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第二章 光と闇の道標2


「『聖血の封冥者』を知っている奴がこの街にいるとは……!」

 私と神崎さんは、レイトさんを追って、彼の走っていった方に走っています。

 『聖血の封冥者』……。私の継ぐその名を知る人が、この街にいたのです。それを知っていると言う事は、彼も関係者であることを意味しています。

 神崎さんと合流したあと、当然私は彼にレイトさんの事を話しました。私の話を聞くと、神崎さんはすぐに走り出しました。残っても仕方ないので、私も一緒に。

「し、神崎さん、あまり早く走らないでください!」

「……………」

 突然、神崎さんが私の腕を掴みました。そのまま腕を引っ張られて、私が一瞬宙に浮く。すると神崎さんは、私の浮いた両足を左腕で持ち、両足が持たれた事で、横向きに落ちそうになる私を、右腕で受け止めました。

「え……ちょっ……神崎さん?」

 驚きました。要するに私は、「お姫様抱っこ」をされているのです。

 私を受け止めると、神崎さんはもう一度走り始めました。多分神崎さんは、二人で移動するのに一番早い方法をとったつもりなのでしょう。けど、さすがにこれは恥ずかしいです。

 誰も見ていないから良いようなものです。

「?……どうしたフィアラ。顔が赤いぞ」

「えっ?あっ、何でもありません!」

 慌てて顔を背けた私に、神崎さんは?マークを浮かべています。

 この抱っこがどういうときに使われるのか、やっぱり神崎さんは理解していないみたいです。

 とは言え、下ろされると置いて行かれてしまうので、この状態のままでいるしかありませんでした。



 それにしても、女と言う生き物はよく分からないものだ。

 走るのが辛そうだったから抱えてやっただけなのに、顔を赤くしている。一体どこに、赤くなる要因があるのだろうか?見当がつかない。

 しかも顔を背けたまま、ずっと黙っている。

 やはり、女と言うのはよくわからない。

 そんなことを思いながら、夜の街を走っていると、裏路地に入る道から黒い何かが飛んできて、俺達の目の前を転がった。

「きゃあああああああああっ!」

 その物体が何であるかを確認した途端、フィアラが悲鳴をあげた。俺も今回は、悲鳴をあげても仕方ないと思った。きっと、その辺にいる屈強な男でも、腰を抜かしただろう。

 その物体は、冥界の狂犬ケルベロスの生首だった。大きく口を開け、ぴくぴくと動いている。しかし、決して息があるわけではない。大量出血のショックで、筋肉が痙攣し、自動的に動いているだけだ。

 俺はその場にフィアラを下ろし、首の飛んできた道へ入った。

 そこに待っていたのは、誰もがゾッとする光景だった。

 少年がいる。稲妻形の模様が入っている黒い服に、灰色の髪。これは問題ない。眼鏡をかけているようだ。これも問題ない。よくいる何処かの少年だ。

 問題なのは、その少年の手に、大鎌が握られている事だった。一体どこに、大鎌を持った少年がいる?

 その大鎌には血が付いている。恐らく、それを持っている少年の前に倒れている、ケルベロスのものだろう。

 俺の存在に気付き、少年が振り返った。俺たちに向けられたその目は、狩る者の以外の何ものでもなかった。

「何だお前?見せ物じゃねえぞ」

 そう言った直後、少年は俺の後ろにフィアラが立っていることに気づいた。

「ああ、お前か。ってことは、こっちが『邪砕靭』か?」

 まるで面白い物でも見るように、少年は俺に目線を戻す。その目は、未だに狩る者の目だ。

 この眼鏡男……強い……。その目と、少年自身が放つオーラで、そのことが一瞬で理解できた。

 少年は無傷である。そして少年の後ろには、ケルベロスの死体がある。つまり、この少年はケルベロスを相手に、傷一つ負うことなく料理した……と言う事だ。

 俺はいつ仕掛けられても良いよう、抜刀の準備をした。

「……何者だ」

「名前ぐらいは話したはずなんだけどな。まあいいや。自己紹介してやるよ」

 少年は大鎌を肩に乗せ、不敵な笑みを浮かべる。

「俺はレイト・アレクジール。またの名を『命狩いのちがり執行人しっこうにん』……お見知りおき願うぜ、『神威の邪砕靭』」

「……!」

 『命狩の執行人』……。それは、『聖血の封冥者』を守る者として、神々が与えた異名の一つであった。



 私達二人は、刀を持った少年と、大鎌を持った少年が対峙しているのを、建物の上から見ている。

 一人は『命狩の執行人』。一人は『神威の邪砕靭』。そして『邪砕靭』の後ろには、『聖血の封冥者』がいる。つまり、私の真下では、太古の異名を告いだ三人が、全て揃っていると言う事になる。

