさんも会場にいましたね」

 女性編集者の言葉をきっかけに肩を寄せ合う二人の姿が蘇った。

「いずみさん、稲垣さんじゃなくて平手さんと結婚していたら、今ごろ大作家夫人に成っていたのに」

 女性編集者が無邪気に笑う。この女性、自分がいずみに好意を持っていたことを知ってからかっているのか? 恭一はムッとする。


 しかし彼女の言うことにも一理ある。いずみは後悔しているのだろうか。稲垣ではなく自分を選んでいれば、そう思ってくれているのだろうか。いや、きっと後悔しているに違いない。そうだ、そう、に違いない、彼女は後悔すべきだ。こんな出版社の一社員の妻より、水里文学賞受賞作家の妻になり損ねたことを。


「デスク、大変です」

 青ざめた顔をした若い男が本庄デスクに駆け寄った。

「どうした!」

「事故です。稲垣さんが帰社中に車にはねられました」

「稲垣が!」

 恭一が息を飲んだ。あの稲垣が事故……


「で、どうなった」

「病院に搬送されました。命はあるそうです」

 恭一の心が揺れ動く。

「ですが、頭を強く打っていて意識不明の重体の用です」

「重体!」

 再び恭一の心が揺れる。


「とにかく、お前は奥さんに連絡を、俺は上に報告してくる」

 報告に来た男と本庄デスクが慌てて部屋を出ていく。その後姿を見送りながら恭一の鼓動は速まっていく。稲垣が事故に遭った? いずみは、彼女は……

「稲垣さん、大丈夫かしら」

 隣にいる女性編集者が心配そうに腕を胸の前で組んだ。


 ×   ×   ×


「稲垣はきっと戻って来るよ」

 病院の廊下は昼間なのに暗く感じられた。まだ蛍光灯が点灯する時間ではないが、夕日は恭一がいる位置の反対側にあり、その光がここまでは届かない。面会時間も終わりに近づいているためか、廊下を病室からエレベータに向かって歩く人が多い。薄暗い廊下の長椅子にはいずみが前かがみに顔を覆って座っており、その横には恭一が寄り添っている。


 事故から三日、稲垣は意識を取り戻していない。

 恭一は見舞いに行こうかやめようか迷った挙句、結局三日目に病院を訪ねることにした。正直、稲垣の事故を心のどこかでほくそ笑んでいる自分をいずみが見透かしてしまうのではないか。そう思うと足が重くなった。


 稲垣の状態は面会謝絶で、集中治療室に入ったまま、まだ予断を許さないと看護師は恭一に伝えた。近くにいずみはいなかった。仕方なく帰ろうとしたとき、暗い病院の廊下でいずみを発見した。いずみを見かけたときも今も彼女の姿勢は変わっていなかった。


「大丈夫、きっとなんとかなるって」

 いつも恭一がいずみから励まされていた言葉が自然と口をついた。顔を覆っていたいずみがその美しい顔を見せ少し微笑んでくれた。

「ありがとう、恭一君が来てくれて助かったわ」

 いずみのささやくような声が恭一の耳に入った。恭一は照れくさそうに目を逸らした。


「気を落とさずに」

 恭一はそれ以上何も言えなかった。彼の心の中には落ち込んでいる彼女を救いたいという思いと、稲垣がこのまま死ねばいいという暗い思いが同居していた。


 稲垣が死ねばいいと恭一は以前にも二度思ったことがある。一度目はいずみとの結婚のとき、二度目は自分が作家になったときに処女作をこき下ろされたときだ。作品を出版社に持ち込んだ際、真っ先に批判したのは稲垣だった。稲垣に恭一への嫉妬心があったかどうかは本人に聞いたことはない。ただ、恭一はあったと思っている。稲垣の批判はかなり厳しく、社内でも信頼の厚い彼の言い分が通ることになった。


 そのことは恭一を深く傷つけた。なぜこんなやつに否定されなければならないのか。こいつは俺の邪魔ばかりする。いっそ、この世からいなくなればいい。そう何度も心の中で思った。

 結局、処女作は別の出版社から出すことに決まった。稲垣の予想が当たったのかどうかは分からないが、その本は全く売れなかった。しかしそのこともなぜか稲垣のせいだと思い込み恨みだけが彼の心を満たした。


