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第四章 現の裏世界1

 十年前、そのときが来るまで、俺と『仮面児』は、仲が良いわけでもなく、悪いわけでもなく……要は普通の兄弟だった。どこにでもいそうな感じの……だ。

 あいつだって、何も生まれた瞬間からあんな感じだったわけじゃない。もしそうだったら、即両親は殺され、俺は生まれてこなかっただろう。

 あいつの中で『神天使』の封印がとかれたのは、あるきっかけがあったからだ。



 ある日、俺が部屋で寝ていると、兄さんが俺を起こした。

「達哉、起きてくれる?」

「……何、兄さん?」

 当時俺は七歳だった。

 物事を深く考えられる歳ではなく、人間の醜い感情などを知っている年齢でもなかった。

 人間というものは、幼い時期は夢と希望にあふれ、本当に自分が何でもできるかのように思える。しかし、時がたつにつれて己の小ささを知り、夢のままでは何も叶わないことも知る。そこから先、『目標』と言うものを携えて世を生きるか、一度絶望した人生に光を見出せず、世を細く生きるかは、人によって違ってくる。

 俺の場合、現実というものを知るのは、この直後だ。

「達哉、開かずの部屋へ行ってみない?」

 俺達の家には、両親から決して入ってはいけないと言われている部屋があった。その部屋の扉には常に、通常の鍵に加え、さらに無駄にでかい錠前がかけられている。

 俺たちはその部屋を、開かずの部屋と呼んでいた。安易な名前だが、ガキだった当時の俺達は、その名前が気に入っていた。

「え……いいの?父さん達に怒られるよ?」

 我ながら情けなくなるほどの気の弱さだ。

 当時の俺は泣き虫なほうで、今とは別の意味で周りから孤立していた。まあ、幼い時期には良くある事だ。

「見つからなければ何も言われないよ。もし見つかったら、僕が強引につれてきたことにするから」

 俺はこのとき、何故『仮面児』がそこまでして、俺を連れて行こうとするのかわからなかった。しかし、今考えてみると、全くわからないと言うわけでもない。

 もしかしたら、兄さんは止めてほしかったのかもしれない。

 勿論、兄さんはまだ、自分に『神天使』の魂の半分が封印されている事を知らない。しかし、兄さんは本能的にそれを知っていて、俺に同行を求めたのではないだろうか。

「う、うん……」

 結局、俺は兄さんと一緒に開かずの部屋へ向かった。

 正直、開かずの部屋の中に何があるのか、興味があった。

 ガキというのは好奇心で、見たもの聞いたもの、手当たり次第にそれが何であるかを知ろうとする。世の中には知らなくても言いものがあると言う、年寄りの気持ちがよく分かる。

 本当に世の中、触れれば怪我をするものばかりだ。それを知っているからこそ、親は子が、全てを知る事を恐れ、何とかして止めようとする傾向があるのだ。

 開かずの部屋の前に着いた。同じ家の中にあるのだから、早く着くのは当然である。

 やはり、扉は硬く閉ざされている。だから開かずの部屋なわけだが。

 しかし驚いた事に、兄さんはどこから持ってきたのかは知らないが、懐から次々と工具を取り出し、開かずの部屋の扉を開ける作業を始めた。

 まずはキーピックを取り出し(こんな物家の中にあったか?)、でかくて重い錠前を外しにかかった。どこで学んだのか、兄さんはその錠前を、やけにあっさりと外してしまった。

