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ネイビージャイアント  作者: 水里勝雪
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第十五話 威嚇するカマキリ

♪小さな生命いのちの声を聞く

 せまる不思議の黒い影

 涙の海が怒るとき

 枯れた大地が怒るとき

 終わる果てなき戦いに

 誰かの平和を守るため

 青い光を輝かせ 

 ネイビー、ネイビー、ネイビー

 戦えネイビージャイアント

「この麻袋の中には高密度のフレロビウムが霧状になって入っていました。麻袋は鉛を限りなく薄くしたものです」

 手元の資料を見つめながらMEC科学班のエース、島本朋美が説明を続けていた。彼女の前には人が入れるほどの大きなガラスケースがあり、その中には小さな麻袋が静かに置かれている。その周りには吉野隊長をはじめ、芦名、三上、田所のMEC隊員たちと蒼真がその袋をじっと見つめていた。


「フレロビウムは瞬時に元素が崩壊する物質ですが、その周りにある元素が放射線を受けて活性化し、そのエネルギーを再び崩壊したフレロビウムに戻すことでいつまでも元の状態を維持できています」

 田所が首を傾げる。

「うーん、よく分からないけど、それは難しいことなのか?」

「とてつもなく難しいことです」

 吉野隊長が腕を組みながら、


「それはどれぐらいの科学力でできるんだ?」

「地球の今の科学では無理です。そもそもフレロビウムを作り出すこと自体高度な技術と大掛かりな装置が必要になります。とてもその物質を維持することは我々には不可能と言っていいと思います」

「やはり科学力の進んだ宇宙人の仕業と言うことか」

「そう考えるのが妥当かと」

 朋美は無表情で答えた。


 もし彼女の言っていることが正しいとすれば父は宇宙人によって作られたフレロビウムを使って新たな生命を生み出したことになる。そして、その宇宙人によって父は殺されたのだ。彼らの目論見に父が邪魔になったのだろうか。蒼真の頭の中で疑念が渦巻く中、三上が吉野隊長の前に進み出た。

「隊長、少し気になることがあるのですが」

「なんだ」

「過去の事件にかかわった関係者に会って話を聞いて来たんですが、ササキ製薬の中原さんの場合、この麻袋を少女から手渡されたそうです」


「少女?」

 蒼真の脳裏に白いワンピースを着た少女の姿が映る。

「彼の話によると、白いワンピースを着た小学校低学年ぐらいの女の子からその麻袋を手渡されたようです」

 間違いない、あの少女だ、そう蒼真は感じていた。

「中原さんと関係のあった女性がその袋を開いたとき、その白い霧が彼女を包んでそのあと怪獣が現れたそうです」


「隊長」

 芦名が三上の位置まで前に出た。

「前回の川本さんの事件でも、彼女は同じように小学生の少女から麻袋をもらったと言っていました。彼女も同じように白い霧がAIロボットに纏わりつき、それが怪獣化したと」

「そう言えば……」

 蒼真が過去の事件を思い返してみた。


「莉奈の旦那さんが怪獣化したときも、森田教授が怪獣化したときも、確かこの袋を持っていた記憶があります」

 吉野隊長が不審そうにガラスケースの中の麻袋を覗き込む。

「この中の霧状のフレロビウムが人に寄生して怪獣になると言うことか。そしてそれを少女が持っている」

 田所が他の隊員たちを見回しながら、


「とにかく、その少女を探すのが近道ってことになるな。よし、探しにいこう」

「いや待て」

 芦名が止めた。

「その前に市民に注意喚起しよう。少女からもらった麻袋を開かないようにと。これ以上怪獣化する犠牲者を増やさないために」

 蒼真も芦名の意見に賛成だった。あの謎の少女を簡単に見つけ出せるとは思えない。それよりも、情報公開と情報収集の方が重要だ。


「分かった。防衛隊の広報に連絡してくる」

 田所が実験室を出ていく。

「よし、我々は市民からの情報の提供を待ってその少女の探索を進めよう。すまんが蒼真君は島本君とともにフレロビウムの霧の分析と対策を考えて欲しい」

「分かりました」

 蒼真は朋美に目を向けたが、彼女は返事をすることなく資料に集中していた。


「じゃぁ、あとはよろしく」

 芦名たち三名が部屋をあとにした。

 見送る蒼真はふと後ろが気になり振り向く、すると朋美がじっとガラスケースを見つめているのが目に入った。彼女の大きな眼差しが中の麻袋に注がれている。その凛々しい表情がもともと美しい彼女を一層引き立てていた。


「島本さん」

 蒼真の問いかけに彼女が反応しない。

「島本さん」

「え、」

 やっと気付いた朋美が蒼真に視線を向けた。その目は大きく見開かれ異様な雰囲気が漂っているように蒼真は感じた。


「驚かせてごめんなさい、でも島本さんなんか変ですよ」

「あゝ、ごめんなさい。ちょっと考え込んでたんで」

 朋美は無表情のまま蒼真に謝罪した。その眼差しは鋭く蒼真の心を突き刺すような感覚を覚えさせた。朋美は科学班のエースであり、蒼真が最も信頼している人物である。しかし彼女の様子には何か違和感があった。


