第一話 ネイビージャイアント誕生
♪小さな生命の声を聞く
せまる不思議の黒い影
涙の海が怒るとき
枯れた大地が怒るとき
終わる果てなき戦いに
誰かの平和を守るため
青い光を輝かせ
ネイビー、ネイビー、ネイビー
戦えネイビージャイアント
暗黒の宇宙空間、星々の小さな光が漆黒のあい間に点在している。そのあまつある点の一つ、薄暗い光が少しずつ大きく明るくなっていく。やがてその姿がはっきり見えて来る、星ではない。
それは全体が銀色で輝く立方体、先端部の突起がやや丸みを帯びて突き出し、翼はないが側面から細長い突起物のようなものが、やや湾曲して後方に向って伸びている。
明確な人工物に見えるが、窓やドアと言った類のものがない。言うまでもないが地球で作られたものとは考えにくい。そもそもその物体の航行速度は、今まで人類が体験したことがないほど早く、明らかに恒星間を数日で移動してきたと推定される。まさに未確認飛行物体、異星から来た宇宙船。その船が地球に近づき、今まさに大気圏に到達しようとしていることを誰も知らない。
夜の闇に溶け込み、静かに潜入してくる。まるで忍者のよう、いや忍者にしては船体が月に照らされ鈍く光っている。その鈍い光が都市の上空へ。静かに眠りについた街の上空、赤い妖しい光が放たれる。
ビル街からおもむろに二つの首を持つ怪獣が鎌首を上げた。咆哮が都会の闇を突き破る。
「逃げろ!」
「助けて!」
人々が怪獣とは反対の方向へと走り出す。逃げ惑う人々が様々な行動を起こす。恐ろしさのあまりたちすくむ女、他人を蹴落として自分だけ逃げ切ろうとする男、子供を抱えて泣き叫ぶ母親、念仏を唱える老人。そんな人のありさまなどお構いなく、怪獣はゆっくりと前に進む。目の前のビルが音を立てて崩れていく。
「あ、防衛隊だ!」
誰かが叫んだ。
真っ暗な夜空に銀色の戦闘機が周りの明かりに反射して存在感を放っている。光は五機、怪獣が戦闘機を見上げた。エンジン音が気になるのか、五月蠅い蚊を追い払うように右手を上に突き上げた、そして手を左右に振る。戦闘機はその手をすり抜け攻撃を開始した。
一機の戦闘機が放ったミサイルが怪獣の胸に命中し、爆発で皮膚の破片が飛び散った。しかし、怪獣はその痛みを感じることなく、前進を続ける。他の戦闘機からも次々とミサイルが発射され、怪獣に命中するが、その巨体には何のダメージも与えられない。怪獣は無敵のように、ただ前へ前へと進み続ける。
怪獣の進行方向にある建物は次々と崩壊し、轟音とミサイルの爆発音が戦闘機のエンジン音をかき消していた。怪獣は戦闘機の存在すら気に留めず、その巨大な体を揺らしながら進んでいく。その姿はまるで、破壊の化身のようであった。一機の戦闘機が怪獣の目の前を通過、行き先に目障りなものがあったことを訝ったのか怪獣の口から火炎が吐き出される。それが戦闘機を直撃する。その戦闘機はその場で爆発、この空間から消えていった。
気を良くしたのか、怪獣が空を見上げた。残りは四機、その五月蠅い戦闘機にも火炎を放つ。一機は尾翼に、もう一機は左翼に火炎が直撃、推進力を失った機体はそのまま墜ちていく。機体が地面に衝突、暗闇を引き裂く音と光がつんざく。辺りの建物がその響きで一気に燃え上がった。
「くそ! これでもか」
芦名雄介の掛け声がむなしく響く。芦名機は怪獣の火炎攻撃を避けながらミサイルを撃ち続けている。
「わぁー」
芦名機の横を赤い火の玉が通過する。かろうじて怪獣からの攻撃をかわしているものの機体の姿勢が安定せず、次の攻撃態勢に移れない。そのとき機内の無線から彼に呼び掛ける声が。
「芦名、本部から撤退命令が出ている。戻れ、これ以上の攻撃は無駄だ」
「まだ住民の避難が完了していない。俺はここで奴を引き止める」
「やめろ、これ以上の攻撃は単なる犬死だ」
「放っておいてくれ」
操縦桿を手前に大きく引く。機体が一回転、そのまま機首を怪獣方向に向ける。
「喰らえ!」
発射されるミサイル、それは確実に腹のあたりに命中した。だが怪獣はビクともしない。それどころかますます怒りを込めて周りの建物を破壊していく。
「これでもか」
芦名は次々とミサイルを発射するが、怪獣はその攻撃をものともせず前進を続ける。このままでは住民の避難が間に合わない。焦りと不安が芦名の胸に広がる。何とかして怪獣の進行を止めなければ、そんな思いが頭をよぎる中、無線から若い男の声が響いた。
「先輩、参戦します」
彼の前を一機の戦闘機が横切る。
「鳥居か!」
それはもう一機、戦隊の最後尾に付けていた鳥居機。芦名の後輩に当たる鳥居友也が彼の前に出る。
「よし、お前は背後にまわれ、俺は正面から攻撃する」
「了解」