「ちょっと休んだ方がいいよ。全然家に帰ってないんだろう」

 いずみが再び顔を手で覆う

「いったん家に帰った方が……」

 いずみは軽く首を横に振った。

「まぁ無理にとは言わないけど」

 恭一の心に嫉妬が芽生えた。そう、彼女はいずみのことを本当に心配している。当然と言えば当然のことだが、恭一にはその事実を受け入れ難い気持ちが芽生えてきた。そして、その思いは次第にいずみに対する恨みに変わりつつあった。


 正直、ざまあみろと言ってやりたい。君は俺を選ばなかった。その結果が今の状態だ。もしあのとき、稲垣ではなく自分を選んでいれば、今頃ふたりは水里文学賞受賞の祝辞で埋まった部屋で、称賛を受けながらゆっくりと食事をしていただろう。そしてそれを機にふたりはもっと幸せになっていたかもしれない。仕方がない、君が選んだ道だ。今、君を不幸にしているのは自らの選択の結果なのだから。

「いずみの気が済むまでここにいていいよ」

 目の前のいずみが傷つけば傷つくほど、恭一の心の痛みは次第に和らいでいく。


「ありがとう」

 いずみは前かがみになったまま動かない。ここまで言っても彼女は自分の方を見ようとはしない。心は変わらず稲垣にある。この女はここまで来てもまだ俺を選ばなかったことに後悔しないのか。いずみはまだ自分の存在に気付いていない。恭一は苛立ちと落胆が入り混じり、いたたまれなくなった。

 恭一は落ち着くために立ち上がり暗い廊下の先にある明るいナースステーションの方向へ歩き出した。恭一は振り向かなかった。振り向けば自分を見ずに蹲ったままのいずみを見るだけであり、それがさらに自分を傷つけることは明白だった。


 恭一はエレベータに乗り込んだ。そしてそのまま一階へ、扉が開くとそこは外来診療の待合室だった。恐らく午前中には大勢の人が診察を待っていたのではなかろうか。だが今は誰もいない。夕日が待合室の長椅子をオレンジに染めている。その長椅子に恭一は座り込んだ。

「落ち着け、稲垣の意識が戻れば彼女はあいつの妻に戻る。もう、永遠に彼女は自分に振り向かない」

 恭一が俯き目を閉じる。


「でも、もし稲垣がこのまま意識を取り戻さなければ……」

 恭一の心にはどす黒い感情が広がっていく。

「なにを考えてるんだ俺は」

 彼の拳が固く握りしめられた。

 そのとき恭一の耳に甲高い音が響いてきた。その音は徐々に近づいてくる。ハイヒールの音だ。ハッと目を開くと彼の視界に入ったのは精気を失ったいずみであった。


「どうしたんだい」

 恭一が立ち上がるといずみが彼の目の前まで近づいた。

「ここにいても彼が目覚めるわけでもない。そう思ったら急に疲れたの」

 いずみの表情は相変わらず冴えない。いや、無表情にすら見えた。

「だから恭一さん、家まで送ってくれない?」

 恭一が息を飲み、そして二度頷いた。


「いいよ、このまま帰る?」

「うん」

 いずみの返事には変わらず覇気がなかった。彼女は稲垣の目覚めを諦めてしまったのか、それとも…… そのうつろな目を見つめながら、恭一の心には再び黒い感情が広がっていった。

「じゃぁ僕の車で送るよ」

「うん」

 恭一がいずみの肩に手を添えると彼女が彼の方に体を傾けた。


「さぁ、行こうか」

 恭一がいずみの肩を抱くといずみが彼に体を預けた。恭一の胸が躍る。脱力したいずみを支えるように恭一は廊下を出口へ向かって歩き出した。


 ×   ×   ×


 日が沈み暗闇が住宅街を覆う中、道路には点々と光る街灯だけが目に映る。人々は帰宅し、外の暗がりとは違う明かりの下でくつろいでいる時間帯なのだろう。誰一人として歩いている人はいない。そんな闇夜の中、煌々と光る車のライトが一軒の家の前に止まった。