「今後どうするかを考えたいの。だから自分の部屋で一人にしておいて」

「はぁ」

 蒼真の返事が終わる前に彼女は部屋をあとにした。彼女を見送る蒼真はやはり先ほどの眼差しが気になっていた。その冷たいまでの眼差しが彼の心に不安を残していた。


 ×   ×   ×


『防衛隊からの緊急警告です。この麻袋は非常に危険です。お持ちの方は直ちに防衛隊にご連絡ください。また、その袋を手渡されても決して開かないようご注意ください。情報によると、小学校低学年の少女がこの袋を手渡しているとの報告があります。とにかく、この麻袋を開かないようにお願いします。そして、袋を見かけた方は速やかに防衛隊に連絡してください』


 テレビのアナウンサーがサンプルの麻袋を手に取り真剣な表情で話を続けていた。朋美は静かにテレビのスイッチを切ると画面からアナウンサーの姿が消えた。

 ここは彼女専用の研究室。机には試験管や顕微鏡などの器具が並び、近くの棚にはレーザー照射装置や大型の砲撃装置が整然と配置されている。資料が積まれた横にはスカイタイガーの模型などMECの武器に関するあらゆるものが所狭しと置かれていた。まるで攻撃的なものの博覧会のようであり女性の部屋とは思えない。しかしこれが彼女の仕事なのである。


 朋美はレーザー照射装置の前で小さなため息を吐いた。自分は何を考えているのだろう。心の中に広がるもやもやとした感情が彼女を包み込む。

 あの霧状のものが生物だなんてにわかには信じられない。誰がそんなことを言い出したのか。そう、それは阿久津蒼真、彼である。彼が来てからMEC科学班は一変した。それまではスカイタイガーやMECレーザーガンなど、あらゆる怪獣攻撃の兵器を自分主体で作り上げてきた。しかし彼が来てから状況は劇的に変わったのだ。


 彼の言葉で科学班全体が動き出す。彼の言動が最も重視されるようになり、今まで自分がメインだったのに、彼が自分の立ち位置に取って代わった。最初は素人学者など何の役にも立たないと思っていた。なのに……

 自分も開発を頑張った。しかしどれだけ兵器を開発してもそれが怪獣に通用したことはなかった。島本の作る兵器は役に立たない、ここ最近の提案もどれも通っていない。誰かにそう噂されているような気がした。なのに、蒼真の放射線検出装置は有用に使われている。誰もが彼を信頼している。


「素人なのに……」

 朋美は両手で机を強く叩いた。その衝撃で試験管が震え微かな音を立てた。

「どうすれば良い?」

 朋美は机の上の資料を手に取りフレロビウムについて考え込んだ。これが人間と融合するとはどういうことなのだろうか。彼女は別の資料を探し始めた。何か、何かヒントがあるはずだ。怪獣化する現象に今ある情報以外に秘密があれば、それを解き明かせば怪獣化を防げるかもしれない。いや、怪獣化した人間を元の姿に戻せるかもしれない。それが分かれば……


 朋美は片っ端から資料を漁り始める。どこかにヒントがあるはずだ。

「これを見つけることができれば」

 資料を手に取り各事件の共通点を洗い出していく朋美。手元のメモには次々とキーワードが書き込まれていく。その手がやがて止まった。

「これだわ」

 朋美の顔に笑みが浮かぶ。それは不気味なほど口角が上がる微笑だった。


「これで阿久津隊員を出し抜ける。いや、そんな小さい話じゃない。それを見つけることができれば世界を驚かせる」

 朋美が立ち上がった。彼女の妖しい笑みは依然としてその顔に残っていた。

「私がこの世界を変える。そう、これでみんなが私を敬う」

 朋美の笑みが次第に笑い声へと変わり小さな部屋にその声が響き渡った。

「これでみんなが私を無視できなくなる。そうすれば阿久津蒼真はいないも同然」

 そう言い残すと朋美が自室を出ていった。


 ×   ×   ×


『異生物は我々生物のあるエネルギーと融合すると、その生物に寄生するように体内に入り込み、異様な姿で新たな生物として誕生するのです』

 真夏の太陽が神山研究室の赤い屋根を照らし、その庭園は緑のじゅうたんのような芝生が広がっている。生命が最も力強く息づく七月、蒼真は芝生に大の字になって雪を抱かない富士山を眺めるのも好きだった。


 しかし今は心地よさよりも、もやもやした感情が彼の心を支配している。あの麻袋の霧、それと融合するエネルギー、そして人が怪獣化する現象。なぜ?