鳥居機は瞬時に怪獣の背後に回り込んだ。正面から迫る芦名機が怪獣の頭部を狙い、ミサイルを発射する。しかし、そのミサイルは怪獣を捉えることなく、後方の建物に命中、ビル群が崩れ落ちていく。怯むことのない怪獣に対し、鳥居機は後方からミサイルを放った。ミサイルは怪獣の背に命中し皮膚の破片が飛び散った。
「やった」
鳥居の声が無線を通じて芦名に届く。
「鳥居、気を付けろ!」
叫ぶ芦名。その通り怪獣の首が百八十度回転、鳥居機に向かって火炎を吐く。不意を突かれた鳥居機はそれを避けられない。機体が一気に火に包まれる。
「鳥居!」
芦名の呼び声もむなしく火の玉となった鳥居機がビルに激突、轟音とともにビルが崩れ落ち火柱が上がる。鳥居機の姿が確認できない。
「くそ! 鳥居の仇だ」
操縦桿を再び大きく引く。宙返りした芦名機が、そのまま怪獣に向けて突っ込む。明らかに無鉄砲な行動、結果は予想された通り。怪獣から吐かれた火炎が芦名機の右翼を直撃、その爆発によって見る見る機体が火に覆われる。
「わっー」
芦名雄介は真紅の炎に包まれ、火の玉と化した彼の機体は一直線に怪獣へと突進した。怪獣の大きく開かれた口に飛び込むようにして、空を舞う炎が激突する。轟音とともに機体は粉々に砕け散り、今までどんな攻撃にも屈しなかった怪獣が後方へと倒れ込む。手足をバタつかせ、咆哮をあげる怪獣。しかし、その姿は次第に薄れ、音もなく消え去っていった。
「芦名!」
無線から上官の叫び声が。そう、誰もが芦名雄介が殉死したと思った、その瞬間だった。
× × ×
青空を背景に、富士山がその美しい姿を見せている。今日は雲一つなく、久しぶりに富士の稜線がくっきりと見える。この時期、春の霞の中でこれほどまでに山の輪郭がはっきりと見えるのは、富士の裾野に位置するここ山梨でも珍しいことだ。見上げる富士と美しい森は、この町の誇りである。そんな町の外れに、森の緑と不釣り合いな赤い屋根の建物が一つある。その建物の前には「東阪大学 生物学研究所」と書かれていた。
赤い屋根の建物は三階建てのレンガ造りで、その外観はまるで裕福な人々の別荘を思わせる。実際、この研究所がここに移転する前は、確か、ある会社役員の別荘だったという。それを東阪大学が買い上げ、現在の研究所として利用しているのだ。その奥には、鉄筋コンクリート造りの研究棟が控えている。さらに奥には、生物学研究所らしく、大きなガラス張りの温室があり、見たこともない植物が数多く育っていた。温室の中では、研究生と思われる白衣の男女三名が、手元のタブレットに何かを書き込んでいる姿が見られる。
学問を究める静謐な場所に、場違いな軍用ジープが建物の前で止まった。助手席からは恰幅の良い防衛隊の制服を着た男が、運転席からは長身で同じ制服を着た若い男が降り立った。二人はそのまま赤い建物の玄関口へと向かう。
恰幅の良い男が入り口のベルを鳴らした。
「はい」
中から若い女の声が。
「本日お約束しました防衛隊の吉野と申します」
「お伺いしております。どうぞお入りください」
玄関のカギが自動で開いた。
二人が中へ足を踏み入れると、扉の向こうにはレトロな色合いの壁と、それに調和する調度品が並んでいた。しばらくすると、少女のような円らな瞳を持つ女性が現れた。
「神山教授の秘書の高城と申します。どうぞ奥へ」
女性に案内され、男二人は落ち着いた雰囲気の廊下を進んだ。二つ三つの扉を通り過ぎ、四つ目の扉の部屋に通される。
「しばらくお待ちください。先生を呼んでまいります」
女性が立ち去ると、残された二人は高級感漂うソファーとテーブルが置かれた応接室の中央に進んだ。吉野は扉に近い側のソファーに腰を下ろし、若い男はその横に立ったまま、この建物の主を待ち続けた。
「やぁ、お待たせ」
応接室に白衣を着た年配の男性と、同じく白衣を着たひ弱そうな青年が姿を現す。年配の男は堂々と、青年はきょろきょろと落ち着きなく入ってきた。
吉野が立ち上がって年配の男に一礼をした。
「神山先生、お久しぶりです」
「吉野隊長もお元気そうで」
二人は固い握手をした。
「あ、そうそう。彼は私の助手で阿久津蒼真です」
「よろしく」
蒼真が吉野達にぎこちなく一礼をする。その様子を見て神山教授が苦笑した。
「まだ若輩でして」
蒼真の眉に皺が寄る。
「蒼真君、こちらは今度防衛隊に設置されることになった怪獣討伐チーム、の吉野隊長。後ろにいる方が芦名隊員だ」
芦名は敬礼をし
「芦名です。よろしくお願いします」
その力強い挨拶に圧倒されたのか、蒼真が弱々しく軽い会釈をする。
吉野が蒼真の挨拶をよそに神山教授に尋ねた。
「先生、三ヵ月前に出現した怪獣の皮膚組織の分析が完了したと聞きましたので」
「あゝ、結果は出ました。実に奇妙な結果が」
