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第八章 役目終えし者の願い1

 冥界を出た先では、既に数百ものケルベロスが集まり、その狂犬軍団の最後尾に、『仮面児』とレイディルが佇んでいた。

「よく来たね、達哉。葬られる準備はできたかな?」

「……フン、余裕ぶった顔をできるのも今のうちだ」

 相変わらず『仮面児』は微笑を浮かべている。その後ろでは、いつでも攻撃を開始できるよう、レイディルが片膝をついて、『仮面児』の指示を待っている。

 レイディルの目に迷いはない。狩る者の目で、こちらを睨んでいる。

「……レイディル……」

「…………」

 レイトが複雑そうな表情でレイディルに目を向ける。しかし、レイディルはその迷いなき眼で、俺たち全員を睨むだけだった。

 最早レイディルは一般人ではない。『神術の仮面児』を守る、れっきとした女戦士だ。

 一方レイトは、レイディルに彼女の姉、レイゼの姿を重ねている。そんな心情で、レイディルと戦えるのか……。心の整理はできたと言っていたが……。

「へっ、余計な心配は無用だぜ、『邪砕靭』」

 レイトが不敵に笑う。最初に会ったときと同じ、自信満々の目だ。唯一違うのは、伊達眼鏡をかけなくなったところ。それだけでイメージが以前と全く違うが、この笑みを見ていれば、こいつがあのときのレイトだということが確信できる。

「宿命に振り回されるのはこれで最後だ。これが終わったら、俺は俺の、自由な人生を生きる!足引っ張るんじゃねえぞ、『邪砕靭』」

 どうやら……本当に問題はないようだな。

 フィアラのほうは……迷いはない。こちらを睨んでいるレイディルを、その澄みきった目でにらみ返している。珍しく強気な目だ。

 二人ともやる気に申し分なし……後は、俺が割り切るだけだ。

「……ゼヴィル、さっき言ったとおりだ。頼むぞ!」

「うむ……。孫よりの頼み、しかと聞き入れたぞ」

 ゼヴィルが体の向きを変え、先ほど通ってきた扉へと戻っていく。

 当然、レイトは驚きを隠せない。

「お、おい!どこ行くんだよ。『邪砕靭』、どういうことだよ!」

 悪いな。今ここで話せば、『仮面児』に聞こえてしまう。それだけは避けなければならない。いや……聞かれて困るのは『仮面児』じゃない。むしろ、『背徳の神天使』……奴のほうだ。

 レイト、全てを話すのは、この戦いが終わってからだ。

「……達哉君、祖父としての願いを込めて言わせてもらう」

 俺達とゼヴィル……どちらかが失敗すれば、この戦いに勝ちはない。必ず、それぞれの役目を果たす。願わくは……皆が無事でいることを……。

「必ず、持ちこたえてくれ……!」

「……ああ。こんなところで消えるつもりはない!」

 俺の返事を聞いて安心したのか、ゼヴィルは冥界の扉へ入っていった。

「……なんかよくわからねえけど、何か考えがあるんだな?」

 俺は頷いた。レイトは俺を信用してくれたようだ。

 よっしゃああ!と気合を入れなおし、もう一度目線を俺に戻した。

「おら、行って来いよ!」

 突然『仮面児』のほうを指差したので、レイトが何を言いたいのか、しばらくわからなかった。レイトはあいつなりに、俺に気を遣ったのだ。

 身近な奴との決着は、身近な奴がつける……そのために。

「勝手な兄貴とタイマン張って、今までの鬱憤うっぷん晴らして来い!」

「……フィアラを……頼むぞ!」

 大丈夫だ。レイトなら必ず、ケルベロス達からフィアラを守ってくれる。いつの間にか、俺はレイトに絶対的な信頼を寄せていた。

 他人を信じないと決めたのはいつだっただろうか……そんなものは、何処かへ行ってしまった。

「……さあ、冥界の狂犬たちよ。『聖血の封冥者』を汝らの故郷へ送れ!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 『仮面児』の命令で、全てのケルベロスが雄叫びを上げた。

 来る。だが、俺はお前達の相手をするつもりはない。一気に突撃してくるケルベロス達を飛び越し、一気に『仮面児』のいる場所へと向かう。

 早く近づこうと、思い切り跳躍した直後、レイディルとすれ違う。レイトと決着をつける気か……。

「愛しの『封冥者』を守らなくてもいいのかしら?」

「心配は無用だ。誰よりも優れたボディーガードを雇っておいたからな」

 すれ違っている間の短い会話……。それぞれの道と共に、俺達の距離は離れていった。



 流石に数が多いな。けど、そのうちの殆どが雑魚だ。一発斬れば死んでいく。『仮面児』が集める奴らを間違えたのか、それとも……。

「大丈夫か、フィアラ!」

「大丈夫です!レイトさんは、戦いに集中してください!」

 俺がフィアラを守っている間にも、俺を無視して突っ切っていくケルベロスもいる。けど、『封冥者』の能力である障壁に触れたケルベロスは、解けるように姿を消していく。消滅しているのだ。