 蒼真は右手に握られた紙束を見つめた。それは母の手紙と一片の論文だった。蒼真は論文に貼った付箋の部分を開いた。


『怒りとは行動生物学的に言えば攻撃行動の一種。一般的には威嚇と呼ばれる行動。自分の身に危険が迫っているときに相手に、その場から離れてもらうための行為。ただし人間の怒り、特に妬み、恨み、憎しみについてはこの攻撃行動だけでは説明がつかない。人間の持つ感情と言う複雑系が単なる生理的反応であるはずの怒りを自らで制御できないものに変化させている』

 蒼真はこの部分が気になっていた。まるで怒りが単なる生理現象ではなく、何か別の現象であるかのように感じられた。


「井上綾乃は自分の目の前で怪獣化した。それは自分のやりたいことを妨害した女性に対する怒り。キドラはメスを殺され怒り狂った上で巨大化した。片岡孝之は彩さんを芦名さんに救出され、彼に彼女を奪われた怒りで怪獣化した。宇津見雅之は莉奈に浮気現場を押さえられ逆切れした怒りで怪獣化した。森田教授はさとみさんに対する嫉妬、森の動物たちは産業廃棄物で住処を汚染された怒りで怪獣化した。宇宙生物も地球に無理やり連れてこられた怒りで巨大化した」

 蒼真は薄々気付いていた。母の手紙に書かれているエネルギーとは“怒り”のことだ。きっと、あの怪獣が放つ赤い光は怒りのエネルギーなのだと。


「もし、怪獣化する原因がフレロビウムと怒りのエネルギーだとすると」

 蒼真が論文に再び目をやる。

『複雑な感情は脳内に多量の神経伝達物質を生む。必然的にそれは電気信号となる。電気信号はエネルギーとなって放出されることになる。そのエネルギーを人間の体の外から観測できれば云々』

 蒼真がそこまで読み進めたとき、


「そんな古い論文、どこから見つけてきたの?」

 さとみの声が聞こえた。蒼真は慌てて起き上がった。花柄のワンピースを着たさとみが笑顔で立っているのが目に入る。

「あ、すみません。美波に聞いて教授室から持ってきました」

「あら、あんなところにあったのね。知らなかったわ」

 蒼真は服に付いた芝生の枯れ草を払い落とす。さとみが彼の近くまで来て優しく背中の枯れ草を払ってくれた。蒼真の顔が赤らんだ。


「怒りについて知りたかったので調べていたら、奥さんがその関係の論文を書かれていたことが分かって」

「そうね、七年ぐらい前かしら」

 さとみのいつもと変わらない優しい笑顔が蒼真を見つめていた。蒼真の心臓が早鐘のように打ち始める。

「蒼真君が私の研究に興味を持ってくれて嬉しいわ」

 さとみが蒼真と並んで富士山を見上げる。蒼真は富士山ではなくさとみに目をやった。その横顔はやはり美しく心が吸い込まれていきそうだった。


「奥さん、教えて欲しいことがあるんですけど」

「なに?」

「怒りって、生命が生きる上で必要なエネルギーと言っていいのでしょうか」

「そうね……」

 さとみが首を傾げる。

「怒りがエネルギーなのか、それとも単なる複雑な電気信号なのか、その論文にある通りまだ答えは分かってないわ」


「奥さんはどう思っているのです」

「この論文を書いたときは、きっと怒りはエネルギー、それも生命活動に大きく影響するもの、そう考えていた」

「今はどうなんです?」

「今も」

 蒼真はさとみの真正面に歩み出た。


「その証拠が欲しいんです。何かヒントはないでしょうか?」

 まっすぐな蒼真の目をさとみもまっすぐ見返した。そして微笑みながら、

「でもね、私はもう研究者じゃないの」

 そう言ってさとみは蒼真の手を取った。蒼真はハッとした。

「もし蒼真君が私のこの研究に興味を持ってくれたんだったら引き継いでくれるととっても嬉しい」

 蒼真は呼吸が荒くなる。しかしそのことをさとみに悟られないよう少し息を止めながら、


「是非、引き継がせてください」

 今の返事は怪獣を殲滅したいから、それとも……

 蒼真の鼓動、息使い、体全体の熱、これもエネルギー? 

「蒼真君、顔、赤いわよ」

「え、」

 蒼真はさとみから視線を外した。今まで考えていたことがすべて頭の中で白紙に戻ったように感じた。


「蒼真君ならできるわ。この論文の答え、見つけること」

 さとみが嬉しそうに笑った。しかし蒼真はそのさとみの表情をまともに見ることができず少し横を向いた。彼の目の右端には富士山が左端にはさとみの笑顔が映っていた。


 ×   ×   ×


 科学班の実験室には新たに作られた三メートル四方の透明なボックスが設置されていた。それは高硬度の物質で作られており少々の熱や衝撃では絶対に壊れない。そのボックスの前にはMECメンバーと島本朋美が立っていた。吉野隊長、芦名、三上、田所、そして蒼真がボックスの中にいる小さな生物に集中している。その生物は大きさが数センチのカマキリだった。


「まずはこのカマキリに麻袋に入っていたフレロビウムを少量吹きかけます」

 朋美がボックスの前に備え付けられた装置の黄色いボタンを押すと上部のパイプから白い霧が噴射された。霧はゆっくりとカマキリの上に降り注いだがカマキリには特に変化は見られなかった。