神山教授が蒼真に目で合図を送った。それを受けて、蒼真は手に持っていた数枚の資料をテーブルの上に置こうとする。しかし、そこには大きなガラスの灰皿が置かれていた。芦名がそれに気づき、灰皿をスッとテーブルの端に移動させる。蒼真は申し訳なさそうに、広くなったテーブルの上に資料を広げた。
「まず、成分分析ですが、通常の生物は有機物という炭素を軸にした化合物で生成されています。まぁ、学校で学ぶので当然ご存じだと思いますが」
神山教授は広げた資料の中から、棒グラフのような図を取り出した。その図には、幾つかの線が密集している部分と、まばらに分布している部分が描かれていた。
「一部焦げているので、炭素が存在しますが、どうも普通では考えられない物質が含まれていたのです」
「ほう、それは?」
吉野が資料に顔を近づける。神山教授がグラフの線が密集している部分を指刺した。
「フレロビウム、普通、自然界には存在しない物質です」
「フレロビウム?」
吉野が首を傾げた。
「元素の一つではあるのですが、よほど特殊なことをしないと取り出せない物質です。このフレロビウムを軸にして、リン、ホウ酸などで皮膚が形成されています。とても生物のものとは思えない」
神山教授の言葉に吉野が首を軽く横に振った。
「でも、確かにあの怪獣は生きていました」
芦名は身を乗り出し、資料に鋭い視線を注いだ。そして強い口調で、
「私はあのとき現場にいましたが、とてもロボットのような無機質な感じではありませんでした。あれは生物です。なにかの間違いでは」
「芦名、言葉が過ぎる」
吉野が芦名を制する。
「申し訳ありません。彼はあのときの戦いに参戦していたんです。そのとき後輩を失っていて、つい」
「そうでしたか。現場にいらっしゃった」
神山教授が神妙な様子で、
「確かに、私もニュースで映像を見ました。間違いなく生物の様相でした。もしかすると表面はこの物質で覆われていて、中身は有機物と言う説も考えられます」
神山は一つ咳払いをしたあとにその先を続けて、
「表面だけなのか、それ以外もなのか。何せあなた方の火器を撥ね退けたわけですから。通常の有機物ならば直ぐに灰になるはずです。とは言え、この皮膚だけではこれ以上のことは……」
吉野は少し落ち着くように息を吐いた。
「先生、他にはなにか分かったことは」
「すまないことですが、この程度です」
「そうですか」
肩を落とす吉野に
「先生、放射線の件は」
蒼真が小声で神山教授の耳元で話しかけた。
「おう、そうだった。このフレロビウムは微量ですが放射線を放出します。まあ微量なので人体に影響はないですが」
「ほう」
吉野の鋭い目が蒼真を捕えた。蒼真は少し咳払いをし、
「その放射線の放出周期に特徴があって、それを検知すればなにかが分かるんじゃないかと思い、その分析装置を作成したんです」
蒼真は資料の別のページをめくる、そして小さな箱のようなものが映った写真を示した。
「これがその分析装置ですか?」
吉野が資料を手に取った。横から芦名も資料を覗き込む。
「普通の箱にしか見えないですけど」
芦名の言葉に蒼真はムッとした顔で
「これでもほぼ一週間、徹夜で作成したんですから」
「そうですか、それはすみません」
バツの悪そうな表情で芦名が謝った。吉野がハッと思いついたように、
「神山先生、もしかすると、この装置で怪獣の居場所が分かるかも知れないと言うことはないですか」
「まぁ、微量なのでかなり近づかないと検出できませんが」
神山教授の言葉にもムッとした蒼真が
「でも、なにか手掛かりがつかめるかもしれません。三か月前に怪獣が現れてからそのあとどこにも現れていないんでしょう。あのときも散々街を破壊して、そして消えてしまった。手掛かりになるのはフレロビウムだけです」
「まぁ、蒼真君の言い分にも一理あるのですが」
気のない返事を神山教授がする。それでも吉野は食い下がった。
「確かに阿久津さんが言う通りかもしれません。そうだとすると、その装置を我々に貸して頂くことはできないでしょうか」
「イヤです」
今までにないきっぱりした言葉を蒼真は吐いた。
「装置は微妙なものなので僕しか扱えません」
「そうですか……」
吉野はやや落胆した様子を見せたが、それとは対照的に神山教授が真面目な表情で、
「ならば蒼真君、君が吉野さんたちに同行して、怪獣調査の協力をしたら」
「え、僕がですか」
驚く蒼真に
「ぜひお願いします。決してあなたを危険なことへは巻き込みませんので」
吉野が頭を下げた。だが蒼真は心の中で「嘘付け」と叫んだ。怪獣のいる場所でしか反応しない装置を使用するのに危険でないはずがない。
「考えさせてください」
蒼真がそっけなく答える。
そこまで話が進んだとき、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
