第三章 同じ宿命を背負う者1
「うおらあああっ!」
ギィンッ!
「くっ……!」
レイトの大鎌の刃が、俺の刀を斬りつけた。力任せに振っているため、元々勢いのある攻撃が、落下する勢いをのせて、衝撃を増している。
だった。相手は大鎌……あの形状はやりにくい。
俺が今まで相手にしたことがあるのはケルベロスのみで、人間と刃を交えた事などない。その初めての相手が、剣とかをもった奴なら、まだマシだったかもしれない。だが、レイトは大鎌だ。何度も言うが、やりにくい。一体世の中に何人、大鎌を持った奴と戦った人間がいるだろうか。もしいたなら、そいつが戦ったのは人間ではなく、死に神だ。
それはそれで凄いが、間違いなく負けたはずだ。このやりにくさは尋常じゃない。
「おおおっ!」
「ちっ……!」
俺の鼻先ぎりぎりを、大鎌の刃が通過する。今のは危なかった。
避けた勢いのまま、俺は後ろに下がった。
「おい、どうした『邪砕靭』?さっきから逃げてばっかじゃねえか」
レイトは俺を挑発するように、不敵な笑みを浮かべている。
やりにくい原因は大鎌の形状だけじゃない。俺とあいつでは、戦闘の仕方が明らかに違うのだ。
俺の場合、防御に長けていない刀では、無駄な攻撃は即、死に繋がる。そのため、確実に当たる状況でのみ、攻撃のチャンスが回ってくる。だが、あいつは違う。
レイトの大鎌は、元々やりにくい形状に加え、たとえ当たらなくとも即攻撃してくる。その特攻の如き攻撃のせいで、こっちは攻撃態勢を取りづらい。
やりづらさ二倍と言うわけだ。
「……フン、冷静に分析中ってか。けどな、いくら分析しようが、無駄な事だぜ!」
地を蹴り、レイトは俺に向かってくる。
かなりのスピードだ。陸上選手かこいつは。
「ついてこれるか?『邪砕靭』!」
「……ぬっ!」
こいつ……分身した?
四人のレイトが、俺を中心に、円形に走る。
くそ……どれが本物だ?
「オルター……」
四人を順番に見比べているときだった。突如、四人のうち一人が、一瞬で俺に近づき、斬った……はずだった。だが、俺を貫いたはずの刃は俺をすり抜け、レイトと共に消えた。偽者か……。
「イゴウ……」
安心したのも束の間、もう一度、今度は二人常時に接近してきた。
「うお……っ!」
慌てて攻撃を防ぐが、守れるのはどちらかだ。もし守れていないほうが本物なら、致命的な攻撃を受けてしまう。しかし、二人のレイトもまた、すり抜けた刃と共に消えた。
「俺はこっちだあっ!」
「…………っ!」
振り向いたとき、すでに本物のレイトは、大鎌を振り上げていた。
「スラッシュ!」
ザンッ!
大鎌の刃が俺の肩を切り裂き、傷口から大量の血が噴き出した。危なかった……ぎりぎりで避けたからかすり傷で済んだものの、あと少しでも反応が遅れていたら、間違いなく心臓ごと切り裂かれていただろう。
分身と連携して敵を切り裂く技……。あのスピードがあってこそのものだ。
「手ごたえねえなあ。本当に『神威の邪砕靭』かお前?どこが『神の威力』なんだよ?」
奴は相変わらす不敵な笑みを浮かべている。眼鏡の先にあるのは、挑発的な目だ。
誰だ、俺に『神威の邪砕靭』なんて異名を与えたのは?奴の言うとおり、『神の威力』など欠片もないぞ。
あるとすれば……。
「……ちっ、つまらねえ。やる気あんのか?」
レイトはいらいらしている。
『神の威力』……その力を示すには、かなりの時間が必要だ。この状況で、なんとか時間を稼がなくてはならない。
傷を抑えて、俺はダメもとで口を開いた。
「……聞かせて欲しい事がある」
「ああ?なんだよ」
どうやら問答無用で戦うつもりはないらしい。俺の言葉に対応してくれている。
それとも、ただ俺と戦う気がそがれたのか。
「何故フィアラが『聖血の封冥者』だと気付いた?少し見たぐらいでは、あいつは一般人にしか見えないはずだ」
ああ、そのことか。と、レイトは呟いた。
「簡単なこった。見たのが少しじゃねえんだよ。目的もなく街を歩いてたら、やたらな女がいたんだ」
フィアラが反応した。
かなり恥ずかしそうな顔だ。挙動不審に見えていたことを恥じたのだろう。
「まあ、わかってるみたいだし、あんまり言うのもかわいそうだけどよ、そいつがフィアラだったわけだ。いやあ、怪しかったぜ。かなり」
レイトの言葉に、フィアラは恥ずかしさで赤くなっていた顔を、さらに赤くした。
レイトの奴……わかって言ってるな。
「で、怪しい奴だなと思ってみてたら、手にでっかい本を持ってるのに気付いたわけだ。その本がまた怪しい」
さっきから怪しい怪しいと連呼している。まあ確かに、怪しいかもしれない。
フィアラに『光の黙示録』を預けてからと言うもの、あいつはずっと『黙示録』をその手に握っている。その手から『黙示録』が離れた場面を、俺は見たことがない。
「紫色の表紙に、黄色い『封冥者』の紋章。それを見れば、その本が『光の黙示録』だってことはすぐにわかったぜ。確か、『闇の黙示録』は向こうさんが持ってるはずだからな」
レイトの言う向こうさんとは、勿論『神天使』のことだ。
以前にも言ったとおり、俺達側には『光の黙示録』が、『神天使』側には『闇の黙示録』がある。その二つが同化し、元々の書物に戻る事によって、『神天使』の封印が完全に解ける。
その辺の情報も、レイトは知っているようだ。
「まあ、それを見てから、フィアラが『封冥者』だって事に気付いたわけだ。それで、お、こいつがそうか。とか思いながらまたずっと見てたら、いきなりフィアラがこっちを向いてよ。いやあ、焦ったぜ。俺のことが怪しく見えたりしたら面倒だからな」
知らない誰かが自分をずっと見ている。女であるフィアラには、とんでもなく怪しく見えただろう。
「けど幸い、フィアラは自分から目を合わせたと思ったらしくてな。こっちから挨拶したら、普通に返してきたぜ」
流石だフィアラ。
天然もここまで来ると、賞賛に値する。ん?この場合、天然関係あるのか?