「ここで、カマキリを怒らせます」

 朋美がもう一つの青いボタンを押すと前方から棒が突き出された。彼女がボタンの横のレバーを操作すると棒がカマキリの触覚辺りを突いた。カマキリは一瞬怯んだがすぐに大きく両手の鎌を振り上げ、体をできるだけ大きく見せようと立ち上がり鎌を広く構えた。


「カマキリが威嚇しています」

 朋美がレバーをさらに動かすと棒はしつこくカマキリを突き続けた。カマキリはさらに鎌を大きく振りかぶり怒りをあらわにしていた。そのとき白い霧がカマキリに吸い寄せられるように集まり、一瞬赤い光がボックス内を輝かせた。隊員たちも怯んで後ろに下がる。

 やがて霧が晴れると隊員たちの目が大きく見開かれた。そこには体長一メートルを超える巨大なカマキリが大きく鎌を振り上げて立っていた。その体は全身銀色に輝き異様な姿が怪獣化したことを物語っていた。


 メンバーがいっせいに銃を構えた。


「大丈夫です。フレロビウムは少量に抑えてありますので攻撃性は低いです」

 朋美がそう言うと今度は装置にあった赤いボタンを押した。するとボックスの後方に構えていたレーザー銃から光線が放たれる。光線は見事にカマキリに命中しその動きが止まった。そしてゆっくりと倒れていった。

「死んだのか?」

 三上が息を飲んだ。朋美は近くの測定器を覗き込み、


「生命反応は途絶えました。死に至ったと思われます」

 と乾いた声で答えた。

「すごい」

「やったな」

 MECの隊員たちが歓喜の声をあげる。

「いや、よく怪獣化のメカニズムを解き明かせたものだ」

 吉野隊長が感嘆する。朋美は微笑みながら、


「過去の資料を見ていて気付いたんです。怪獣化した人たちはみんな何かに不満を持っていた。そして怒りの最中に怪獣化していたことを」

「確かに」

 芦名が頷く。朋美は得意げに手元の資料を広げる。

「怪獣化したカマキリの組織を調べました。今までの怪獣と同じように皮膚がフレロビウムに変化しています。これまで我々の前で起こっていた現象を実験室レベルで検証できたことになります」

 朋美が笑顔で分析結果の紙をみんなに配った。それを受け取った蒼真がボソッと呟く。


「でも、何もカマキリを殺さなくても」

 その言葉に朋美の顔から笑顔が消えた。そしてギロっと蒼真を睨んだ。

「阿久津隊員はこの現象を認めないとでも」

「いえ、そんなことは……」

 蒼真は朋美の強い口調と鋭い眼差しにたじろいだ。

「正直、僕の目の前でも怒りをあらわにした人がいきなり怪獣化することがありました。なのでそのことはこの現象を裏付けていると思います」


「ならば、阿久津隊員は何がおっしゃりたいのですか?」

 朋美の美しさには冷たさが伴っている。その氷のような表情が蒼真に恐怖感を覚えさせた。明らかに彼女の感情には怒りがある。この状態でフレロビウムに触れればそのまま怪獣になりそうなほどだ。でもなぜ怒っているのか? しかもその怒りは自分に向けられている。一体何をしたのか、全く心当たりがない。それでも彼女の怒りは、その言葉や眼差しから読み取れる。


「いや、その、……」

 蒼真は答えに窮しふとボックスの中にあるカマキリの死骸が目に入った。そう、そもそもあの言葉はこの情景を見たからだ。生物学では下等な生物で実験を行うことは珍しくない。自分だって幾度か生物の命を奪ったことがある。しかしなぜかこのカマキリの実験には嫌な気持ちが心に残る。そもそも彼は怪獣になりたくなかったはずだ。それが無理やり怪獣にさせられ殺された。それは今までの怪獣たちと同じこと。そして、その怪獣を殺してきたのは自分だ。


「すみません、余計なことを言いました。ただ……」

「ただ!」

 朋美の目が変わらず冷たい。

「ただ、もし怒りを持つことで怪獣になるのであれば、その怒りを抑える、例えば興奮抑制剤のようなものを使えば、怪獣から元の姿に戻せるんじゃないかって」

 蒼真は朋美の攻撃的な詰問に対してとっさに思い付いたことを口にした。


「うっ」

 朋美の言葉の攻撃が止まった。蒼真に芦名が近寄る。

「なるほど、確かに。それなら怪獣化した人間も元の姿に戻せるわけか」

「はい、そうです」

 蒼真の答えに芦名が笑顔で、

「蒼真君、ナイスアイディアだよ。これで被害者を増やさなくてもすむことになる」

 蒼真の顔に笑顔が戻った。そうとっさの思い付きにしては良い考えだ。これで人を殺さなくても済むことになる。


「蒼真君、一度そのアイディアを実現する検討を進めてくれたまえ」

 吉野隊長が蒼真の肩を叩いた。蒼真は頷き隊長の後方にいる朋美の姿が目に入った。彼女の表情は先ほどの冷たい表情から変わっていない。いや、むしろさっきよりも冷たく、鋭くなっているように感じた。

