終章 『黙示録』の終焉2
――レイト、元気にしてた?――
「その声……レイゼか!」
俺の前を、二つの魂が浮いている。
一つはレイゼ。そしてもう一つはレイディルだ。
「レイゼ……えっと……何て言うか……」
言葉が見つからない。そりゃそうだ。
昔に自分が殺してしまった人が、今目の前にいるのだ。一体どう言葉を出せばいいのだ。この状況では、笑顔で「よう!」とも言えない。言えるわけがない。
――大丈夫よ。もう全て知っているから。あなたはもう、私達に束縛されなくていいの――
思えば力が目覚めてから十年……俺はずっと、自分の罪を償い方法を探していた。何をすれば、レイゼは許してくれるだろうか。
『邪砕靭』達と出会う前、ケルベロスを狩っている間にも、そんな事を考えていた。
――そうよ、レイト君。あなたはもう、自由よ――
「お前ら……」
畜生……一体何回泣かせたら気が済むんだ。
一回目はレイゼを殺してしまったとき。二回目はレイディルを殺した時。あ、今回の涙は、今までのものとは質が違うな。
二回目までは、俺は悲しくて泣いていた。けど今回は違う。
レイゼは俺を許してくれた。俺の願いは叶ったんだ!
心から喜んでいる俺を見て安心したのか、二人は『邪砕靭』の刀に向かう。
「あ、待って、レイディル!」
近くに来たレイディルに、フィアラが叫んだ。
――大丈夫。何も言わなくていい。あなたは、私がいたことを覚えていてくれればいい――
「…………うん!」
二人の魂は、光る刀の一部になった。あの二人が『黙示録』を終わらせる手助けになると思うと、自分のことのように嬉しかった。
レイディル……姉と再会できたんだね。
言葉は要らない。それを知っただけで、十分だよ。
「……だめだなあ。僕、こんなに涙もろかったっけ」
涙のせいで、目の前がはっきり見えない。ずっと我慢してたからなあ……。
父さんや母さんへの罪悪感……そしてなによりも、達哉への罪悪感……ずっと我慢してきた。もう……我慢しなくてもいいのかな……。
いいのなら、思い切り泣いてしまおう。
「……フィアラ」
「大丈夫です。もう」
フィアラの目は涙で潤んでいる。
しかし、その目はまっすぐだった。
「一気に刀を振る下ろすんだ。できるな?」
「大丈夫です。神崎さんがいますから」
まったくこいつは……。よく平気でそんなことが言える。照れるところを間違っているんじゃないか?
そう思っても、俺は笑っていた。フィアラも笑顔だ。俺は……この笑顔を守りたい。だから、『背徳の神天使』、フィアラの、みんなの幸せを奪うお前を消滅させる!
「覚悟しろ、『神天使』!」
ヴォオオオオオオオオオオ……ッ!
刀が光を帯び、どんどん長くなっていく。その光は、雨雲のなくなった夜の世界を、明るく照らしていた。これが……希望と言う兵器だ。
いや、もう一つあるな。それこそが、人の最終兵器だ。
「!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
大きな音と共に、青い光が辺りを包んだ。
「よくやってくれた。我々の勝利だ」
『背徳の神天使』は消滅した。刀を振り下ろした跡が、地面に残っている。
疲れ果てたのか、フィアラは眠っている。その様子を、レイトが見守っていた。
『神天使』の消滅を確認し、神達は自分達の世界へ戻った。これ以上、俺たち人間に関わるのは、人間の歴史を変えてしまう可能性があると思ったのだろう。
『神天使』が消えた後残ったのは、一冊の本……。その本を、ゼヴィルが拾い、俺に差し出した。
「見てみたまえ。これが光と闇、二つの融合した『黙示録』だ」
言われるままに、俺は『黙示録』を開いた。未来と過去の記される『黙示録』……。その二つが融合した真の『黙示録』は、ただ白い。白いページが、何枚も続いているだけだった。
「白紙……」
「そうだ。宿命の輪廻の鍵となった二つの『黙示録』……。その二つの書物は、それぞれ先に起こることと、前に起こった事を記していた。だが、元々の『黙示録』は白紙……。それは何故か。何のことはないのだ。真の『黙示録』が記すのは、『今』。今であるから、なにがあるのかを記す事はできない」
今……その内容を記す事は、不可能なのだ。不可能だから何も記されえる事はなく、ただ空白名だけのページが続く。
それは、『今』何が起こるのか……。その可能性は無限であるということを表していた。
「達哉、『神天使』は消滅した。だけど、まだ世界は安定していない。あのときに言ったよね?」
そうだ。まだ世界は不安定なままだ。この『黙示録』が、世界の安定することを妨げている。
不安定な世界を安定させる方法は、ただ一つ。レイディルを迎えに来た時、兄さんは前もって、その方法を教えてくれていた。
「さあ、これが本当の、君の最後の役目だよ。現世に『黙示録』は不要さ」
俺は刀を抜いた。縦向きにして、刃を『黙示録』に向ける。
「『現の黙示録』よ、安らかに眠れ!」
刀を突き刺すと、『黙示録』は煙のように消えていった。
少し、月日は流れる……。
『黙示録』は歴史の表舞台から消え、世界は安定。一般的な日常が、十年ぶりに帰ってきました。と言っても、私だけは、一年も経っていませんけど。
私と神崎さん、そしてレイトさんは、本来あるべき場所へ、戻ってきました。
「おら、早くしねえと遅れるぞ!」
「……レイト、もう少し静かにしろ」
外では、学生服を着たレイトさんが叫んでいます。
同じく学生服を着た神崎さんが家を出ます。私は、家中の鍵のかけ忘れがないかを確認してから、外に出ました。泥棒に入られたら大変ですから。
あれから、私と神崎さんは一緒に暮らしています。そのことをレイトさんに伝えると、彼はいつの間にか隣に引っ越してきて、同じ学校に通う日々を送っています。