どちらでもいい。今はそんな事を考えている場合じゃない。
「まあ、それから二人で時間潰して、フィアラをお前との待ちあわせ場所に送ってったわけだ。大体わかったか?」
要するに、こいつがいなければ、俺はフィアラと合流できなかったわけだ。礼を言おう。心の中だけで。
しかし、思った以上に早く終わってしまった。まだ時間がいる。
「じゃあ、そろそろいくぜ」
「ちょ、ちょっと待て」
俺は慌てて、向かってこようとするレイトを制した。今来られては困る。
「何だよ、まだあんのか?」
がっかりしたように、レイトはうな垂れた。
こいつ……そこまで戦いたいのか。
「いや、特に……ないが……」
まだ来ないでくれ。とは言えない。
どこに待ってくれるお人よしがいるものか。
「どっちなんだよ!まあいい、そろそろ再開しようぜ」
そう言ったものの、様子を伺っているのか、レイトはなかなか来ない。俺にとっては好都合だ。
あと五秒でいい。そのまま……。
「行くぜ!」
レイトが向かってくる。
間に合え……間に合ってくれ……!
「やっぱりお前には『封冥者』は守れねえ!」
二……一……いける!魂の数は少ないが、放てる。
見せてやる……『神の威力』を!
ゴオオオオオオオオッ!
『神威の邪砕靭』に対する第一印象は、「世渡りが下手そう」だ。
だってそうだろ?
例えばあんな無愛想な野郎が、学校で先生に向かって、「おはようこざいます」って笑顔で言う。考えてみろ、あり得ないだろ?
しかも常に「近づく者は斬る」的な雰囲気を放ってるし、そんな奴が世渡り上手なわけねえんだ。
にしても、そんな奴に攻撃態勢を整える時間を与えちまうとは、俺も落ちたな。
ゴオオオオッ……!
『邪砕靭』の刀を中心に、竜巻のような風が起きてやがる。
刀自体もなんか光ってやがるし、こりゃ、ちょっとやばいかもな。
「望みどおり見せてやるぞ!」
光る刀を上に掲げ、『邪砕靭』が跳躍する。
「受けろ……『神の威力』を!」
刀の帯びた光が長く伸びていく……げっ、攻撃範囲は広そうだな。
今から避ける……ってのは無理か。しゃあねえ、何とかして防ぐか。
「コンヴィクション・ソウル!」
馬鹿でかい光が、夜の街を照らす。その光は、俺に向かって振り下ろされた。
ドゴオオオオオオオオオッ!
「……なっ?」
マジで驚いた。
でかい音が響いても、一向に痛みを感じないから、目を開けて様子を見てみたんだ。
そしたら、俺の前にフィアラが立ってた。俺をかばったんだろうな。けど、フィアラも何ともなさそうにしてる。本人も不思議そうだ。
でかい音が響き続ける中で、俺はようやく状況を理解した。
フィアラを中心に、何か特殊な領域が円形に発生し、『邪砕靭』の攻撃から、俺やフィアラを守っている。
なるほど……そういうことか。俺は目撃したんだ。
『聖血の封冥者』の力を、この目で……!
やがて光が消えていき、『邪砕靭』が地面に着地するのが見えた。
「な……何?」
無傷の俺を見て、『邪砕靭』は本当に驚いていた。
いや、違うな。何よりも、フィアラが俺の前に立っていることに驚いていた。
そして、フィアラが無事であるのを見て、ほっとしていやがる。
「フィアラ……何とも無いのか?」
「え……あ、はい」
情けねえ返事だ。でもま、仕方ないよな。ついさっき起きたことに一番驚いているのは、フィアラ自身だ。
「……『命狩の執行人』」
「あ?」
フィアラの返事を聞いたら、今度は俺に話しかけてきやがった。
どうやらもう、戦いがどうの言ってられる状況じゃないらしい。
「教えろ。ついさっき、何があった?」
「癒す……?」
「そう。『聖血の封冥者』の力は、ありとあらゆる攻撃を癒し、無効化すること。と言っても、防ぐ事ができるのは、僕の『神威の邪砕靭』や『命狩の執行人』の特殊な力に限られるけれどね」
暗闇の空間で、私達は水晶玉を使って、彼らの様子を見ていた。私達のいるところだけを、上からの光が照らしている。だから、私とレミネス様の距離は、必然的に近く……。
何かが起こる度に、レミネス様は私に『謎』のことを話してくれる。『黙示録』の舞台についても、同様だった。