 吉野隊長が振り返ると、朋美はハッとした。

「島本君、この計画を進めるにあたって、蒼真君の補助をお願いする」

「補助?」

 朋美の目が見開く。


「頼むよ、島本君」

 吉野隊長の言葉に少し間をおいて

「分かりました」

 朋美が無表情で答えた。そして再び蒼真に目をやる。その目は冷たさを越え、殺気さえ感じられた。

「阿久津隊員、よろしく」

 朋美の心のない言葉が蒼真をさらに緊張させた。


 ×   ×   ×


「島本さんは僕に言いたいこと、何かあるんじゃないんですか」

 夜十一時、MEC科学班の実験室には蒼真と朋美以外の職員はみんな帰っていた。静まり返る実験室に蒼真の声だけが響いた。

「別に、何もないわよ」

 試験管が並ぶ実験机の前で朋美は目の前のフラスコを眺めていた。その目は今製造中の試薬に集中しているようだった。しかし明らかに蒼真の存在を無視するかのように、さっきから彼を見ていない。それを強く蒼真は感じていた。


「本当ですか?」

 蒼真は朋美を見つめた。しかし朋美は変わらず蒼真のことを見ようとしない。

「なんでそんなこと、聞くの?」

 朋美はバーナーで熱されたフラスコを見つめながら問いかけた。

「さっき、ちょっと怖かったですよ。僕に対する言い方」

「そう、いつも通りだけど」

 朋美が沸騰したフラスコに別の試薬を注ぐとフラスコ内の液体が青から赤に変わった。


「僕が防衛隊に入ったとき、島本さんもっと優しかったです」

「そうだったかしら」

 朋美は蒼真の言葉など意に介さず作業を続けている。蒼真にはそれが自分に対する憎悪かもしれないと思う恐怖さえ感じた。

「僕何か悪いことしましたか?」

「別に」

「でも」


「しっ、静かにして」

 朋美が試薬に測定器のプローブを差し込みその値を読み取った。

「OK、これで怒りを抑えられる」

「脳内のノルアドレナリンのレセプターをブロックする物質ですね」

「そう、これで怒りを起こす脳内物質をブロックできる」

 朋美が試薬を別の容器に移す。


「もう一つ聞いていいですか?」

「なに?」

 変わらず苛立った声が返ってきた。

「なんであんな危険な実験をしたんですか? もしカマキリがもっと巨大化して、レーザー銃でも死ななかったら」

 朋美が蒼真の方を向き、不敵な笑みを浮かべる。


「そうならない、そう思ったから」

「朋美さんらしくない定性的な意見ですね」

 朋美の表情から笑みが消えた。

「それが科学者としての感だから」

「感?」

 蒼真が首を傾げる。


「あなたには分からないわ。人には他人に説明できない理論が存在していて、それを感と呼ぶの。それはその人の経験や感性から導き出される答え。だから人には説明できない」

「でももしその感が外れていたら……」

 朋美の眼差しがさらにきつくなる。

「科学者は真実を探求すべき存在。そのためには危険な賭けにもでる」

「しかし……」

 苛立ったのか、朋美は勢いよくボックスの横にある段ボールに向かった。


「未来なんてね、だれにも予測できないわ。だからリスクはともなうもの。それでも物事を進めるためには自らの知恵の限り考えつくさなければいけない」

 朋美が段ボールを持ち上げそれを開けた。そこには大小さまざまなカマキリの手、足、胴体、そして頭が転がっている。蒼真はその中身を見て胃が動転し吐きそうになった。

「あなたが家に帰って何をしていたか知らないけど、私は寝る間も惜しんでテストをし続けた。そしてこれがその結果」

 彼女は段ボールからカマキリの頭を取り出しそれを蒼真に突き出した。


「カマキリが怪獣化したとき、私は生命の謎を一つ見つけたの。怒りが生命を変化させるエネルギーだと。これは人類の中で私が初めて見つけた真実。そう、今まで思いもよらなかった自然の摂理」

 朋美がカマキリの頭をさらに蒼真に突き出した。彼は彼女の思いに圧倒され、一歩、また一歩と後ろに下がった。

「島本さんは、あなたはそんな危険な人じゃなかった」

 朋美が鼻で笑う。


「ふん、あなたが私のなにを知っていると言うの。今まで優しくしてあげていたのはあなたがお坊ちゃまだからよ。世間知らずの学者さんだったから。私にとって無害だったからよ。でも、ここ最近、思いあがってきたわよね」