「着いたよ」

 恭一が助手席に座るいずみに優しく声をかけた。しかし反応がない。横を向いた恭一が目にしたのは、ヘッドレストに持たれ目を閉じているいずみだった。


「いずみ?」

 声をかけてもいずみは目を開かない。微かに寝息が聞こえる。恭一の胸が苦しくなり、ふーっと息を吐いてから、ゆっくりといずみの顔に自分の顔を近づけた。

「ん?」

 いすみの目が開く。恭一は慌てて運転席に座りなおした。


「着いたよ」

「ごめん、寝ちゃった」

「疲れてるんだよ」

 恭一は運転席から前方を見ながら話しかける。

「そうみたいね」

 いずみが体を起こし、シートベルトを外した。


「ありがとう」

「いや、いいんだよ。困ったときはお互い様だから」

 恭一は自分の意識を悟られないよう真っすぐ前を向いていた。車のドアが開く音が聞こえる。

「ちょっと寄っていく」

「え?」

 恭一が初めて横を向く。


「いいの?」

「コーヒーでもどう、ここまで送ってきてもらったお礼に」

 彼の胸が再び苦しくなる。

「どう?」

「あゝ、じゃぁちょっとだけ」


 恭一はエンジンを切る。いずみの後に車を降りた。いずみが先に玄関を開けて家の中に入る。遅れて恭一も家の中へと続いた。いずみの後を追うように暗い廊下を抜けてリビングへと向かう。いずみが電灯を点けると、白い壁に木製の家具が目に入る。壁にかかるラックには花や小物が飾られており、いずみのセンスの良さが感じられる簡素な部屋だった。


 木目調の飾り棚が恭一の目に入った。棚にはたくさんの写真立てが並べられている。近づいてその写真を見た恭一の胸がざわついた。そこにはいずみの満面の笑み、彼が見たことのないほど明るい表情が写っており、そして必ずその横には稲垣が寄り添っていた。

 恭一が思わず目を背ける。その先、オープンキッチンでは表情の乏しいいずみがコーヒーを入れている。写真に写るいずみの笑顔とはあまりにも違い過ぎる。そのことが再び恭一の心をかき乱した。このまま彼女は無表情のまま暮らしていくのだろうか。恭一は目を閉じ、彼女の笑顔を取り戻すためにはどうしたらいいのかを考えた。……


 心に浮かんだ言葉を振り払うように頭を振った。そしてゆっくりと目を開けると、さっき見ていた写真立てが落ちている棚が目に入った。気付いていなかったが、その棚の下の段には三冊の単行本が置かれている。それは恭一が原作の小説だった。

 彼が本を手に取るとそれは最新作と昨年出した作品、そしてデビュー作の三冊だった。あんなに批判をしていた稲垣がこの本を買うはずがない。とすればこの本を買ったのは……


「これ、買ってくれてたんだ」

 振り返りざまにいずみに声をかけた。キッチンではドリップが終わったコーヒーをいずみが白いカップに注いでいた。

「え、」

 いずみが恭一の方に目を向ける。

「あゝ、もちろんよ。だって恭一さんは私たちの誇りだもん」

 私たち? 恭一は一瞬耳を疑った。あんなに自分の小説をこき下ろしていた稲垣、誇りに思っていた? そんなはずがない。


「うれしいな、いずみがそう思ってくれて」

 いずみだけならうれしい、だけど…… コーヒーを入れ終えたカップを盆に乗せたいずみがリビングへ向かい恭一もソファへと続いた。彼女がカップをテーブルに置くのを見つめながら恭一は席に着いた。

「どうぞ」

 いずみも向かいに座った。さっきより少し表情が柔らかくなった気がする。その変化に恭一の心がホッとする。


「ありがとう」

 恭一が手に持っていた単行本をテーブルに置き、コーヒーを口に運んだ。いずみが入れてくれたコーヒーはどこかほろ苦く感じた。

「これ、最新作だね。読んでみてどうだった?」

 いずみもコーヒーを一口飲む。その視線が恭一の手にある本に向けられるとさらに表情が緩んだ。

「うん、面白かったわ。恭一さんらしいウィットにとんだ文章がすてきだった」


「ありがとう、いずみに褒めてもらうのが一番うれしい」

「幸一も褒めてたわ」

「え、稲垣が?」

「えゝ、あなたらしいって」

「僕らしい?」

 稲垣に自分の何が分かるというのか。恭一の心に赤いものが光った。 いずみがコーヒーを口に運び、恭一も同じようにカップに口を付けた。


「恭一さんのお嫁さんになる人は幸せね」

「え、?」

 持っていたカップを思わず落としそうになる。

「なんで?」

「だって、その若さで水里文学書を受賞したのよ。その才能をひとり占めできるなんて幸運なことだわ」

 恭一の頭の中がかき乱される。もしかしてこれが真実なのか? それともただの思い過ごしなのか?