神山教授の返事で扉が開く。そこには秘書の高城美波が立っている。
「先生、ササキ製薬の鳥居さんが来られました。如何いたしましょう」
童顔の美波の背後には、彼女とは対照的に妖艶な女性が立っていた。その大きな瞳を見た瞬間、まるで身体が石化するかのような美しさを持つ女性だった。
芦名は資料から目を離し、廊下の向こうに立つその女性を見つめた。その瞬間、彼の動きが止まった。彼女の瞳に魅了されたのか、それとも別の理由かは分からないが、彼の顔色はみるみるうちに青ざめ、手がかすかに震えているように見えた。
「すみません、こちらの用事が済んだら行きますので、研究室でお待ちください。高城君、鳥居さんを研究室まで」
「分かりました」
彼女もその大きな瞳で部屋の中を見渡した。その視線が芦名に注がれた瞬間、彼女の動きが止まった。口元がかすかに動いたように見えたが、蒼真にはそれが何を意味するのか分からなかった。彼女はしばらくの間、まるで動けないかのように芦名を見つめ続けた。動かない彼女に気づいた美波が何かを話しかけた。その後、彼女は頷き、芦名や蒼真の視界から静かに消えていった。
× × ×
「なんで僕が怪獣調査に協力しないといけないんだ」
むくれた蒼真を、美波はあきれた様子で見つめていた。
赤い屋根の研究室の隣には、四階建ての何の変哲もない建物が併設されている。そこは研究員の宿舎であり、神山教授夫妻の住まいでもあった。二階から四階までは宿舎、一階は食堂となっており、その隣には小さなリビングがあった。センスの良いソファーとテーブルが置かれ、研究員たちの憩いの場となっていた。
午後五時、食堂には蒼真と美波の姿があった。今日は食堂の調理婦が休みで、代わりに美波が食事の準備をしている。彼女の後方では、食堂のテーブルに肘をつき、口を尖らせた蒼真が座っていた。美波がテキパキと料理を仕上げていく様子を眺めながら、彼のぼやきは止まらなかった。
「でもあの装置を開発したのは蒼真君じゃない。それも自分しか操作できないんだったらしょうがないんじゃないの」
「あゝ、あんなもん作らなきゃよかった」
「でも、人類のためになるのよ」
美波は今晩のメインディッシュであるシチューを小皿に一さじ取り味見をした。そして満足げにうんうんと頷いく。
「僕は別に、世のため、人のためにがんばる人間じゃないし。第一、そんなことで頑張っても、なんかいいことある、ないよ、きっと」
「なによ、男でしょう。もう少し気概を見せなさいよ」
美波が眉間に皺を寄せ振り向く。
「気概なんてないよ」
蒼真は右手をだらりと振り、気概のなさを強調した。小さなため息をつきながら、美波は再び鍋のシチューをかき混ぜる。その鍋とシチューの境目が、次第に狐色に染まっていく。
「まぁ、蒼真君じゃぁ、怪獣退治は無理よね」
「そらそうだよ、相手は怪獣だよ」
「はぁぁ」
再び美波のため息が、そして何かを思い出したのか、その手が止まる。
「そう言えば、さっき、蒼真君にお届け物があったよ」
美波はキッチンの隅、鮮やかな白い食器棚の前に置かれた薄汚れた段ボールを指さした。蒼真はチラッと段ボールを見て、
「ああ、千葉にいるおじさんが、死んだおふくろの荷物が見つかったから送るって連絡があった。多分それだな。なんでも僕宛の手紙が入ってるんだって」
「そう言えば、蒼真君のお母さんって、小さい頃に亡くなったんだっけ」
蒼真は段ボールから目を外す、そして宙を仰いだ。
「そう、小学校二年生のときにね。それ以降、おふくろのお兄さん、つまりおじさんに育てられたんだ」
蒼真がはぁと息を吐き、そして目を閉じた。
「そう、お母さんのこと、覚えてる?」
「あんまり、看護婦をしてたんだって。周りからは綺麗な人だったって聞いたよ」
鍋の火を切った美波が振り返りざま
「だから蒼真君は年上の女の人が好きなんだね」
彼女は意地悪な笑みを浮かべていた。蒼真はハッとし、頬杖を外して美波を鋭く睨みつける。
「なんだよ、なにが言いたい?」
「だって蒼真君この前の学会、壇上じゃなくって神山教授の奥さんのこと、ずっと眺めてたって。八尾君が言ってたよ」
「なにを言うの、いくら教授と奥さんが歳の差婚だからって、僕よりも十歳も年上だよ。そんな、僕が奥さんのこと、どうこう思うなんて……」
蒼真の顔が薄ピンクに変わっていく。
「それはね、教授の奥さんは綺麗な人だから、魅力的だなぁぐらい思うよ」
「本当? 年上好きだから、同い年ぐらいの女の子に興味ないんじゃないか、って八尾君だけじゃなくって結構いろんな人が言ってるよ」
美波が腰に手をあて、上から見下ろすように蒼真を睨む。
「女の人に興味ないわけじゃないよ。さっきだって薬品会社の女性、綺麗だなって思ったんだから。あの人、美波と違ってスタイルも良くって大人だなぁって思たよ」