「え?」

 蒼真は驚きの表情を浮かべた。そんなつもりは全くない。しかし朋美の目は変わらず蒼真を突き刺していた。


「僕は、そんな……」

「さっきも私の意見に反対したわよね」

「?」

 蒼真には身に覚えがなかった。しかし朋美はさらにカマキリの頭を蒼真に突き出す。

「さっき、カマキリをこんなに殺さなくってもって言ったわよね」

「それは、違います。それは僕の勝手な思いで」


「でも私のやったことを批判したことには変わりないわ。生物学者として動物実験を行うことは当たり前。あなただってやっているはず。にもかかわらずそれを批判した。これを思い上がりと言わずになんて言うの?」

「違います。それはこれだけの命を短期間で奪うのはと言う意味で」

「甘い」

 朋美は大声を上げながらカマキリの頭を段ボールの中に投げ入れた。


「真実を見極めるために手段を選んでいる暇はないわ」

 朋美は両手をポンポンと払う。

「あなたが私を批判したのでないのであれば、それは科学者としては最低ね」

 そう言い残して彼女は実験室を後にした。残された蒼真は思う。確かに科学者として真実の探求は必要だ、それは自分も理解している。しかし……


「それを突き詰めた父は、そう、父は間違えた」

 蒼真は近くにあった白い布を手に取った。そしてそっとカマキリの死骸が入った段ボールにその布を掛けるのであった。


 ×   ×   ×


 透明なボックスの中で怒り立つカマキリがその鋭い鎌を高々と振り上げている。朋美が赤いボタンを押す、すると天井のノズルから白い霧が静かに噴霧される。MECの四名の隊員と蒼真はその一部始終を息を呑んで見守っていた。

 霧が晴れるとそこには巨大化したカマキリが姿を現した。


「今から神経興奮抑制剤を噴霧します」

 朋美が緑のボタンを押すと再び天井から霧状の物質が降り注ぎ巨大なカマキリを覆い隠していく。カマキリの姿が見えなくなったその瞬間、青い光が輝き一同が息を飲む。

 霧が徐々に晴れていくと巨大なカマキリの姿は消え全員が前のめりにケースの中を覗き込む。霧が完全に晴れたときボックスの床には小さな動くものがありカマキリは元の大きさに戻っていた。


「天井に雲状のフレロビウムがいます。これを回収します」

 朋美が黒いボタンを押すと雲はダクトに吸引され試験管に収められた。蒼真が試験管に近づき、ポーチからフレロビウム放射線検出器を取り出す。彼が試験管にかざすと検出器がけたたましい警告音を発した。蒼真が振り返り吉野隊長に向かって言った。


「フレロビウムの分離が完了しました」

 MECのメンバーの表情が一斉に明るくなる。芦名が笑顔で蒼真に近づいてきた。

「すごい、蒼真君、やったじゃないか」

 他の隊員たちも蒼真に拍手を送る。

「ありがとうございます。でもこれを成功させることができたのは島本さんのおかげで」

 蒼真が言いかけたその瞬間、朋美の姿が消えていることに気付いた。いつの間に席を外したのか、蒼真も他のメンバーも全く気付いていなかった。


「とにかく我々はこれで怪獣を退治する方法を手に入れたわけだ。蒼真君はこの神経興奮抑制剤を大量に生産するよう計画してくれ」

 吉野隊長も笑顔で蒼真に指示を与える。

「待ってください。まだ昆虫での実験でしかありません。人間の場合、人体にどう影響するかもう少し研究が必要かと」

 その言葉に吉野隊長も頷く。

「確かに、もう少し蒼真君にはがんばってもらおう」

 蒼真が頷き、意を決して隊長に彼の思いを進言する。


「隊長、提案があります」

「なんだ」

「この計画ですが、島本さんをリーダーにして頂けませんでしょうか」

「ほう、どうしてだ?」

「そもそもこの開発は彼女が中心になって、彼女自身進めてきた研究です。島本さんが一番適任かと」

「うむ」

 吉野隊長が腕組みをする。


「で、蒼真君は?」

「僕はフレロビウム検出装置の増産のプロジェクトがあります。なのでこのプロジェクトは彼女に」

「なるほど、分かった。長官に進言してみよう」

 吉野は強く頷いたがその場には朋美の姿がなかった。蒼真は彼女の行動がとても気がかりで、心の中に不安が広がっていった。


 ×   ×   ×


「なぜ阿久津蒼真だけが称賛を浴びる!」

 朋美は拳を机に叩きつけた。その音は静まり返った実験室に乾いた響きを残した。時刻は午後十一時。透明なボックスの床にいるカマキリ以外、もう誰も残っていない。

 さっき彼女は参謀室に呼ばれた。神経興奮抑制剤計画の推進者として任命されるというお達しを受けるためだ。自分をリーダーに推薦したのは阿久津蒼真。そう、あの蒼真である。


「なぜ彼の言うことはみんな素直に従うの? そもそもこの研究は私が成功させたのだ。蒼真が推薦しなくても本来私がリーダーとして進めるのが当たり前、私の成果なのだから、なのに……」