「……今のうちに叩かなくても良いのですか?」

 私は隣に立つ、ご主人様……レミネス様に問いました。

 その問いに、レミネス様は微笑を浮かべる。

「必要ないよ。仮に彼らが束になって僕にかかって来たとしても、神の力の前には無力だよ」

 レミネス様の身体には、レミネス様の魂と、古代の神の魂が同居している。と言っても、神の魂は本来の半分しか復活していないから、レミネス様自身は、自分の意志を持っていられる。

 もし神が完全復活したら……その時レミネス様は……。

「大丈夫だよ、レイディル」

 私の心境を悟ったのか、レミネス様は優しく、私に語り掛けました。

「僕だって、そう易々と自分の体を神に渡すつもりはないよ。何とかするさ」

 顔では微笑んでいるけれど、一番不安なのは、レミネス様自身だと思う。自分の体が誰かに取られるかもしれないと思うと、とても怖くなるはず。私だったら、とっくに逃げ出しているのに……。

「仕方のないことさ。これは神の魂を継いでしまった僕の宿命だからね。かと言って、逃げるわけには行かない」

「……………」

 現代で冥界の扉が開かれたのは十年前。

 レミネス様の話だと、ある事がきっかけで神を抑えていた封印が解け、当時子供だったレミネス様は、不覚にも神に操られてしまい、冥界の扉を開いてしまったらしい。

 そのときに、私の真下のいる三人が覚醒した。もっとも、『聖血の封冥者』だけは、覚醒したのが内部だったから、本院は気付いていなかったみたいだけど。

 神の魂が半分目覚めたとき、レミネス様からは成長と言う自然現象が消えてしまった。十年前……十二歳だったレミネス様は、当時の身体と全く変わらない。

 それも神の影響かもしれないと、レミネス様は言っていた。

「……レイディル、君に聞いておきたい事がある」

「?」

 いつの間にか、レミネス様の表情からは微笑が消え、真剣な目で私を見ていた。

「君は……その銃で、『聖血の封冥者』を撃てるかい?」

 撃てる。私は心の中で即答していた。

 勿論、気はすすまない。けれど私は、命を救ってもらったレミネス様への恩を、何としても返したい。その為なら、たとえ彼女が昔からの友達でも。

「……撃てます。必ず、この手で彼女を」

「そうか……。でも、僕はそうならないことを祈っているよ」

「え……?」

 私が問う前に、レミネス様は体の向きを変えた。

「帰ろう、レイディル。と言っても、すぐにまたここに来るけれどね」

 そう言ったレミネス様の表情は、優しく微笑んでいた。



 『命狩の執行人』……。思った以上に早く見つかった。と言うより、むこうから『聖血の封冥者』であるフィアラを見つけてくれたのだが。

「むかつくぜ……」

 しばらく沈黙を保っていると、向こうから口火を切った。どうやらあまり落ち着きのない性格らしい。

「お前、何でそんなに涼しい顔してんだよ?自分の宿命に納得してるのか?」

 妙な質問だ。宿命は宿命。避ける事などできない。納得するしない以前の問題だ。

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味だっつの。どうなんだよ!」

 これは避けられる問題じゃない。それだけじゃないのか?