「そう、魅力的な女性には興味あるんだ」
美波がエプロンを脱ぎ捨てて、近くの椅子に投げ捨てた。
「そうね、私みたいに、童顔で胸が小さい女性なんて興味がないんだ」
そう言うと、彼女は食器棚の前まで歩き、段ボールを持ち上げる。そして、蒼真の前のテーブルにその段ボール箱を勢いよく置いた。ボンという音が響く。
「はい、大事なお母さんの手紙、一人でしみじみと読みたいでしょ」
その言葉を残し彼女はそそくさと部屋を後にした。蒼真は不思議そうな表情で美波の背中を見送った。
「なに? なんか悪いこと言った?」
蒼真が首を傾げる。
「まぁ、いいか」
そう言うと、蒼真は目の前の段ボールを手前に引き寄せる。その段ボールは、かつて食品が入っていたものを再利用したものだった。蒼真の叔父は田舎で食堂を営んでおり、子供の頃にはこんな箱がたくさんあったことを思い出した。箱を開けながら、そこに湧く奇妙な蟲を見ていた記憶が蘇る。
中には三冊のノートがあり、その横には小さな箱が収まっていた。蒼真はノートを取り出してみたが、それはかなり古く、紙が変色している。ノートの隙間から封筒が一枚落ちた。蒼真がそれを手に取ると表面には「蒼真へ」と書かれていた。封はされていない。
蒼真は恐る恐る封筒の中を覗き込んだ。そこには、綺麗に折りたたまれた二枚の便箋が収まっていた。
「ふぅ」
蒼真は何とも言えない不思議な感覚に包まれた。そして、ゆっくりと便箋を開いていく。そこには、美しい文字が幾行にもわたって綴られていた。
「母さんの字?」
蒼真は母親の字を覚えていない。しかし、この便箋に綴られた文字を見ていると、母がその前に座り、真剣な面持ちでペンを走らせている姿が脳裏に浮かんだ。
蒼真の目は、その美しい文字を追いかけていった。
『愛する蒼真へ
この手紙を読む頃には私はこの世にいないのでしょう。私の何よりも愛おしい蒼真。そのあなたに酷な話を告げなければなりません。この手紙はあなたのおじさんに託しました。この世界に異生物による破壊行為が行われたら、あなたにこの手紙を渡してほしいとお願いしました』
「異生物?」
蒼真は訝しげに次の行に目をやる。
『このことの発端はあなたのお父さんにあります。あなたにはお父さんの話をしませんでした。それはあまりにもあなたには酷な話だと思ったからです。お父さんは科学者で、特に生命科学を専攻していました』
「父が僕と同じ学問を?」
蒼真が父の話を聞くのは初めてであった。母は父がいないまま自分を生んだ。誰が父親なのか、自分はもとより、叔父や周囲の人にも話していない。母は頑として父のことは話さなかった、そう叔父からも聞いている。しかし今ここに父のことが書かれている。なぜだ、彼の動悸が早くなる。
『あなたのお父さんは、それは尊敬できる科学者でした。誰よりも生命の神秘を解き明かさんと、日々研究を重ねていました。でも彼の学説はなかなか学界には受け入れられませんでした。それはそうでしょう、彼の説は普通の人が聞けば突飛押しもない説なのです。でも私はお父さんの話を信じていました。でもそんな中、お父さんは恐ろしい発明をしてしまうのです。それは異生物を作るということ』
「作る。生命を?」
蒼真が学ぶ生命科学の世界では、新たな生命を人の手で創り出すことは不可能とされている。たとえ生命を生み出すことができたとしても、それは神の領域に踏み込むこととし許されてはいない。にもかかわらず、父は。
『その異生物は普段は目に見えない空気のような状態で浮遊するのですが、我々生物のあるエネルギーと融合すると、その生物に寄生するように体内に入り込み、異様な姿で新たな生物として誕生するのです。詳しいことは私にも分かりませんが、生物の生きるエネルギーの源と融合すると、その生物は巨大化し、凶悪化するのだと』
「巨大化? 凶悪化?」
蒼真の脳裏に怪獣の姿が映る。
『この手紙は、この世に新たな生物、つまり怪獣が現れたときに手渡されるようお願いしています。そんなお父さんが残したものがもう一つあります。それは怪獣を抹殺するための兵器。人間が特定の異生物と融合し、怪獣が放つ赤い光を見つけ、そこに分離するための光線を撃つ。そのためには、その特定の異生物に負けない体質と心が必要です。お父さんは自分の体質に合った異生物を作り、自らが融合し、自らが作り出した怪獣を退治するつもりでした。しかし残念なことに彼は殺されてしまった。怪獣を使って地球侵略を狙う宇宙人に。私はあなたを守るため、今日まで誰にもこのことを伏せて生きてきました。もしあなたが成人し、強い心を持つ大人になっていたら』
このあたりから文字の乱れが見られる。