「そう、あなたはだれからも見られてはいない、だれからも称賛されない」

 朋美はハッとして振り返った。そこに立っていたのは白いワンピースを纏った少女だった。

「あなたは……」

 朋美がたじろぐ。


「だって、私は怒りで悲しんでいる人のそばに現れるの。あなたが私を呼んだのよ」

 少女がほほ笑む。朋美の背中に冷たいものが走った。

「あなたがフレロビウムの袋で人を怪獣化させてきたのね」

「そんなこと、どうでもいいじゃない。私は怒りを昇華させてあげたいだけ」

「昇華?」

 少女は透明なボックスに向かって歩み寄った。


「そう、怒りを抑えきれない人にそのエネルギーを爆発させてあげるの。今のあなたが阿久津蒼真へ抱いている怒り、それを彼にぶつけるのよ」

 朋美はこの期に及んでも蒼真に対する怒りの炎が心から消えていないことに気付いた。しかしこのままではフレロビウムによって怪獣にされてしまうという恐怖が彼女を襲った。

「私が今日ここに来たのはあなたの怒りだけじゃないの」

「?」

 少女はゆっくりと透明なボックスの周りを歩き始めた。そしてあの段ボールの前で立ち止まった。


「あなた以外にもたくさんの悲しみが、そして怒りがここにある。何の罪もなく殺された生物の怒りが」

 少女が指をパチンと鳴らすと段ボールがひとりでに開く。中からは朋美がバラバラにしたカマキリの手足が飛び出してきた。そして最後にカマキリの頭がゆっくりと宙に浮かびながら朋美を睨みつけた。

「キャー!」

 朋美は驚きのあまり尻餅をついた。カマキリの頭、手、足が宙に浮かびながら、ゆっくりと朋美に近づいてくる。その光景はまるで悪夢のようであった。


「いや! 来ないで!」

 少女は朋美をあざ笑うかのように楽しそうに飛び跳ねた。

「このカマキリたちは死んではいないわ。彼らはフレロビウムを身にまとって生き続けている」

「そんな、確かに生命反応は消えていたわ」

「彼らが死ぬときは怒りが消えたとき、その怒りが消えない限り生き続ける」

「死なないってこと!」

 朋美の頭は恐怖と理解不能な状況で混乱し顔が強張っていた。


「彼らの怒りを消すことができるのはネイビージャイアントだけ」

「そんな……」

 朋美は床に手を突いたまま後ずさりする。背中に机の角が当たった。その机に寄り添うように立ち上がるとそこには神経興奮抑制剤が入ったビーカーがあった。彼女はとっさにそれを手に取りカマキリに向かって投げつけた。霧が立ち込めカマキリを包み込んでいく。

「消えろ!」

 朋美が叫ぶと霧はゆっくりと消えていった。しかしその位置にはカマキリの目がじっと朋美を睨んでいた。


「そんなぁ…」

 朋美は再び尻餅をついた。

「そんなもので彼らの怒りが消えるわけがない。理不尽に改造され、理不尽に殺された。だから体がバラバラになっても生き続ける。人類の浅はかな知識でこの怒りを消すことはできないわ」

 少女の言葉が終わるとカマキリの手足と頭が一か所に集まり始めた。赤い閃光が朋美の目に飛び込む。その光が消えたとき、複数の大型カマキリが朋美の前に現れた。


「でも、まだ怒りが足りない、人類を滅ぼすほどの怒りが。だからあなたの怒りが必要なの。そう、阿久津蒼真に向けられた嫉妬の心、それが彼らに力を与える」

 カマキリたちが朋美に近づいてきた。恐怖で体が動かない。彼女はなんとか立ち上がり実験室の出入り口へ向かった。しかしその扉は開かない。

「どうして、どうして開かないの!」

 朋美は目いっぱい扉を叩きながら叫んだ。


「誰か、誰か助けて! ここを開けて!」

 その瞬間、背後からカマキリの鎌が迫る。ハッとして振り返るとカマキリの顔が眼前に迫っていた。

「キャー」

 朋美の悲鳴が実験室に響き渡る。しかしその声に動じることなくカマキリは彼女に抱き着いた。

「思い出すの、阿久津蒼真に自分の地位を奪われたことを。彼さえいなければ、そう彼さえいなければあなたのみが賞賛される。みんなあなたを仰ぎ見る。彼さえいなければ、そう、阿久津蒼真がいなければ」


 少女の言葉が響く中、朋美の意識は次第に遠のいていった。しかし、その中で心の底から蒼真に対する怒りがふつふつと湧き上がってきた。彼女の心は怒りと恐怖で満たされ、まるで嵐のように感情が渦巻いていた。蒼真への憎しみが彼女の意識を支配し、全身が震えた。


「そう、その怒り。それを彼らに」

 カマキリの鎌が朋美の背中に突き刺さるとそこから赤い光が解き放たれた。その赤い光をカマキリが吸い取り、辺りにいたカマキリたちが次々と集まってくる。そしてその赤い光にカマキリたちが飲み込まれていった。