 一気に来られたら厳しいかもしれないけど、数匹ぐらいがフィアラのところに行っても、彼女がやられてしまう心配はない。

 意外に、俺たちよりも『聖血の封冥者』のほうが強かったりしてな。

 十数匹ぐらいを蹴散らしたときだった。ケルベロスの死体を踏むことなく、レイディルが無音で着地した。閉じていた目を開き、俺を睨む。

「甘ったるい考えは捨てられたかしら?言っておくけど、こっちはあなたを殺す気よ」

「だろうな。けど、こっちは違うぜ」

 宿命の輪廻に巻き込まれたお前を……絶対に死なせない。

 それが、俺の見つけ出した償いの方法だ。なあ……レイゼ、それで許してくれるか?ダメだったら、いくらでも償ってやるよ。お前のところに行った後でな!

「なめないでよ。そんな甘い考えじゃ、私には勝てないわ!」

 おお、怖い怖い。悪いけどな、いくらすごまれようが、俺は考えを曲げるつもりはないぜ。一度決めたことは絶対にやり通す。それが、俺の流儀なんだよ!

「そっちこそなめんな。フィアラを守りながらお前と戦うぐらい、造作もねえよ!」

 罪を償う!『邪砕靭』との約束を守る!

 やるべきことはたかが二つ。今まで迷いながらやってきた事に比べれば、このぐらい、本当に造作もねえ。レイゼ、もしお前ところに行けなかったら、俺は俺の日常を生きる。その時は……許してくれるよな……お前は優しいからって、勝手に納得させてもらうぜ。

「行くぜ。本気できやがれ、レイディル・ニアス!」



 特に何もしていない。目をって、俺を待っている。

 純白の翼を背に、『仮面児』は、ただその場に佇んでいた。

「………………」

「君らしくないね。てっきり、近くに来た瞬間斬りかかってくると思っていたけれど……」

 ゆっくりと、『仮面児』が目を開ける。

 あくまで穏やかだ。こいつだけ、まるで違う世界にいるかのように……時間軸がまるで違って感じられた。そこに佇む『仮面児』は、天の使いと呼ぶにふさわしかった。

 まったく……現実離れした兄を持ったものだ。俺自身も、人のことは言えないが。

「……僕を斬るのかい?」

「勘違いをするな。俺の敵は『神術の仮面児』ではない。『背徳の神天使』だ」

 嘘だな……。俺は『仮面児』を完全に敵視している。

 宿命だから……それだけではない。俺は昔から、全てにおいて完璧な神崎祐に嫉妬していた。

 一教えただけで十を理解する。正しく、天才と言う言葉の似合う少年……それが神崎祐だ。人当たりが良く、学問もでき、スポーツも完璧にこなす。同学年から、憧れの眼差しで見られていた。

 そんな神崎祐と、俺はいつも比較され、そのたびに親に呆れられていたものだ。と言っても、父さんと母さんは俺の今後に期待し、反骨心をあおっていただけなわけだが。

 当時、そんな事さえ理解できなかった俺は、神崎祐を恨み続けていた。今考えると情けない。

「けど、敵である『背徳の神天使』を復活させようとする僕は、君の敵……かな?」

 俺の心を読み、『仮面児』は微笑んだ。レイトとは別種の笑みだ。

「フン……理解が早いのは助かるが、その笑みはいただけない」

「それは残念。の含みもないつもりだったんだけど」

 微笑み続ける『仮面児』に対し、俺は奴を睨みながら刀を抜いていた。



「『神天使』……長き封印より目覚めるか」

「我々を裏切り、神界、人間界、冥界の全土にを走らせた背徳者。未だ野心を捨てずにいようとは」

「腐っても我らが同胞……わずかでも、誇りは保っている事を期待していたが……違ったようだな」

「神界が人間界を操作する時代は終わった。古き考えを捨てられぬ者には……死が待つのみ」

「それを、我々にせよ……そう申すか、『永劫の真冥王』よ」

 無限の白い空間……。その世界に住まう彼らは、私の招集に応じてくれた。

 しかし、ここからが問題だ。彼らの大半は頭が固い。そう簡単には、動いてくれぬだろう。とは言え、こちらにも約束がある。引き下がるわけにはいかん。

 多少、威嚇を含んで話したほうが良さそうだな。

「左様……。宿命を継ぎし者達のみでは、神たる『神天使』を打倒するに及ばず。背徳者と同等たる汝らの力が必要不可欠と判断する」

「汝の言う事、微塵の誤りもない。されど、我らは既に、人間界より縁を断ち切った身……。今になって彼らと関わるのは得策とは思えぬ」

 思ったとおりの意見だ。予想通り過ぎて、かえって面白みに欠ける。

 ともあれ、私の頼みを聞き入れるつもりはないようだ。仕方あるまい。こういう手は、あまり好きではないのだが……。

「かつては全知全能とまで呼ばれた者達の言葉とは思えぬ。腐ったのは、背徳者のみならず……か」

「我らをするか、『真冥王』。我らと汝はあくまで同格。過ぎた言葉は許さぬ」

 どれ……軽く脅してみるとしよう。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!