「この前、編集者の女の子が授賞式の後、いずみが稲垣じゃなくって僕と結婚していたら文学賞受賞者の奥さんになれたのに、って言ってたよ」

 恭一はできるだけ心を読み取られないよう、ふざけた感じで笑った。

「本当ね」

 いずみも笑った。この笑みはどういう意味? 後悔してる? それとも……

「でも、縁がなかったから」

 いずみの声が耳の奥に刺さった。違う、縁がなかったんじゃない、君が縁を切ったんだ。


「いずみはどうして稲垣と結婚したの?」

「そうね」

 いずみが小首を傾げる。

「気が合ったからかしら」

「気?」

「そう、それ以上でも以下でもない」

 もう一口、いずみがコーヒーを口に運んだ。


「もし、もし稲垣に……」

 そこまで言って恭一は自分が不謹慎なことを口走っていることに気が付いた。だが、一度口から出た言葉は消すことができない。

「そうね」

 いずみがコーヒーカップをテーブルにおいて、

「一生、独身かな」

「独身?」

 いずみが無表情のままコーヒーカップをじっと見つめている。


「彼以外考えられないの。なんて言っていいか分からないけど、たぶん彼しかいない、そんな気がするの」

 いずみが笑顔を浮かべた。それはさっき見た写真の笑顔と同じだった。

「なるほど、二人は仲良しなんだね」

 恭一も笑みを浮かべる。唇が微かに震えていた。


「稲垣が早く元気になればいいね」

 心がざわつき、目が乾いていく。そしてカップを持つ手が微かに震える。

「ありがとう。私たちのことを気にかけてくれるのは恭一さんだけよ」

 いずみの笑顔を見つめながら、恭一の中にある赤い光がどんどん大きくなっていった。


 ×   ×   ×


 自宅マンションに戻った恭一はひとりパソコンに向かいキーボードを叩き続けた。画面には縦書きの文字がぎっしりと並び、ファイル名には『悔やむべき選択』と書かれている。

「小説の中ならなにをしたってかまわない」


 小説の中のヒロインは旦那が事故に遭ったことで苦しむ。旦那は脳死状態で寝たきりになり、彼女はひとりで家にいる。そんな中、元同僚が彼女に会いに来る。彼女はその寂しさに同僚に惹かれていき、やがて二人は結ばれ逢瀬を重ねる。しかし元同僚は出世しヒロインを捨ててしまう。ヒロインの絶望と後悔がテーマとなっている。


 彼の怒りが小説の中のヒロインに向かう。結局いずみは自分に全く興味を持っていなかったのだ。そもそも男としても見ていない。なぜなら自分の家に自分を招いたがそこで何も起こらなかったのだ。普通ならば何か起こってもおかしくない状況だった。しかし彼女はそうは考えなかった。同じ空間に男と女がいて何も起こらない。それが何より、彼女が自分に興味がないことの証拠だった。


 結論から言うと、いずみが愛しているのは稲垣であり、彼女の言う通りそれ以上でも以下でもない。自分がどれだけ偉くなろうが、どれだけ金を稼ごうが、世間がどれだけ認めようが、それは関係ないのだ。

 そう思えば思うほど怒りがキーボードへと乗り移る。小説の中でヒロインはひとり部屋で泣き叫び、自分はいずみに後悔させたいと思う。しかし彼女は後悔しない。だからこそ小説の中のヒロインには死ぬほどの苦しみを与える。元同僚への未練と別の男との結婚に対する後悔、そこにいずみの姿を重ねるのだ。しかしいずみは後悔しない。


「そんなことは分かっているはず」

 恭一がキーボードのエンターキーを力いっぱい叩く。

「こんな小説、評価されるわけがない」

 そう、自分の怨念を文章に乗せているだけだ。

「くそっ」

  恭一は机を力任せに殴り鈍い音が部屋に響いた。


「なにしてんだろう」

 恭一がいきなり笑い出した。その声は次第に大きくなり、腹を抱え、涙を流して笑い転げた。そして笑いが収まった後、彼は再びパソコンの前に座り先ほどより早く、かつ力強くキーボードを叩き始める。