 ×   ×   ×


 作戦室にいた蒼真の腕時計が青く光った。

「緊急指令、緊急指令、防衛隊の基地周辺にカマキリ型の怪獣が現れました。MECは直ちに出撃せよ」

「出撃!」

「了解!」

 吉野隊長の指示に芦名、三上、田所の三名がヘルメットを取り出撃していく。

「芦名さん、がんばって!」

 芦名は蒼真の言葉に親指を立てそのまま作戦室を後にした。一人残された蒼真はモニタを見つめる。そこにはカマキリ型の怪獣が防衛隊に向かって前進してくる姿が映し出されていた。


「カマキリ、もしかして……」

 防衛隊基地の砲台から攻撃が始まったが、カマキリ型怪獣マントデラはその砲撃をものともせず進んで来る。蒼真は一瞬躊躇した。もしかして、あの怪獣は……しかしマントデラは無傷のまま進撃してくる。躊躇している時間はない。


 蒼真はそっと目を閉じた。青い光が彼を包み込み彼が目を開けたとき、目の前には巨大なカマキリがその大きな鎌を振り上げて威嚇していた。

 振り下ろされた鎌を避けたネイビーはその腕を掴み、マントデラを一本背負いで投げ飛ばした。仰向けに倒れるマントデラ。その上に飛び乗ったネイビーはその腹に拳を打ち付ける。しかしマントデラは鎌を振り上げ、ネイビーの背中に突き刺した。その痛みにネイビーは倒れ込む。

 起き上がったマントデラは羽を羽ばたかせ宙に浮かび上がった。そしてその勢いで体当たりをし、ネイビーを弾き飛ばした。


「いかん、ネイビーがやられる」

 芦名が乗るスカイタイガーがマントデラの上空に現れた。芦名はミサイルのボタンを押しそれがマントデラに命中する。しかしマントデラはビクともせず、再び羽を羽ばたかせて飛び上がった。その先に芦名機がありマントデラの鎌がスカイタイガーの尾翼を叩き落とす。

「わぁー!」

 芦名機は推力を失い墜落し地面に衝突して大爆発を起こした。その炎の中から赤い光がネイビージャイアントに向かっていく。赤い光を吸い込んだネイビーは紫紺の体で立ち上がった。


 新たな敵に怒り立つマントデラはその鎌を大きく振り上げて威嚇した。ネイビーは右手を天に突き出し赤い光が彼の手に握られている。マントデラは三度羽を羽ばたかせて宙に浮きそのままネイビーに向かってきた。ネイビーはサーベルを構えマントデラをかわしてサーベルを振り下ろす。マントデラの羽が一枚舞い落ちそのまま落下し土埃で一瞬見えなくなる。ネイビーの目が赤く光りその土埃をサーベルで切り裂いた。


 土埃が落ち着いたとき、真っ二つに切り裂かれたマントデラが現れその殻の中から赤い光が漏れ出していた。ネイビーはゆっくりと左手を突き出す。そこから青い光線が赤い光を捕えた。その光が重なり合いゆっくりとマントデラの体を包み込んでいく。そしてその光が消えたときマントデラの姿も消えていた。


 ×   ×   ×


「フレロビウムの分離計画は蒼真君が引き継いでくれ」

 MEC科学班実験室の透明なボックスの前に立つ吉野隊長が蒼真に告げた。

「分かりました」

 吉野隊長はチラッとボックスに目を向けたがすぐに向き直り、


「悲しんでいる暇はない。いつまた怪獣が現れるかもしれん。一人でも犠牲者を増やしてはならない」

 蒼真は頷いた。吉野隊長は蒼真の両肩に手を置き、気合を入れるように二回ほどポンポンと叩く。そして静かに頷きその場を離れていった。

 蒼真が透明なボックスの方へ向き直る。そこには大きな花束が置かれている。それは朋美と幾匹かのカマキリに向けたものだった。


「島本さん、どうして身を亡ぼすほど怒ったのですか? そんなに僕が憎かったんですか?」

 蒼真は小さなため息を吐いた。そう、この実験室に初めて入ったとき、それは朋美が案内してくれた日だった。そのときの彼女の笑顔が脳裏によみがえる。

 朋美は本当に優しい人だったのに。それを壊したのは自分なのか?

 蒼真は花束の前に座り静かに手を合わせた。ふと透明のボックスの中で何かが動いた気がした。見てみると、ボックスの床に小さな動くものがいた。そう、この前実験でフレロビウムを分離したカマキリがまだそこにいたのだ。


「お前は助かったんだな」

 蒼真は立ち上がりボックスの中へ入った。

「お前の仲間を不幸にしてしまった。許してほしい。だからこの先、そんな不幸な人を生まないために、僕を応援して欲しい」

 蒼真がじっと見つめるその先、大きく鎌を振り上げたカマキリが彼を威嚇していた。まるで「近づくな」と言わんばかりに。

《予告》

 神経抑制剤の製造依頼にササキ製薬へ向かった芦名と蒼真が薬害被害者たちのデモに出くわす。ササキ製薬の後ろ盾が防衛隊だと言う三ツ矢の言葉に心を痛める彩が下した決断とは。次回ネイビージャイアント「理不尽な理由」お楽しみに

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