第三章 同じ宿命を背負う者2
『闇の黙示録』には『過去』が記され、『光の黙示録』には『未来』が記されている。
かつて、光と闇、二つの『黙示録』の元型である書物を所持していた『神天使』は、その本を持っていたが故に、他の神をする力を持っていたと言われている。
けど、その書物に何が記されていたのか。それはレミネス様も知らない。
『過去』と『未来』の両方か、それとも……。
今起こっていることのすべては、『光の黙示録』に記されているらしい。けれど、古代の文字で記されている為、解読は不可能……らしい。『邪砕靭』達やレミネス様は、それに記されている一連の事件の全てを、『黙示録』の舞台と呼んでいる。
「そして、その『聖血の封冥者』の力こそが、今回の『宿命の輪廻』……それらの決着をつける鍵となる」
太古より受け継がれてきた宿命。果てしなく長い間続いてきた『宿命の輪廻』を断ち切るための鍵……『聖血の封冥者』は、そういう意味を持って存在している。
でも、本人はそう思っていないような気がする。
皆そうなのだ。
たとえ大きな存在によって、自分の存在理由が決められていたとしても、自分で自分自身の存在価値を見出そうとし、日々迷走する。けど、もし自分自身で存在理由を見つけることができたら、人は限度のない力を発揮する。
これもレミネス様から聞いたのだけど、『神威の邪砕靭』や『命狩の執行人』、そして『聖血の封冥者』に備わる力は、それぞれ必要とされる意志がある。
それが何なのかは本人にもわからない。けど、必要される意志が強ければ強いほど、彼らは強大な力を発揮する。
神の威力を持つはずの『邪砕靭』の攻撃が防がれたのは、『邪砕靭』に必要とされる意志が欠けていて、一方、『封冥者』に必要な意志が、強かったと言う事。
果たして彼女は、どういう意志を持って、宿命と戦っているのか……。
「レミネス様……」
「物分りが早くて助かるよ。さあ、行こう」
レミネス様が体の向きを変えた。
「……十年ぶりだね」
レミネス様が微笑む。でも、心からの微笑じゃない。
「決して祝福されることのない……兄弟との再会だ」
事情は聞いた。
まさか、『封冥者』にそんな力が備わっているとは……。ただ冥界の扉を閉じるだけではないと言う事か。
「おいフィアラ、もしあの力がなかったら、どうするつもりだったんだ?間違いなく死んでたぞ」
俺の横で、レイトがフィアラを叱っている。
フィアラがレイトをかばおうとした事に怒りはしない。問題は、もし彼女が死んでしまったときだ。彼女がいなければ、この宿命に決着をつけることができなくなる。
いや……俺にとって、それは本当の問題じゃないのだが。
「すみません。何も……考えていませんでした」
実にフィアラらしい返答だった。
彼女は馬鹿がつくほどに、子供のような純真さを未だに保っている。
普通、この年齢まできたら、現実を知り、世の中に絶望しているものだ。そこから新たな光を見出すか、絶望の闇に沈むかは、人によって違うが。
もっとも、俺にはそんな下らない事で悩んでいる余裕はなかった。悩もうともしなかったが。
「本当に……すみません」
「あ、いや、元はと言えばかばわれた俺が悪いんだけどよ……」
ずっと謝り続けているフィアラが心を痛めたか、はたまた、自分が情けなくなったのか。どっちであるかは知らないが、レイトが逆に謝りだしていた。
まるで下っ端が上官に、ぺこぺこ頭を下げているように見える。
レイト……お前、会社員に向いているかもな。
「……レイト、お前はこれからどうする気だ?」
いつまでもこんな緩い雰囲気のままと言うわけにはいかない。奴のこれからの行動によって、俺達の行動もかなり変わってくるのだ。
「俺達と一緒に来る気があるのなら、そうしてほしい。俺一人では、いつまで『封冥者』を守れるか、わからないからな。しかし、それを望まないのなら、無理強いはしない」
いくら宿命とは言え、俺たちは他人だ。
他人が他人の行動を決める権利など、ありはしない。
「……言ったろ、俺は宿命に納得してないって」
つまり、俺たちと行動を共にするつもりはないと言う事か。戦力不足だが、仕方がない。
何とかして、俺がフィアラを守ろう。
「それは困るね」
突如、何者かの声が響いた。
この声……俺は知っている。十年ぶり……か。
「君達にはまとまって行動してもらわないと面倒なんだよ。妥協してもらえないかな?」
暗闇の奥から、小柄な少年が姿を見せた。
レイトよりも背が低く(俺よりレイトのほうが小さい)、その身長に見合った、幼い顔をしている。青い服、白いズボン……そしてその背中には、純白の翼がある。
「?……どなたですか?」
フィアラはのんきだが、レイトは違った。
「あの翼……おい、『邪砕靭』!」
やはりわかっているか。
俺は鞘におさめていた刀を解放した。
「ようやく出てきたか……『神術の仮面児』!」
『神術の仮面児』……それは、『神天使』の魂が宿っている者が呼ばれる異名。未来を見据え、古代の神が残した名。
俺達の敵と呼べる存在であり、そして……。
『神術の仮面児』は、やっぱりか……。と、ため息をついた。
「思ったとおり、異名で呼ぶんだね。冷たい弟を持ったものだよ」
「……………」
「え……ええっ?」
「な、何だってぇっ!」
フィアラとレイトがた。
レイトは当然だが……フィアラにも話していなかったか。