 小説の中のヒロインが捨てられた後、脳死状態の旦那のもとへ。その女の手にはナイフが握られていた。


「不幸になれ、不幸になれ」

 恭一は不気味に嗤いながら心の中でそう叫んだ。

 小説のヒロインが旦那の胸にナイフを。

「死ね! 稲垣!」

 彼の思いが頂点に達したとき、パソコンの中から煙のような白いものが沸き立ってきた。


「なに?」

 恭一が慌ててパソコンから離れる。煙はいっそう吹き上がり、部屋中に充満していく。息苦しくなった恭一はその場に倒れ込んだ。そのとき赤い光がまばゆく輝いた。

「わっ!」

 恭一は必死で床を這いやっとの思いで玄関へたどり着く。外に出ようとした瞬間、彼の住むマンションが崩壊し始めた。


 ×   ×   ×


「本当にこの辺りでフレロビウムが検知されたって言うのか?」

 三上が面倒くさそうに蒼真に話しかけた。

「警察からの連絡では、パトカーに搭載された検知器がこの街で反応したとのことです」

 三上がぐるりと周りを見回した。ここは東京湾岸の高層マンション街。夜の闇の中、まばゆいばかりの窓からの光が宝石のように夜空を背景に輝いている。地上では街灯が明々とともり、道路を昼間のように照らしている。


「なんか、怪獣らしき姿もないし、間違いじゃないのか?」

 三上は天を仰ぎ、城壁のようにそびえる高層建物を見上げた。

「こんな場所、俺たちの方が場違いだし、そろそろ引き上げないか?」

 三上の言葉を聞き流しながら、蒼真は検知器で辺りをくまなく調査する。すると検知器から警告音が。


「三上隊員、反応がありました」

「なに!」

 三上の表情が険しくなり、蒼真のそばに寄って検知器を覗き込む。そして蒼真は検知器を持ったまま道を進んでいく。

「この道沿いに反応があります」

「この道を歩いて行ったってことか?」

「歩いたかどうかは分かりませんが、この先に続いているようです」

 三上が道の先に目を凝らす。そこにはひときわ高いマンションがそびえ立っていた。


「なんか、金持ちが住んでそうなマンションだな」

 三上が頭を掻きながらそのマンションを見上げた瞬間、地響きが二人を襲う。

「なに、なにが起こった!」

 目の前のマンションから土煙が上がる。三上と蒼真はふらつきながら身構えた。まもなくマンションの中から十人ほどの人たちが慌てて外へ飛び出してくる。

「早く、早く非難してください」

 蒼真がマンションの中に呼びかける。すると上層階から建物が崩れ始めた。


「助けて!」

「逃げろ!」

 人々が口々に悲鳴をあげる。

「急いで!」

 蒼真たちが避難誘導を行っている中、恭一がその場にいた。彼はMECの隊員服を着た三上を見るや否や、彼に飛びついた。


「僕の部屋が、僕の部屋にあったパソコンが白い煙を吐いて……」

 蒼真が駆け寄る。

「で、どうなったんです?」

「どんどん巨大化して、床が抜けて壁が崩れて……」

 恭一がへなへなとその場に倒れ込んだ。

「三上隊員、この人を安全な場所へ!」


「蒼真君は?」

「この人の言う白い煙の正体を確認してきます」

「分かった。気を付けてな」

「はい」

 三上は恭一に肩を貸し、そのままマンションから離れた。一通り住民たちが避難しただろうそのとき、マンションから赤い閃光が放たれる。その光と共にマンションが瓦解し、その中に黒い影が立ち現れる。


「あれはパソコン?」

 蒼真が見上げるとそこにはパソコンのディスプレイを顔に持つロボット、怪獣ストビリーがそびえ立っている。しばらく動かなかったストビリーが急に電源が入ったおもちゃのように動き出す。

「ワ~、怪獣だ。逃げろ!」

 ストビリーが多くの住民の方へと歩き出す。そのとき青い光の柱が現れ、ネイビージャイアントがストビリーの前に立ちはだかった。


 ネイビーがストビリーの顔面にパンチを見舞った。しかしその一撃は全く響かず、逆にネイビーが手を振って痛みを和らげようとするほどストビリーは硬かった。ストビリーがネイビーに突進しネイビーは後方のマンションに激突。そのままマンションが瓦解、彼は瓦礫の下敷きになった。

 ストビリーが顔面の画面から怪光線をネイビーに浴びせる。半壊していた建物が完全に崩れ、土煙の中でネイビーの姿が完全に消えた。それでもストビリーは光線を発し続ける。建物が完全に破壊されるのを確認し、ストビリーはようやく光線の発射を止めた。


