終章 『黙示録』の終焉1
神崎祐が帰ってきた……!
兄さんはもう敵じゃない。戦わなくて……いい。
「さて、逆らったのはいいけれど、これからどうしようか」
兄さんが『神天使』を見上げる。
かなり困っているはずなのに、本人は微笑を絶やさない。やはり、変わっていないな……。
――我、世の統括者なり。統括者に逆らう者には、死を!――
『神天使』め……何となくそうではないかと言う気はしていたが、典型的な悪役だ。神の中にも、馬鹿なやつはいるのか。
「達哉、何か手は無いかい?」
「……『神天使』に聞かれるわけにはいかない。だから詳しく話すことはできないが、今はただ、持ちこたえてくれ。そうすれば……必ず!」
やつに聞かれれば、その手段が潰されてしまうかもしれない。そうなってしまっては、俺たちに勝ち目は無い。今は耐えるときだ。
反撃のをあげるのは、そのときが来てからだ。
「……信用していいんだね?」
「ああ。耐え切ることが出来れば、俺たちは勝てる!」
理由も話さず、ただ「耐えろ」としか言わない。こんなので、いったい誰が納得してくれるだろうか。
しかし、兄さんは頷いた。俺の言葉を信じてくれるのだ。その心に応えなくてはならない。急いでくれ……ゼヴィル!
――覚悟するがいい……愚かなる貧弱な生き物よ!――
魂の状態のまま、『神天使』が両手を近づける。
バチバチバチバチ……ッ!
濃い青色の光珠が発生し、周りでは電気が流れている。さすがに完全なだけはある。魂だけの状態でも神術を使えるとは……。
――サンドール・ブラスト!――
「達哉、僕の後ろへ!」
バババババババババババ……ッ!
放たれた雷系の神術を、兄さんが防御系の神術で防ぐ。しかし、兄さんの神術は、彼の中に『神天使』の魂がいたから、まともに扱えたのだ。
その『神天使』が自分の中にいない今、兄さんが神術を使える回数や時間は限られている。
「……さすがに……きついかなあ。格好つけなきゃよかった」
「兄さん、三つ数えたら、それぞれ別の方向へ逃げるぞ。一……二……」
ドオオオオオオオオオオオオ……ッ!
俺たちがどいたことで、雷の珠が地に落ちた。
地面に触れると同時に、珠は強い光を放ち、周辺に地震を起こした。
「あらら……当たると痛そうだね」
「のんきなことを言っている場合か。次がくるぞ!」
気がつくと、空中に岩が舞っている。巨大な岩が、俺たちめがけて、突撃してくる。が、岩が俺たちに当たることは無かった。
ピイイイインッ!
岩が真っ二つに斬られ、俺たちの横を通過していく。岩はそのまま、大きな音を立てて地面に落ちた。
「よう、楽しそうじゃねえか」
「レイト……」
岩を斬ったのはレイトだった。これには俺も驚いた。
ついさっきまで、レイトは鎌を地面にたたきつけ、戦いを放棄していたはずだ。それが、この短時間で立ち直ったというのか……。
「気の抜けた顔してんじゃねえよ。敵が目の前にいるだろ」
完全に立ち直っている。それどころか、戦う前よりもまっすぐな目をしている。
こけてもただで起き上がりはしない……か。
「……フィアラは?」
俺が問うと、レイトは鼻高々に笑った。
「心配御無用!ケルベロスどもは片付けたぜ。ってか、ほとんどの奴がフィアラのフィールドに触れて消えていきやがった。俺の守りなんて要らなかったんじゃねえか?」
さっきまでレイトがいた方向を見ると、不安そうな顔でフィアラがこっちを見ている。
見たところ外傷は無い。なんとも無いようだ。
「……レイト」
「あ?」
「感謝する」
「へっ、これが終わったら何かおごれよ」
それぐらいならいくらでもしてやる。何せフィアラを守ってくれたのだから。何をおごってやろうか……飛び切りうまいものでないとな。
――おのれ……我の邪魔をするならば、死あるのみ!――
「はん!てめえごときに殺されるほど、俺は落ちぶれちゃいねえよ!」
レイトは強気だが、実際そんな余裕は無い。レイト自身はさっきまでケルベロスやレイディルと戦っていた。その疲労が簡単に回復するはずが無い。兄さんは神術を使ったことで、かなり疲れている。まともに戦えるのは俺ぐらいだが、力の差は歴然だ。
悩んでいる間に、『神天使』は次の攻撃を構える。
――受けよ……神の怒りを!――
ブオッ、ブブオッ、ブオッ!