 私の力があれば、この無限世界を揺らす事など造作もない。この空間を消滅させることも同様だ。

「我と汝らが同格とは……汝らは余程の恩知らずと見える。今我が力振るおうものならば、汝ら全ての死のみならず、この世界の崩壊も免れぬぞ」

「愚弄の次は脅迫か。時の流れと共に腐ったのは汝のほうぞ」

「我は確かに老いた。腐りもした。されど、力のは無に等しい。さあ、選ばれよ。汝らと世界の死か……『黙示録』の完結か」

 彼らは黙り込んだ。彼らはそれぞれ、口を開かずして意志を伝え合う事ができる。

 私が彼らに劣る、唯一の能力だ。

「我らはかつて、人と共に戦いし身。同士たる人が救助を求むるなら、我らの力、貸して進ぜよう」

「よき決断、感謝いたす。さあ、背徳者に汝らの鉄槌を……!」

 達哉君、もう少しだ。持ちこたえてくれたまえ。



「頑張るじゃない?本当にケルベロスと戦いながら、私の銃弾を避け続けるなんて」

「けっ、なめるなって言ったろうが」

 強がっては見たものの、正直言ってきつい。

 ケルベロスが一気にフィアラに襲い掛からないように注意しながら、休むことなく繰り出されるレイディルの銃弾を避ける。最初の内は本当にきつかった。

 けど、だんだんケルベロスの数も減ってきて、フィアラにまわす集中力をレイディルにまわせる。かと言って、油断はできないけど。

「けど、このままじゃ負けるのはあなたよ。いつまでも避け続けていられないだろうし、フィアラのことも気にしていないといけないしね」

「眼鏡取った俺の力をなよ。総合の力が二倍なんだからな」

 嘘だ。勿論。それだけ楽にパワーアップ出来るなら、苦労しない。

 まあ、俺は冥界の扉が開いたことで力を手に入れたわけだから、実際楽にパワーアップしている。詐欺だと言われても仕方がない。

「それは凄いわね。是非ともその力を見せてほしいものだわ」

「バーカ。秘密の力をそう簡単に見せられるわけないだろ。もっと追い詰められてからじゃないとな」

 どこのヒーローだ、俺は。

 考えてみると懐かしいな。俺も昔は、そんなヒーローの番組を必死になってみてたっけ。劇にも行ったな。そのたびに叫びまくってた記憶がある。

 その度に母さんに殴られてたな……俺。

「秘密の力……ね。その力で、姉さんを殺したのかしら?」

「……ああ、そうだ」

 否定する気はなかった。何でって、事実だからだ。

 俺があいつの姉を殺した。その現実を俺は素直に受け止めているし、背負うべきものも背負っているつもりだ。だからこそ、迷わない。

 『邪砕靭』が俺に気を遣って館に戻った後、俺なりに色々考えたんだ。

 今更迷ってなんか……いられねえんだ。

「いつになったらかかって来るの?そうやってただ逃げられるだけっていうのも、結構腹立たしいのよ」

「ほほう、それは言い事を聞いた。もっとイラつけ」

 ふざけて言うように思われがちだけど、これが俺のやり方なんだ。

 適当にやっているフリをして、相手をイラつかせて、その隙を狙う。何にも考えていないように見えて、実は結構考えてるんだぜ。

「調子乗っていられるのも今のうち……よ!」

「…………!」

 レイディルが突然銃撃をやめ、俺に向かって走ってきた。

 わかってる。方向は俺だけど、レイディルの狙いはフィアラだ。通すわけには行かない。けど、あいつは殺さないって決めた……どうすればいい?

 迷っている間に、レイディルは俺の横を通り過ぎ、フィアラに銃を向けた。

 ガウンッ!

「きゃあっ!」

 フィアラが悲鳴をあげた。当たってしまったのかと心配したが、大丈夫だ。この間みたいに、髪をかすっただけだ。けど、そのせいでフィアラが『光の黙示録』を手放してしまった。

「あ……っ!」

 フィアラは急いで『黙示録』を拾おうとしたけど、若干レイディルのほうが早かった。

「残念だったわね、『命狩の執行人』さん。私達の勝ちよ」

 しまった……!悪い、『邪砕靭』!


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