 ストビリーはしばらくその瓦礫を見つめ、何も動きがないことを確認すると、破壊された建物に背を向けた。その瞬間、瓦礫の中からネイビーが飛び出した。

 ネイビーがストビリーの背に飛び乗り前向きに倒れ込ませる。ネイビーはストビリーの顔面ディスプレイの脇にあるスイッチを見つけ、そのスイッチを切った。瞬く間にストビリーの顔が消え、慌てたストビリーは狂ったように回り出す。周りのマンションにぶつかりながらぐるぐると回った後、何かにつまずいて倒れる。そのとき、ディスプレイと胴体の隙間から赤い光が見えた。ネイビーの左手から放たれる青い光線がその赤い光を捕る。ストビリーはそのまま動かなくなり、そして静かに消えていった。


 ×   ×   ×


「その後稲垣さん、脳死状態で眠り続けているみたいですよ」

 真新しい白い壁や天井、そして真新しい家具に囲まれた中、編集者の女性が恭一に話しかける。新しいマンションに越してきたばかりで、まだ居心地がいいとは言えない。その感覚は今の彼女の言葉から感じる違和感と似ていた。


「いずみさん大変ですよね。これからどうするんだろう」

 恭一は机の上の原稿用紙を見つめながらふっと息を吐いた。

「彼女は稲垣と共に生きることを選択したんだと思う」

「え、でも旦那さんがあんな状態で、いつ目が覚めるか分からないのに。それに経済的にも大変ですよ。入院費とか」

「彼女が働いて支えると思うよ」

「えぇ、そんな、悲しすぎますよ」


「それでも彼女はあいつのそばにいる」

 恭一は真新しい壁を見つめ、まるで壁の向こうを見るような遠い目をしていた。

「そんなもんですかね」

 女性が怪訝そうな顔で答えた。

「そんなもんじゃないの」

 恭一のそっけない返事だった。


「どうして先生はそう思うんです?」

 編集者の女性が小首を傾げながら恭一が眺めている壁を見た。そこにはやはり壁しかなかった。

「うむ」

 恭一はさらに遠い目をした。確かになぜそう思うのだろう。どこかで自分がそう思いたいのだ、彼女に彼を置いてどこかに行ってほしくない。心のどこかでもう一人の彼がささやく。

 そう、きっといずみは稲垣と生きる。その関係に自分は入り込めない。彼女はそう選択したのだから。


「そう、彼女が選択した最良の相手だから」

「私には最善の選択だとは思えないですけど」

「いや、彼女は最善の選択をした。だからその結果を受け入れてやつのそばで生き続ける。きっと」

「ふーん」

 女性編集者の瞳には納得できない思いが深く宿っていた。


「でも、不謹慎な発言ですけど、先生の次回作のテーマになりそうですね」

 彼女の瞳が輝き口元に明るい微笑みが浮かんだ。

「そうだね」

 恭一はペンを手に取り原稿用紙を前にした。しかし筆を進める気力が湧かなかった。あの日、彼女への憎しみをぶつけるようにしてパソコンに撃ち込んだ原稿。その瞬間に何かを創り上げる情熱が失われていたのだ。まるであのパソコンが彼の怒りを吸い取り、同時に生きる力さえも奪い去ってしまったかのように感じられた。


「良いテーマが見つかったんで、来週その小説の構想を聞かせてください」

 女性が手元のバッグを手に持ち立ち上がる。

「じゃぁ、来週きますね」

 女性編集者はそのまま玄関へと向かい、そこでふと足を止める。そして振り返り、

「私ならそんな選択はしないと思います。自由でいたいので」

 最後の言葉を放つと、彼女は慌ただしく立ち去っていった。ひとり残された恭一は沈黙の中で原稿用紙を睨み続けた。


「彼女の選択、いずみの選択、どちらも間違いではないんだろう。きっと」

 恭一は原稿用紙へペンを走らせた。

「これが僕の選択」

 彼は原稿用紙に『最善の選択』と記し、冷静な視点から二人の女性の選択を通じて人生の本質を綴り始める。彼のペンは怒りを含む感情を排除し、新たな文体で原稿用紙を埋めていった。

《予告》

 野良猫に餌をあげ続けるお婆ちゃんの敏子。彼女の庭に来るミーちゃんに家族は迷惑だと感じていた。そんな中、彼女たちが住む町の猫がフレロビウムに犯されているとMECに報告が入る。次回ネイビージャイアント「怯える猫」お楽しみに


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