「大丈夫だったか?」
「はい。鍵という鍵、全部閉めておきました」
そうか、と返事をして、神崎さんは歩き出しました。口数が少ないのは相変わらずです。
でも、私はとても充実した日々を過ごしています。神崎さんと同じ家で暮らし、同じ学校に通い、同じことを勉強する。それだけで、私の日々は満たされています。
「おい、フィアラ。あれから少しは進んだかよ?」
神崎さんと対照的に、登校中もよく話すレイトさんのほうも、相変わらず。
結局眼鏡は伊達眼鏡だったらしく、レイトさんは裸眼で日常を送っているそうです。伊達眼鏡は世界最高のファッションだ。本人談です。
「え、そんな……あ、レイトさん。一年生の靴箱は向こうですよ」
「……すげえ強引な振り方だな」
私たちが通っているのは、何の変哲もない高等学校。レイトさんだけは学年が違うので、一緒にいるのは校門までです。
「んじゃな。フィアラ、もっと積極的じゃねえとダメだぜ!」
そう大声で叫んで、レイトさんは走っていきました。一瞬で私達の視界から消えていきます。
もう……周りの人に聞かれたら恥ずかしいじゃないですか。そう思いながら神崎さんを見上げました。しかし、何の動揺も見せることなく、ただ堂々としていました。
「……フィアラ、授業の開始までまだ時間がある。裏庭へ行くぞ」
「あ……はい」
この学校の裏庭には、小さな霊園があります。そこに行って、レイディルと彼女のお姉さん。そして神崎さんのご両親のお墓参りをするのが、私達の日課です。
「……こうやって見てみると、『黙示録』のことを知っているのは、本当に一部だな」
問題の大きさは世界規模でしたけど、その問題に関わったのは、今言った方々を合わせても、私と神崎さん、レイトさん、ゼヴィルさん、神崎さんのお兄さん。計僅か九人です。
ほぼ全ての人は、『黙示録』のことを知ることなく、日常を送り続けています。
ちなみに、神崎さんのお兄さん、神崎祐さんにも一緒に暮らすことをお勧めしたんですけど……。
「僕にその資格はないよ。それに、君達の邪魔をしたくないしね」
そう言って、何処かへと行ってしまいました。今はどこで、何をしているのか……。
「……フィアラ」
「はい?」
神崎さんは空を見上げています。
「俺は一般になれていない。慣れるまで、迷惑をかけると思うが……」
「わかっています。大丈夫ですよ」
神崎さんは十年前に一般に世界から離れ、『黙示録』の舞台に立っていました。レイトさんの方は、私たちに会うまで学校に通って、人と関わっていたので問題ないのですけど、神崎さんはずっと、一般と言うものと無縁でした。だから、どうすれば一般をわたっていけるか、まだよくわからないそうです。
一度離れてしまったことにもう一度慣れるのは、とても大変な事です。その大変な神崎さんを支える事が、今の私の役目だと思っています。
「一緒に歩きましょう。『黙示録』から離れたこの世界を。この時を」
「……ああ、そうだな」
いつの間にか、私達の距離はなくなっていました。
『現の黙示録』、いかがだったでしょうか?
この小説完成までの間、リメイクを含め全てを作品数として計算すると、『現の黙示録』は十二作目と言うことになります。
十二作目でようやく初完成。「は?」と言う声が聞こえてきそうですが、皆さんの意見を参考にしたりして、ようやく完成に至りました。感謝しています。
その後、『汚れなき邪悪な心』、『終わりなき邪悪な心』、『アンチテーゼ』を書いていますので、そう作品数は誤差を含め十五、六作品ということになります。われながらよく書いたな……。
さて、『現の黙示録』は、簡単に言うと『影で起きている事』と言うのをテーマとしています。
私達がこうやって日常を生きている間に、どこかでは、彼らのように戦っている人がいるかもしれない……そういうことを忘れずにいてくれれば、今回の作品は大成功です。
作者自身が今作で印象に残っているのは、主人公神崎達哉もさることながら、レイト・アレクジールについてです。
彼の設定は、悲しいものが多かったです。レイゼ・ニアスや両親を殺してしまい、レイディル・ニアスまでも、自分の手で殺さなくてはなりませんでした。
『黙示録』の終結後、彼がどのように心の整理をしたのかは、それぞれ考えるところがあると思いますので、コメントは控えさせていただきます。
『神術の仮面児』神崎祐については、彼は自分の責任を感じて、弟である神崎達哉の許を離れた。と思っていただければいいと思います。
では具体的にどこに行ったのか……それは、それぞれの判断にお任せします。しかし、彼と神崎達哉がどこの出身かを考えていただければ、簡単なことだと思います。
それから、物語中の最後の最後に、「いつのまにか、私達の距離はなくなっていました」と書きました。
具体的にどうしたかを書いても良かったのですが、そうしてしまうと終わり方が微妙な感じになってしまうと思い、あえて抽象的な表現で終わらせました。
「なんだよそれ!」と思っている方、申し訳ありません。二人がどういう行動を取ったかは、読んだ方々それぞれで判断してください。といっても、それほど複雑な状況には発展しませんので、すぐに見当はつくかと思われます。
かと言って、行き過ぎた発想は、今まで書いてきた物語の雰囲気を完全に崩してしまいますので、そこまで考えが飛ばないよう、お願いいたします。
それにしても……「読者の判断にお任せします」と言う部分の多い小説でございます。こういう終わり方が嫌いである方、申し訳ありません。
読んだ方、叩きたいところは、直接私に伝えていただけるよう、お願いします。
著 者