 それを見た俺は、本気で兄さんの器用さに感心していた。

 次に、扉そのものの鍵を外し始める。まずは金具を部分についているネジを、ドライバーで外していく。俺は何をするわけでもなく、その様子をただ黙ってみていた。

 全てのネジを外すと、金具の部分が勝手に落ちてきた。

「あ……!」

 このまま落ちてしまっては、両親に見つかってしまう。緊張の一瞬だったが、兄さんがそれを受け止め、ゆっくりと床に置いた。

 兄さんはほっと胸をなでおろし、次の作業に取り掛かる。

 金具だけを外しても、鍵は開かない。もう一度キーピックで、さっきのように鍵を開ける必要があるのだ。

 五分ほどして、カチッという音と共に、扉の鍵が開いた。俺達は顔を見合わせた。

「行くよ、達哉」

「うん」

 扉を開け、俺は兄さんに続いて、開かずの部屋に入った。

 真っ暗だった。辺りを見回したが、照明もそれをつけるスイッチも見つからなかった。

「達哉、あれ」

「……え?」

 兄さんの指差す方向に目を向けると、台座の上に分厚い本が乗っているのを、何とか見る事ができた。真っ暗な部屋に、目が慣れてきたせいかもしれない。

 そんなところに本が置いてあるのだ。取りに行かないわけにはいかない。

 兄さんが本へ無造作に歩み寄り、その本を手に取った。

「?……何だろう、この本。これが父さん達の隠していた物なのかな?」

 と、兄さんが本を開いた、そのときだった。

 ブアアアアアア……ッ!

 突如本から光が発せられ、糸のような細い光が兄さんを包んだ。

「え……え?」

「に、兄さん、大丈夫?」

 実際に光に包まれているのは兄さんなのだが、本人よりも俺のほうが慌てていた。

 当然だとは思わないか?目の前で未知の怪奇現象が起こっているのだ。むしろ、冷静でいられる兄さんの神経を疑いたい。

「何だろう……なんか面白いな」

 しばらくは興味深そうに微笑んでいた兄さんだったが、その微笑みはすぐに消えてしまった。

 兄さんを包んでいた光が一本になり、兄さんの胸部を貫いたのだ。

「!……兄さん!」

「う……あ…………」

 確かに光は兄さんを貫いたが、何故か血は流れていなかった。まるで肉体ではなく、兄さんに宿っている何かを貫いたかのように。

 ヴオン。

 突如、兄さんから、封と書かれた円形の陣のようなものが出てきた。兄さんを貫いたものとは別の色の光で、その陣は形成されている。

 その陣こそ、『神天使』の魂を封じた陣だったのだ。

 兄さんを貫かれた以上、その陣も貫かれてしまっていた。光の陣に、徐々にひびが入っていく。

 パリィィィィンッ!

 その陣がガラスの様に砕けたとき、兄さんが大きく目を見開いた。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ゴォォォォォォォォォッ!

 兄さんが悲鳴をあげたかと思うと、今度は兄さん自身から光が発生し、出てきた光は二つに分かれ、兄さんの背中でその形を徐々に作り上げていった。

 カッと強い光が放たれ、辺りを一気にまぶしくした。目を開けたとき、さっきとは明らかに状況が違っていた。

 兄さんの背に翼が生え,その翼を羽ばたかせ、兄さんは宙を飛んでいた。いや、その時既に、兄さんは兄さんではなかった。目の色が変わり、その目は狂気に満ち、俺のほうを見下すように見下ろしている。