『あなたには酷なお願いをします。怪獣による人類滅亡を防ぐため、怪獣殲滅の兵器として戦ってください。お父さんの贖罪を、お父さんの意思を次いで、そしてお父さんを殺した宇宙人の野望を阻止するために。兵器はお父さんの形見の時計に秘められています。必要なときは時計が青く光り出します。そのときあなたは異生物と融合します。あなたが戦うとき、怪獣の赤い光を見つけなさい。それを分離できれば勝利することができるでしょう。あゝ、あなたを危険な目にあわせたくない。でもあなたしかできないのです。不遇な運命を背負わせた母を許してください。
草々 』
「なんだこれ」
手紙を読み終えて蒼真は笑った。
「おじさん、冗談キツイな。まだ四月一日まで日にちがあるのに」
蒼真はそっとノートを手に取った。その表紙には「研究記録」と力強く記されている。ページをめくると、そこには数式や実験のデータを示すグラフが書いてある。三冊目のノートを開いたとき、
「うん?」
そこに“フレロビウム”の文字が。
「もしかして」
次のページを開いてみる。しかしそこから先のページは白紙だった。
「あの怪獣たちは、もしかして父が作った?」
蒼真の頭が混乱する。もしかすると自分の父が作った怪獣によって人類は危機を迎えている。それを何とかするのは自分? つまり怪獣と戦う?
彼の思考が混乱したまま、ノートの傍らに置かれた小さな箱に手を伸ばす。そっと蓋を開ける、そこには古びた革バンドの腕時計が。
「これで融合? 怪獣と戦う?」
蒼真は時計を見つめた。
きっと叔父の冗談、きっとそうだ。冗談に間違いない。
時計はゆっくりとときを刻んでいく。短針と長針の間に青い光が見えた。
「え、」
蒼真は目をこすり再び確かめてみる。しかしもうそこには青い光は見当たらなかった。
× × ×
「なんで俺が左遷されないといけないんだ」
泥酔したサラリーマンの叫び声が夜の静寂を破る。飲み屋街の外れ、煌びやかなネオンもなく、賑わう人々の姿もない。そんな人々が寄りつかない暗い路地に、その男は佇んでいた。緩められたネクタイと乱れたスーツ姿の彼に、これからどんな運命が待ち受けているのか、誰も知る由もなかった。
「俺がなにをしたって言うんだ。俺はただ部長の言うことを守っただけなのに、なぜ俺だけが責任を負わないといけないんだ」
男は静かな公園に足を踏み入れた。そこは誰もいない小さな公園で、ブランコと錆びついた滑り台がぽつんとあるだけだった。男は滑り台の錆びた手すりに手をかけ、そのまま膝から崩れ落ちた。
「なんで、なんでなんだよ」
男は地面を拳で叩きつける。
「おじちゃん、なんで泣いてるの」
男はその声に驚いて顔を上げた。そこには、この場所には不釣り合いな白いワンピースを纏った少女が立っていた。年齢は小学二年生ほどだろうか。その愛らしい笑顔が、かえって男の背筋を凍らせた。
「お嬢ちゃん、こんな時間になんでここに」
「だって、おじちゃんが泣いてるから気になって。なにか悲しいことがあるんじゃないの」
少女は心配そうに男を見つめていた。その純粋な瞳を見つめるうちに、男の中に抑えきれない怒りが湧き上がってくる。男は溢れ出す思いを語り始めた。
「おじちゃんは怒ってるんだ、会社に、それはね……」
男は少女に向かって切々と自らの身の上を語り始めた。少女は静かに耳を傾け、その無垢な瞳で男を見つめている。その瞳を見つめるたびに、男の中から怒りが次々と噴出してくるのだった。
「そう、おじちゃん怒ってるんだね。かわいそう」
ふと見ると女の子の手に小さな麻の袋が握られている。
「おじちゃんにこれあげる」
女の子が男に袋を手渡す。
「怒りが止まらなかったら、これを使って」
男は不思議そうにその袋を眺めた、が、すぐに
「そんなモン、今に決まってるだろ!」
勢いよく袋を開ける、中は真っ暗で何も見えなかった。覗き込んだ瞬間、白い煙がふわりと立ち上った。
「わっー」
煙が男を包み込み、徐々にその大きさを増していく。やがて公園全体を覆うほどに広がり、空へと昇っていった。その煙は次第に形を変え、白煙が炎のように赤く染まる。やがて巨大な炎の怪物がその白煙の中から姿を現した。
× × ×
「どうしたの、そんな浮かない顔をして」
手紙のことを考えながら蒼真は夜空を見上げていた。そのとき澄んだ声が静寂を破り彼は思わず振り向いた。闇に包まれた研究所の庭、それとは対照的に建物から漏れる明かりに照らされ、白いカーディガンが淡く輝いていた。
「ああ、奥さん」
そこには、蒼真の恩師である神山教授の妻、さとみが彼を見つめていた。蒼真の頬がほんのりと赤らんだが、闇がそのかすかな変化をさとみの目から隠していた。
「いくら春だからって、そんなところにずっといたら風邪ひくわよ」
