勇者、襲来
「第一防衛ライン、突破されました!」
「海上部隊はどうした!」
「応答ありません!」
「馬鹿な……三〇〇はいたんだぞ」
「司令! このままでは上陸されます!」
「水際で食い止めろ! 陸に上がられたら手に負えん」
「総員第一種戦闘配置! 急げ!」
「繰り返す。第一種戦闘配置。対地迎撃戦準備!」
「司令! 映像、回します」
全員が注視する巨大なモニターに、ボートに乗った甲冑に身を包んだ男と、それに付き従う凶悪な三体の獣が映し出される。
「十五年振りだね」
初老の副司令官が独り言のように呟く。
「あぁ、間違いない。奴だ」
司令官の諦観の混じった返答。それと同時に、女性オペレーターの悲鳴にも似た報告が上がる。
「第二波、来ます!」
長髪を海風に靡かせ、ボートの縁に足をかけた男が長大な刀を振りかざした。一瞬の溜めの後、振り下ろされた斬撃の延長に、衝撃波を伴う閃光が煌めく。光はボートの上陸を阻止せんと待機する陸上部隊をバリケードごと斬り裂いた。
「第二、第三陸上防衛部隊、被害甚大! 敵勢力の上陸を阻止出来ません!」
「なんて事だ。人間技とは思えん……」
残存した部隊に三体の凶獣が牙を剥く。暴虐の嵐の様な映像に、その場にいた全員が目を背けた。
怪鳥の鉤爪に捕らえられた兵士が二つに引き裂かれる。傷付いた仲間たちが、羽ばたきによって生み出された暴風に吹き飛ばされる。
倒れた兵士に地獄の番犬の如き獣が飛び掛る。腹を喉を食い破られ、無残な姿を晒す兵士たち。
屈強な肉体を誇る精鋭部隊の隊員よりも、二回りも大きな獣人が咆哮を上げる。剛毛に覆われた丸太のような腕を振るうたびに、隊員たちの身体が豆腐のように砕け散る。
「嫌ぁ! もう、見れません。見たくありません!」
顔を覆った女性隊員の嗚咽が漏れる。絶望的な空気が司令室に充満した。
「あれを見ろ!」
隊員の一人がモニターを指差す。全員の視線が、突き出された指の延長線上に集まる。そこには、生き残った精鋭部隊の隊員が、爆薬を抱えて甲冑の男に特攻する瞬間が映し出されていた。
直視出来ないほどの凄まじい閃光! 爆発音が一拍遅れて響いた。
「衝撃波、来ます!」
隊員の勇気と悲劇的な光景に、誰もが目を離せなかった。
司令官が、副司令が、隊員たちが、砂嵐のように画像が乱れたモニターを見つめる。
「センサー回復します」
「モニター映像、回復」
悲しみと希望を含んだ眼差し。そして――――
「エネルギー反応増大!」
「馬鹿な! まだ動けるだと!」
累々と横たわる兵士たちの遺骸を踏み越えて、甲冑の男が両腕を広げ哄笑した。千切れかけた腕が修復される映像に全員が息を呑む。
「予想通り自己修復中か」
副司令官の呻くような呟きに誰も返答出来なかった。
あまりのも重たい沈黙を司令官が破る。
「全員、傾聴せよ! 今まで良く戦ってくれた」
ざわめきが司令室を支配する。
「総員退避せよ」
司令官は全員の顔を見渡し、穏やかな笑みを浮かべた。
「女子供を守り、島から脱出してくれ。私はここに残って少しでも時間を稼ぐ」
隊員たちは皆、俯き、唇を噛み締めながら司令室から退避を始める。
それぞれが口々に「司令、御武運を」と敬礼し去っていく中、涙を流しながら「司令も御一緒に!」と、一人の青年隊員が叫んだ。
「それは出来無い。ここに残るのが私の務めだ。命令だ。退避せよ」
そう言い放った司令官の面前に初老の副指令が立った。
彼は骨ばった右手を司令に差し出した。
「副司令、貴官も若輩の私に良く尽くしてくれた。今までありがとう」
司令官がその右手を握り返そうとした瞬間、差し出された筋張った右手が手刀の形に変わり、司令官の鳩尾に鋭くめり込んだ。
「ふっ、副指令……なにを……」
格闘術の達人でもある副司令官の一撃は、容易には立ち上がることを許さない。
「君。司令官をお連れして、島から脱出したまえ」
膝を突く司令官と、それを見下ろす副司令官を前に、青年隊員は動揺したまま動けなかった。
「君は子供が産まれたばかりだろう。私にも孫がいてね。じいじ、じいじ、とそれは可愛いんだ」
どこにでもいそうな好々爺の笑みを浮かべ、副司令官は微笑んだ。
「さぁ、ここは私に任せて行きなさい」
涙を流しながら、司令官を肩に担いだ青年が「奴は、あの敵は何者なんですか!」と、副司令に聞いた。
「あれは、我ら一族を滅ぼす為だけに選ばれ、育成された勇者だ」
モニターには、司令室のある基地に向かう甲冑の男と、それに続く三体の狂獣の姿が映し出されている。
「奴め。ここに気づいたか。さぁ、急ぎなさい」
何度も振り返りながら立ち去る青年と、その肩に身を預ける司令官に敬礼を返し、老いた格闘家はモニターを睨みつけた。
「十五年前は多くの犠牲を払い、退けることが出来たが……此度は流石にな……だが」
我ら一族を滅ぼす為だけに育成された勇者。
鍛え上げた戦士たちを、最後の一人になるまで殺し合わせ、残った一人に三頭の魔獣と最強の称号を与えると聞く。その名は――――
「征くぞ! 我らが鬼族の意地を見せてやろうぞ。桃太郎よ、覚悟せよ!」