「……我……『神天使』の名の元、黒き世界の扉を開き、現世を暗黒へと導かん……!」

 この時だった。兄さんの中で『神天使』の魂の半分が目覚めたのは。

 兄さんの後ろで黒い空間が広がり、やがてそれは部屋を飲み込んでいく。

「達哉、何があった!」

 開けられた部屋の扉の外から、父さんが入ってきた。後ろに母さんもいる。

 そして二人は、兄さんの様子を見て、こう言った。

「目覚めてしまったか……『背徳の神天使』……!見てしまったのか……『闇の黙示録』を」

 勿論、当時の俺にはわけがわからなかった。

「祐、お前が『神術の仮面児』となる事を、何とかして避けたかった……」

 『背徳の神天使』……?『神術の仮面児』……?謎だらけだ。ただわかるのは、祐兄さんの様子が、明らかにおかしい事だけだった。

 ……兄の名。『背徳の神天使』の半分の魂を宿し、『神術の仮面児』となる宿命を背負った者。

 そう、俺の両親は全てを知っていた。兄さんに『神天使』の魂が宿っている事も。そして俺が何であるのかも。

「冥界の扉よ……開け……!」

 この瞬間、冥界の扉が開かれ、冥界と人間界つながった。

 冥界の狂犬ケルベロスが、何処かへと走っていく……。殺しに行ったのだ。『聖血の封冥者』を。

 そして、俺が自分自身の異変に気付いたのも、その瞬間だ。

 脈拍が上がっていた。異常なほどに。ひどい頭痛もした。俺の心の中で、何かが解き放たれていくのがわかった。

「ああああああああああああああああああああああああっ!」

 突然の頭痛に耐え切れず、俺が悲鳴をあげたときだった。

 兄さんのときと同じように、俺自身から光が放たれ、ある一つの形を作っていった。

「達哉……お前も目覚めるのか。『神威の邪砕靭』として……」

 父さんは俺と光を見つめていた。母さんにいたっては、その場にかがみこみ、泣き出している。

「祐哉さん……私達は……太古の宿命を背負いすぎたのよ」

 かがんだまま、泣きじゃくりながら母さんは父さんに目をむける。父さんは、絶望に沈む母さんの目を、ただ見つめ返していた。

 そして、光が形の形成を終え、俺の手に降りてきた。

 刀だった。

「ガルルルルル……ッ」

 さっき出てきたケルベロスのうち何匹かが、俺に向かってきた。

 このとき、俺は考える余裕をなくし、刃を鞘から解放し、向かってくるケルベロスを、次々に斬っていった。

 何故六歳のガキがケルベロスをなぎ倒せたか……。それは俺にもわからない。今の俺がやっても、恐らく再現はできないだろう。

 目覚めたばかりの力を抑えきれず、バーサーカー状態だったのかもしれない。

「うあああああああああああああああああああああっ!」

 ケルベロスをなぎ倒した勢いで、俺は兄さんに斬りかかっていた。

 ズバアッ!

 斬った。確かに斬った。しかし、相手が違っていた。

 俺が斬ったのは、兄さんではなく、兄さんをかばった母さんだった。

「うっ……ゴブッ!」

「……か……母さん?」

 母さんが血を吐いた。俺は正気に戻った。母さんの口から吐き出された血が、俺の服を赤く染める。

「真由菜っ!しっかりしろ!」

 父さんが母さんに駆け寄り、母さんの身体を揺さぶった。

 わけがわからなかった。俺の目の前で、母さんが血を出してぐったりとしている。自分の手には、血の付いた刃物がある。自分がやったのか……?母さんを……斬ったのか?

 追撃するように、兄さんが掌を母さんと父さんに向ける。

 それを見た父さんは、俺のほうに振り返った。

「達哉、金庫の中だ。そこに全ての鍵を握る物が入っている。番号は――――」

 バシュッ……!

 父さんが俺に番号を伝えた直後、兄さんの手から光線が放たれ、母さんと父さんを貫いた。

「頼むぞ……『神威の邪砕靭』よ」

 そう言い残し、父さんは母さんと一緒に、動かぬ屍となった。

 そこからしばらくは覚えていない。気が付くと、そこに兄さんはいなかった。

 俺のことを気にかけなかったのか、または兄さんの意志が蘇り、俺を見逃したのか……真相はわからない。しかし、俺の目の前には、父さんと母さんの遺体が転がっているだけであった。冥界の扉も閉じている。

 少しの間、俺は行動すると言う事を忘れていたが、父さんの最期の言葉を思い出し、金庫のある部屋へ向かった。

 その部屋には、四角い小さな……しかし頑丈そうな金庫が合った。

 父さんに言われた番号を入れると、金庫は開いた。中には、分厚い本があった。

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