闇の中にあっても、さとみの姿はまるで光を放っているかのように輝いて見えた。それは衣装のせいではなく、彼女自身が放つ輝きだった、そう蒼真にはそう思えた。それほどにさとみは美しかった。いや、「美しい」という言葉だけでは、その魅力を十分に表現できないほどだった。
蒼真より十歳年上のさとみは、他の女性には全く興味を示さない彼の思考を一瞬で停止させる存在だった。黒く長い髪、透き通るようなきめ細やかな肌、見つめられると動きを止めてしまうほどの大きな瞳、そしてふくよかな胸。彼女の魅力を挙げればきりがない。それでもなお、彼女の美しさを表現するには言葉が足りないと感じるのだった。
「蒼真君、大丈夫?」
蒼真がハッと我に返った。
「ありがとうございます、中へ入ります」
蒼真が“はぁ”と息を吐く。
「なにかあったら相談してね。ここにいる研究員の人も学生も私には家族と同じだと思っているの。だから気を使わないでなにでも言ってね」
「家族……」
その言葉を蒼真が小さく呟いた。
小学生の頃、母を亡くし、叔父の手一つで育てられた。叔父は食堂を営んでおり、遊んでもらった記憶も、夏休みに旅行に行ったこともない。彼が育ったのは千葉の田舎で、いつも海を眺めながら一人で遊んでいた。だからこそ、今でも一人でいることが一番心地よい。誰にも干渉されない研究室で、空想という名の仮説を立て、それを実証していくこの仕事が、彼にとって最も性に合っていると感じて生きてきた。
「家族かぁ」
さとみの言葉が彼の心に心地よさをもたらした。本当は彼女と家族になれたら、蒼真はその思いを振り払った。忘れてはならない、彼女は自分の恩師の妻なのだ。
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
「そう、本当になにかあったら相談してね」
さとみの笑顔に再び蒼真の思考が停止する。
そんな二人に向かって、建物の中から慌てた美波が近寄ってくる。
「大変!」
「美波、どうした?」
「また怪獣が現れたわ」
「えっ」
蒼真は慌てて二人を残し、建物の中へと駆け込む。リビングでは、神山教授をはじめとする数人の研究員たちがテレビの前に集まっていた。
「先生、怪獣ですって」
「そうだ、三か月前のものとは違う怪獣だ」
蒼真は数人の研究員をかき分けてテレビの前に立った。画面には、火炎を思わせる背鰭を持つ二足歩行の怪獣が映し出されていた。その異様な姿が一歩一歩カメラに近づいてくる。怪獣の前にはビルが立ちはだかるが、怪獣はそれをものともせず前進する。ビルは電気のショートで一瞬光り、次の瞬間、轟音とともに崩れ去っていった。
『怪獣は、千葉の工業地帯に向かって進行しています』
テレビの中ではアナウンサが絶叫している。
『あ、防衛隊の戦闘機です』
その声と同時に、戦闘機が怪獣に向けてミサイルを発射した。しかし、彼らの武器では怪獣に傷一つつけることはできない。怪獣は変わらずビルや街を破壊しながら前進を続けている。戦闘機が怪獣の目の前を横切ると、怪獣はその方向に目を向けた。そして、その目から放たれた怪光線が戦闘機を直撃し、戦闘機はあっけなく火を噴いて墜落していった。
「歯が立たない、このままじゃ都市は全滅しちゃう」
いつの間にか蒼真の横に立っている美波が、彼の腕をつかんでいる。その表情は泣きべそをかく子供のようである。
蒼真はただ怪獣の力を見せつけられ圧倒されていた。
「もし、もしこの怪獣と戦ったら。勝てるわけがない。戦闘機のミサイルでも倒せないのに」
美波がつかんでいる彼の左腕に思わず力が入った。そのとき腕に嵌めていた父の時計が青く光った。
「?」
蒼真が再び時計を見る。そこには鮮やかな青い光が輝いている。
「戦えと言うのか」
蒼真の頭の中に母の手紙が蘇る。
『怪獣殲滅の兵器として戦ってください』
蒼真は自分の腕をつかんでいた美波の手をそっと握り返し、ゆっくりと放した。美波は不審そうな目で蒼真を見上げる。その顔は依然として泣きべそをかいたような表情が浮かんでいた。蒼真は彼女に微笑みかけ、静かに人々の輪から離れて部屋を出て行った。
暗い廊下に、時計は変わらず青い光を放っていた。その光を見つめていると、体が次第に軽くなっていく。自分が自分でなくなるような感覚、恐怖で目を閉じると頭の中が青い光が溢れている。
ハッとなって目を開ける。違う、何かが。場所、そこは暗い廊下ではない。足元で幾つもの火が燃えている。目の前には見たことのない小さなビル? 何かが違う、自分、体全体が濃紺のウェットスーツのようなものを着ている。何かが違う、
「ギャオー」
前を向く。そこにはテレビで見たあの怪獣が。
「わー」
蒼真は驚きのあまり、二、三歩後ずさりする。
「どうなってるんだ」
周りを見る。小さいと思っていたビルは全部本物である。とすると自分が大きくなった?