「……納得していると言わざるを得ないだろう。これが俺の宿命だ」

「俺が聞いてるのは宿命がどうのとかの話じゃねえ!」

 レイト(……と言ったか)が突然叫びだした。

 かなりいらいらした様子で、頭を抱えている。

「お前自身はどう思ってるんだよ!お前個人はよ!」

「俺……個人だと?」

 十年前に、これが宿命だとわかったとき、特に俺は何かを思ったわけじゃない。いや、あることはあったが、少なくとも宿命の事に関しては、何も考えなかった。

 これが定めだと、流れに任せてケルベロスと戦ってきた。

 しかし、この男は違う。

 覚醒から十年たった今でも、己の宿命に納得できず、ずっと頭を抱えてきたのだろう。

「俺は……俺は絶対に嫌だ。何で突然、今まで過ごしてきた日常を、わけのわからない問題に壊されなきゃいけないんだよ!俺は普通に……俺は十年前まで、普通に人生を送ってきたんだ。なのに、古代の神だの何だの、どっかの夢物語みたいなありえない話のせいで、自分の手を血で染めねえといけなくなったんだ!何で……なんで俺なんだよ!」

 俺に答を求めているのか、一人でただ叫んでいるのか、その判断さえつかなかった。少なくともこいつは、自分の宿命を憎んでいる。

 自分を黙示録の舞台へ上げた、己の宿命を。

「俺は嫌なんだ。宿命とか運命とかに左右されるのは。だから、お前みたいに『仕方ない』って顔した奴を見てると、この上なくむかつくんだよ!」

 正直、むかつかれても困るのだが、己の意志をはっきりしない俺にも責任があるようだ。

 俺にもフィアラにも言えることだが、古代よりの宿命がなければ、俺達はそれぞれの、なんら変哲のない人生を送ってきたはずだ。

 一般人として世を生き、一般人としてこの世を去っていただろう。

「確かに『仕方ない』のかもしれねえ。けどな、最低限の抵抗ぐらい、してみようと思わないのかよ!」

 現在に至るまで、レイトはこの宿命から逃れる術を探していたのだろう。とても常人とは言えない力を持った自分自身を、恐れていたのかもしれない。

 願わくは、かつての普通な日常に戻りたいと……。

「お前みたいな自分の意志を持ってない奴に、『聖血の封冥者』は守れねえ。人間って言うのは、意志を持つからこそ、強くなるんだからな」

 『狩る者の目』だったレイトの目が、さらに殺意を帯びた。

 来る……!俺は刀をから解放した。相手は『命狩の執行人』……油断していては瞬殺される可能性もある。

「反抗的な目ぇしてるじゃねえか。そこまで俺は弱くない……ってか。なら、『神の威力』と呼ばれる『邪悪を砕く靭』の力、俺が試してやるぜ!」

 レイトの大鎌が紅い光を帯びた。『命を狩る』ための力……あの紅い光は、血を表しているのか……。

 奴の大鎌と同様に、俺の刀が蒼い光を帯びる。この光は、『邪を砕く』ための力を表す……。俺と奴……それぞれの力を示す色は、対照的なものだった。

 そして、『冥を封じる』力……それを表す白き光を持つフィアラは、これから始まる戦いに、怯えているように見えた。

「……フィアラ、ここから離れろ」

「どうして……どうして争うんですか!同じ定めを持った仲間じゃないんですか?戦う事なんてないのに……」

 最初、一目見た瞬間にわかった。フィアラは戦いを好まない。何事も、何とかして平和的に解決しようとする。

 そんなフィアラにとって、本来共に戦う立場であるはずの俺達が始めようとしている戦いは、不毛なもの以外の何ものでもなかった。

「大丈夫だ。どちらも死にはしない。あいつもこっちに協力する気がないわけじゃない。だから俺に『封冥者』は守れないと言ってきたんだ。それ相応の力が無いと、お前は守れないからな」

 本当に俺を殺すつもりなら、いちいち話をせずに、むかついた時点でかかってきたはずだ。しかし、それをしなかった。宿命を憎んではいるものの、自分の背負った責任は、全うしようとしているのだろう。

「早く離れろ。巻き添えを食らうぞ」

「……………」

 納得はしていないようだが、フィアラは後ろに下がってくれた。

 よし……これで心置きなく戦える。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 大鎌を上に掲げ、レイトが唸りだす。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!

 突風が巻き起こり、ただならぬオーラがレイトを包んだ。

「…………」

「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 そう叫び、レイトは跳躍した。


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