突然の事だった。空からいくつもの光が放たれ、その光が『神天使』を貫いた。
――ぬっ……!臆病者どもめ、今更現れるとは――
「待たせたな。達哉君」
「ゼ……ゼヴィル……?」
いつの間にか、俺の後ろにゼヴィルが立っていた。幻視かもしれないと思い、目をこすってもう一度見てみたが、そこには間違いなくゼヴィルがいた。
「急いだほうが良さそうだな。神達よ、背徳者はここだ!」
空に立ち込めていた雨雲が一気に消え、その空から異様なオーラを放つ何者かが、何人も降りてきた。ゼヴィルの発言のおかげで、それが何者であるのかはすぐにわかった。
そうか……彼らが……神か!
――『背徳の神天使』……魔道に迷い込みし、我らがかつての同胞よ。汝の罪、逃れる事叶わず。せめてもの情けとして、この場で消滅させてくれようぞ――
神達が『神天使』を中心に、円形に囲む。全員が片手を前に出し、何かを唱えた。
神達の手から電流のようなものが流れ、『神天使』の体を包んだ。
――ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!――
『神天使』の苦しむ声が聞こえた。悶え苦しんでいるようだ。
神達が上に昇ってゆく。
「これが君の言っていたこと?」
「……ああ」
これが、ゼヴィルへの頼みだ。見事に果たしてくれたな。
「神たちを呼びに行く?私がかね?」
ゼヴィルは意外そうな顔をしている。
「そうだ。『神天使』はその名の通り、神だ。俺の持つ『神威』の力では、奴を倒せない」
神威とは、神の威力という意味だ。
神と同等の威力はあるのかもしれない。しかし、同等の力では、同等の力を持つ者を倒すことは出来ない。何とかして、それを超える必要がある。
「その不足している力を、神たちに借りようというのかね?」
「ああ。神たちの力を借りれば、少なくとも、『神天使』を無防備にすることが出来るはずだ。一撃とはいかなくても、それなりのダメージは……」
与えられるはずだ。ありったけの魂を集めれば、行動不能にはなるはず。
底に何らかのダメージを与えれば、あいつを倒すこともかなうだろう。回りくどい方法だが、俺の陳腐な頭脳では、これが限度だ。
「ふむ……。その方法であれば、私は力を振るわずともよい……と言うわけだな?確かに君の言っていることは正しい。黙示録を終結させることもかなうだろう。任せたまえ」
その後すぐ、俺たちは戦いに挑んだ。
多少予定とは違うが、概ねよしだ。これならば。
「何をしているのかね、達哉君」
「ゼヴィル……?」
ゼヴィルは空を指差した。そこでは、神達が『神天使』を捕らえ、何かを待っている。
「まだ終わってはいない。さあ、決着をつけてくるのだ」
「決着?しかし、俺の力では……」
それなりのダメージが限度。と言いかけたのを、ゼヴィルにさえぎられた。
「君個人の力ではない。君と、もう一人の力で、奴を倒すのだ」
もう一人?いったい誰……。
問おうと思った瞬間、ある人物が場に到着した。
「神崎さん、お怪我はありませんか?」
……まあ、この人物だ。
俺やレイゼは一瞬で移動したが、俺たちが最初にいた場所と、今俺たちがいる場所は、かなり離れている。そのため、フィアラは息を切らしていた。
俺たちに目立った怪我がないことを確認したフィアラは、兄さんとは違う笑顔を見せた。
「あ、ゼヴィルさん。ありがとうございました」
深く頭を下げるフィアラ。何のことを言っているのか、それは言うまでもないだろう。
ゼヴィルに神たちを呼んできてもらう……。このことは、俺とフィアラ、二人で決めたことだ。だからフィアラはゼヴィルが何しにいっていたかを知っているし、神たちが現れたこの状況も理解している。
「何、私もかつては『真冥王』と呼ばれし者。これぐらいはせねばな」
神たちよりも強大な力を持ったゼヴィルなら、神たちを『黙示録』の舞台に引きずり出す事ができると思った。実際に力を振るわずとも、威嚇した程度で神達の説得は可能だっただろう。
そして今、思ったとおり神達は姿を現し、『神天使』の動きを封じてくれている。ゼヴィルなくしては、できないことだった。
「さあ、達哉君。『黙示録』の幕を下ろす時だ。君が『神天使』を『黙示録』の舞台から消滅させたまえ。神たちも、それを望んでいる」
神達は、俺が『背徳の神天使』を消滅させるのを待っているのか……?