「怪獣と同じ大きさ?」
怪獣が怒りで頭を大きく振る。そして一歩、また一歩と彼に迫ってくる。
「もしかすると、これが母の手紙にあった怪獣殲滅兵器の姿」
頭が混乱する。しかし目の前まで怪獣が迫ってきた。これ以上考えている場合ではない。相手は凶暴な怪獣なのだ。逃げる? いや、母の思いが頭によぎる。
『お父さんを殺した宇宙人の野望を阻止する』
「お母さん、戦わないといけないのですね」
彼は不慣れなファイティングポーズを取り、怪獣を観察した。そう、どこかに赤い光があるはずだ。それを見つけて分離することが、怪獣を倒す唯一の方法であり、彼が助かる唯一の道だった。突然、怪獣が突進してきた。蒼真は避けきれず、そのまま頭突きを喰らい弾き飛ばされた。仰向けに倒れた先のビルが倒壊する、そのビルの瓦礫に彼は埋もれた。さらに怪獣が彼の上に覆いかぶさってくる。
「わー、殺される」
蒼真はとっさに怪獣を蹴り上げる。怪獣が勢いよく背中から倒れていく。
ふらふらと蒼真が起き上がる。
「だめだ、このままでは殺される」
蒼真は飛び上がった。体が軽く、空を飛んでいる。彼は空中で静止し、自分が飛べることに驚きを感じたが、そんなことを考えている余裕はなかった。早く、赤い光を見つけなければならない。怪獣が起き上がり、上空の蒼真に向かって威嚇の咆哮をあげた。尻尾が大きく振り上げられる、そのときその先に赤い何かが見えた。
「あれだ」
なぜだか分からない。誰に教わったわけでもないのに、蒼真の左手が自然と怪獣の尻尾に狙いを定めた。すると、その指先から青い光線が放たれ、その光はまっすぐに怪獣の尻尾へと向かっていった。
「ギャオー」
怪獣の動きが止まり、ゆっくりと回転しながら仰向けに倒れていく。やがて、バタつかせていた手足も動かなくなっていく。蒼真は静かにその様子を見守っていた。彼の視線の先で怪獣は完全に動かなくなりその姿が次第に薄れていく。やがて怪獣が完全に消えていった。
「やったのか」
蒼真は消え去った怪獣の跡を見下ろした。そこに残されたのは、崩れたビルが点在する荒廃した街並みだけだった。
× × ×
「なんで昨日、みんながいた部屋を出たの?」
美波が近寄るなりいきなり質問をしてくる。
「ちょっとね、見ていられなくって」
翌朝、蒼真は研究室の庭から富士山を眺めていた。昨日の出来事を忘れさせるような晴天で、春霞もなく、富士山は美しい稜線を描いていた。
しかしあれは本当に現実だったのだろうか。今も信じられない。自分がまるでヒーローのように怪獣と戦い、空を飛び、そして怪獣を倒したのだ。
「やっぱり、夢じゃあないかな」
「なにが?」
美波が蒼真の顔を覗き込む。
「昨日の怪獣」
「なに、怪獣が怖いの?」
「いや、そう言うわけでは」
美波には昨日の出来事を伝えられない。自分が怪獣と戦ったなど、そもそも信じてももらえないだろう。
「臆病ね」
美波があきれたように言う。
「どうせ臆病ものですよ、そういう美波こそ怖がって、僕の腕をつかんだくせして」
「え、女性なんだから怖がって当たり前でしょ」
「女性? その胸の大きさからすると女の子の間違いじゃないの」
「なに!」
美波が蒼真を追いかける。
蒼真は喜びを感じていた。これから先、怪獣と戦わなければならない運命を背負っていることに不安を覚えつつも、ここには研究室の仲間たちがいる。そして、美波がいる。
彼女がむきになって追いかけてくる。そんな蒼真たちを建物の陰から見つめる人影、さとみが二人の光景を微笑ましく眺めている。蒼真はさとみが見ていることに気づかず、変わらず美波をからかい続けていた。
「やっぱり美波は女の子の方があってる」
「なに!」
美波が蒼真を捕まえた。美波は怒った顔で蒼真を羽交い絞めにする。
「ごめん、ごめん」
蒼真は微笑みを浮かべた。これから先、どんなことが待ち受けているかは分からない。しかし、今はこの心地よさに身を委ねていたい。しばらくの間、いや、できることならいつまでも、いつまでも。
《予告》
青い巨人の名前がネイビージャイアントに決まった。瓦礫の街に再び現れる怪獣トリネック、ネイビーがピンチに、そのとき芦名の姿に異変が起こる。
次回ネイビージャイアント「赤い光が怒るとき」 お楽しみに。