「お、弟……?じゃあ、あいつは……『邪砕靭』、お前の……」
「お、お兄さん……?」
「達哉が世話になっているね。『命狩の執行人』……そして、『聖血の封冥者』」
『仮面児』め……余計な事を。
確かに血縁はあるが、今の俺たちに、そんな事は関係ない。
「お前と俺は今や赤の他人だ。気安く名を呼ばないでもらおうか」
「変わらないね。まあいいけれど」
まあいいと言いつつ、『仮面児』はため息をつく。
変わらないのはどっちだ。いつも穏やかな表情を浮かべて……。見ていて腹立たしい。
昔からそうだった。幼い頃の俺があいつに何をしようが、『仮面児』は常に微笑を浮かべていた。怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、ただ微笑んでいた。
しばらくの間は、奴を気性の穏やかないい兄だと思っていたが、ある程度年月を重ねると、段々奴の事が腹立たしく思えてきた。
兄としてのプライドもなく、ただ微笑んでいるだけ……。
そのうち俺は、奴と一切会話をしなくなっていた。
そして今も、俺は長時間奴と話すつもりはない。
「来るのかい?構わないよ。君じゃ僕には勝てないからね」
フン……。どうやら、『神天使』が目覚めて、さらにたちが悪くなったみたいだな。
しかしその方が、敵として認識しやすい。
俺は刀を構え、奴に向かって走った。しかし、結果的に届かなかった。
「怒りと言う名の破壊魔よ、全てを焼き尽くせ!」
前に出された『仮面児』の手に、火球が発生した。その火は、徐々に大きさを増していく。
「ゴウマッド・ブレイズ!」
火球が『仮面児』の手から放たれ、高速で俺に向かってくる。
神術……。神のみが持ちうると言われる魔術。いや、魔術と言う言葉そのものが、神の持つ神術を、人が真似たもの。人を遥かに超える者の力である。
人である俺は、刀を盾に、防御態勢を取る他になかった。
ゴォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ……!
「神崎さん……!」
「やばい!フィアラ、離れるんだ!」
火球が炎の柱へと変化し、雲を貫いて燃え上がった。やがて燃え盛る音が大きくなり、爆発した。
爆発によって、俺は近くの建物の壁に叩きつけられる。
「がはあっ!」
「神崎さん!」
フィアラが駆け寄ってきた。見たところ怪我はないようだ。
レイトに感謝しなければならない。もしあいつがとっさにフィアラと、あの火炎から離れていなければ、フィアラが死んでしまっていたところだ。あの爆発によって、半径二十メートル程の地面が吹き飛んだ。フィアラの元々いた位置では、確実に巻き込まれていた。
先程フィアラは、『封冥者』の力を見せたばかりだが、それが必ずしも発動するとは限らない。
「大丈夫だ……。お前は離れていろ……」
何とか立ったが、そうしたところで打つ手はない。
正直、今自分が立てていることさえ不思議なぐらいだ。運がいいのか、それとも……。
「さっきの勢いはどこに行ったのかな?……と、悪役にありがちな事を言ってしまったね」
仮にも『神術の仮面児』と言ったところか。
神の力を半分持っているだけあって、さすがに圧倒的な力だ。
……そう、半分だ。
「勘違いをしているようだから言うけど、別に僕は戦う為にきたわけじゃないんだよ」
「何……?」
目的はフィアラではないと言う事か。では、一体何を……。
「折角僕の敵が三人とも揃っているわけだし、まとめて掃除する方法を思いついたから、それを実行しようと思ってね。生き地獄とでも言おうかな」
どうやら神術で俺たちをまとめて消し去るわけではないらしい。
相変わらず中途半端な手を使ってくるものだ。腹立たしい。
「我、神の名の下に、太古に閉じられし扉を、今一度解き放たん!」
「……なっ!」
俺は今、『仮面児』の言葉の意味を理解した。
生き地獄……まさしくその通りだ。奴が今開こうとしているのは……!
「冥界の扉よ、開け!」
ヴォォォォォォォォ…………。
俺たち三人がいる周辺の地面が、黒く色を変えていく。三人とも冥界へ送ろうと言うのだ。生きたまま……だ。
「おい、どうすんだよ!」
「くっ……!フィアラ、俺に捕まれ!」
「は、はい!」
黒い地面に飲み込まれ、俺達は闇へと落ちた。
それにしてもあっさり片付いたものだね。
まあ、冥界への扉を開いたわけだし、当然と言えば当然だけど。
「……レイディル」
「はい」
建物の上から、レイディルが降りてきた。
僕が彼らを相手にしている間、レイディルには隠れていてもらった。
そっちのほうが、面白そうだからね。
「君も冥界へ赴いて、彼らの追撃を行ってくれるかな?落ちただけじゃ、彼らは死なないからね」
「……レミネス様、一つお聞きしたい事があります」
おや、さっきのお返しかな?
「何?」
「レミネス様は、本当に彼らを殺すおつもりなのですか?」
……なるほど、流石に鋭いね。確かに、僕の真意は別にある。けれど、今は……。
「もちろんだよ。だから君を差し向けるんだよ」
「……わかりました。行ってきます」
納得はしていないようだけれど、どうやらそっとしておいてくれるつもりらしい。
彼女は三人を追って、冥界へ入った。
「……君にもいつか話すよ。本当のことをね」
もっとも、それを話すときには、この『宿命の輪廻』は断ち切られているだろうけど……ね。