自分たちでは『神天使』を殺せないということもあるかもしれないが、何よりも、宿命の輪廻を断ち切る責務は、宿命の輪廻に巻き込まれた者にある。と言う事だろう。
勝手に巻き込んでおきながら何を言っているのか。と言いたいところだが、彼らはもう人間界そのものとかかわりを断ち切った身だ。『黙示録』の核心である『神天使』に関わる事は、何としても避けたい。奴を倒す事を人に託した上で、彼らは神界に帰ったのだから。
「何やってんだ、さっさと行って来いよ。『邪砕靭』」
レイトがバシバシと俺の背中を叩く。
そうだ……。このまま『神天使』を放置するわけには行かない。あいつが世界に存在すれば、間違いなく人間に危害を及ぼす。消さなければ。
「『聖血の封冥者』と共に、神の力を振るいたまえ。そうすれば、神威はの力に変わる」
「え……わ、私ですかっ?」
フィアラが驚いて自分を指差す。
どうやら、皆わかっているようだ。そんなにわかりやすかったのか?決定的な行動を取った覚えはないのだが……。
「何不思議そうな顔してんだよ。お前、フィアラが撃たれた時に、完全にキレただろ?それでわかったんだよ。っつうか、隠してるつもりだったのか?」
皆に悟られるような行動は避けているつもりだったが、どうやら無意味だったようだ。今まで隠そうとしてきた俺が情けない。
フィアラはと言うと、思ったとおり顔を赤くしている。否定する気はない……というわけだ。
「ほら、フィアラも何照れてんだよ。どでかいケーキ入刀だ。しっかり決めて来いよ!」
今度はフィアラの背中をバシバシと叩く。
レイト、言っている事がおかしいような気が……。しかし、その言葉を真に受けて、フィアラはすっかり赤くなっている。まったく……気持ちを隠せない事も問題だな。
仕方ない。今更はぐらかしても無駄だ。
「……フィアラ」
「は、はい!」
何緊張してるんだ。最早決定的とかそういう次元じゃないな。
「……『黙示録』の最後だ。一緒に戦ってくれ」
「……はい!」
俺達は二人で刀を持った。何故二人なら神を消滅させる事ができるか……それは理解していた。恐らくフィアラも。
「さて、今一度巨大な扉を開けるとしよう」
ゼヴィルが空中と手の甲で軽く叩いた。それによって、空間にひびが入り、今まで見てきた中で飛び切りでかい冥界の扉が開いた。
冥界中の魂を全て集めろ……そういっているのだろう。
「……行くぞ、フィアラ」
「はい」
魂を集め始める。すると、一瞬でたくさんの魂が集まった。
巨大な冥界の扉から、一つ、また一つと、魂が刀へ集まってくる。
――達哉……――
「…………!」
二つの魂が俺の近くへ来て、声をかけてきた。
昔から一度も忘れた事はない。この声は母さんだ。そしてとなりにいるのは恐らく父さんだろう。
――私達も力を貸します。だから自信を持って!――
――大丈夫だ。ありきたりかもしれないが、お前ならできる――
俺への激励を済ますと、二人はゼヴィルの下へ移動した。
ゼヴィルの反対を押し切って人間界へ出てきた母さん。冥界の住人であることを知りつつも、母さんと結婚を決意した父さん。
時間はないが、いろいろと話したいことがあるはずだ。
――父さん……――
「何も言う必要はない。君達の想いはわかっているつもりだ」
ゼヴィルのほうも、未だに怒っていると言うわけではないらしい。当然だろう。
怒っているのなら、俺に対してな態度はとらないはずだ。悪態をついて、俺の存在など無視したはずだ。そういった理由から、俺は確信していた。
ゼヴィルはとっくに二人を許している……と。