第五章 『永劫の真冥王』1
最初の一撃を外したのは痛い。
あれで決めるつもりだったのに、よけられちまった。ここから先面倒だぞ。
遠距離兵器相手に近距離武器がまともに戦う為には、相手が狙いを定める前にこっちの射程内まで近づいて、一気に決着をつけるしかない。短期決戦ってやつだ。
相手の射程は広い。一度離れられたら、もう一回近づくのは至難の業だ。
まあ、銃なわけだから、いつかは弾切れを起こすだろうよ。けど、そんなすぐに弾が切れるほど、備えを怠るような奴には見えないし、そこまで弾を無駄遣いするほど、腕の悪い奴とも思えない。
ガウガウガウンッ!
さっきから弾を撃ちまくって、一見無駄に弾を消費しているように見える。けど、実際は俺たち、避けるので手一杯だ。いつまで避けていられるかもわからねえし、ましてや攻撃に移る余裕なんてどこにもない。おいおい……いきなり絶体絶命じゃねえか!
「あはははっ!どうしたの、古来より受け継がれてきた戦士の力はそんなもの?」
あいつ……笑いながら撃ちまくってやがる。どう見ても危ない奴じゃねえか。
刃物を持っている俺たちも十分危ないって言われそうだが、それとこれじゃ意味が違う。
それとも……自暴自棄にならねえと人を撃てないほど、根はまともな奴なのか……。
「レイディル・ニアス!俺やフィアラはお前と戦う事を望んでいない。一度退け!」
何甘いこと言ってんだ。
以前に何があったのかは知らねえが、あいつは敵なんだ。のんきな事言ってたら、こっちが殺されるぞ。
「はあ?馬鹿じゃないの?私はあなた達と戦う事を望んでいるのよ!」
ガウンッ、ガウガウンッ!
にしても、あいつは一体何者なんだ。『神天使』の意志でどうのこうの言ってたけど、『黙示録』には『神天使』に仕える人間なんて記されてないはずだ。
俺は最初、『光の黙示録』も『闇の黙示録』も持ってなかったから、何が何だか分からなかった。だから、俺は俺なりに、古代の事に関する情報をできるだけ集めたんだ。
数年間それに関する情報を集めていたら、『黙示録』に書かれている事の断片を見つけることができた。
そこに記されていた主な関係者は、『神威の邪砕靭』、『聖血の封冥者』、『命狩の執行人』、『神術の仮面児』。そして『背徳の神天使』だ。あの女のことなんてこれっぽっちも書かれてなかった。
まあ、少しずつ『黙示録』に書かれている内容からずれてきてるみたいだし、予定外の人間が絡んできても、別におかしくないわけだけど。
ガウンッ!
「ぐっ……!」
色々な事を考えているうちに、イレギュラー女の撃った一発が、『邪砕靭』の足に当たっちまった。
あの馬鹿が……あれじゃ良い的だ。
「あら、『神の威力』を持つ者も、攻撃できなければ無駄ってことね。私みたいな一般人にやられるなんて」
『邪砕靭』の奴……間違いなく迷ってやがる。
とは言っても、あいつに女の友達がいるとも思えねえし、そう簡単に他人を近づけるほど、社交的な奴でもないはずだ。直接的な原因があいつ自身でないとすると……。
「やめて、レイディル!」
フィアラの声が響いた。
『邪砕靭』の前に立って、両手を広げてる。馬鹿、お前が『邪砕靭』をかばってどうするんだ!
「どうして……?あなたはこんなことできる人じゃ……」
「事情はさっき説明したはずよ。勝手に人の人格を自分の価値観で固めないでくれる?」
ああ、確かにそうだよ。お前の言っている事は正しいよ。
フィアラ……何があったのかは知らねえけどさ、今は離れたほうが良いぜ。向こうはお前を殺す気なんだ。のろいお前じゃ、あいつの弾丸が直撃するぞ。
味方だと思っていた奴が突然敵になる……。状況は違っても、世の中じゃよくある事だ。
いくら仲良しでも、簡単なきっかけで、争わなきゃいけなくなる。俺はそういう状況になった奴を、何人も見てきたし、おれ自身もそういう目に遭ってきた。
体験者として言うけど、そう言うときのショックは尋常じゃない。
だから、フィアラの気持ちがわからないわけじゃない。けど、今はそんな事に迷ってる場合じゃないんだ。
俺がそれを味わったのは、高校受験の時だ。ダチと同じ学校を目指していたんだけど、その学校はかなり人気があって、よほど言い点を取らないと合格できないって、担任から言われた。
その時から、そのダチの態度が一変した。やたら嫌味を言ってくるんだ。
この時期になっても勉強しないなんて、余裕か?だの、あの学校はお前に行けるほど甘い場所じゃない。だの、俺を見かけたら、瞬間そんな事を言いやがる。
それに耐え切れなくなって、俺はそのダチだった奴を一発ぶん殴って、それから一切口を利かなくなった。
まあ、その程度の友情だったってことだ。
受験どうのこうので切れちまうほど、薄っぺらい友情だったんだ。
薄っぺらかったからかも知れねえけど、俺はそいつの事を割り切って、敵だと認識し直した。結局、あいつは不合格で、俺は見事に合格したわけだけど。
まあ……あれだ。敵になっちまったらなっちまったで、割り切れってことだ。
よし、後でフィアラにガツンと言ってやろう。絶対だ。
「……フィアラ、離れろ……」
「神崎さん……?まさか、戦う気なんですか?」
お、『邪砕靭』の目つきが変わったな。やっと戦闘モードに入りやがった。
思ったとおり、『邪砕靭』が迷っていた理由は、フィアラがあのイレギュラー女と戦いたくないと思っているからだ。けど、向こう側がフィアラに危害を加えようとしている以上、戦いたくないなんて意志にえるわけがない。あいつにとって一番大事なのは、フィアラの意思じゃなくて、フィアラ自身だからな。
「向こうがその気なら、やるしかないだろう。お前にここで死んでもらっては困る」
かすり傷だったのか、『邪砕靭』は打たれた部位をさして痛がる様子はなかった。
よし……戦闘に支障はなさそうだ。
「やめてください!あなた達が力を振るったりしたら、レイディルは……!」
「悪いな、フィアラ。今回は、相手が生きている保証はない」
『邪砕靭』がフィアラを押しのけた。
あいつ……怒ってるな。しかも、その怒ってる対象が一つじゃない。
まず一つは、イレギュラー女がフィアラに銃を向けた事。
『邪砕靭』は、フィアラとイレギュラー女がどういう関係なのか知っているはずだ。多分、そういうことを踏まえて考えると、あいつ的には許しがたいことなんだろうぜ。
もう一つは、自分に対して……だ。
フィアラとイレギュラー女の関係を知る『邪砕靭』としては、何とかして平和的に解決したいだろう。けど、どうにもならない。戦うしかない。何とかする力が自分にないことを、あいつ自身は腹立たしく思っているはずだ。
「生きている保証はないって……」
「さっきからうるさいわよ、『封冥者』」
ガウンッ!
イレギュラー女がトリガーを引き、フィアラに向かって弾丸を放った。弾はフィアラの髪をかすめ、そのまま一直線に飛んでいった。
フィアラが怪我をしかけた。そのせいで、『邪砕靭』の目が殺意に満ちてきやがった。
「『邪砕靭』さんはやる気なのよ?邪魔しないでほしいわね」
……ったく、あいつを見てると腹が立ってくる。
別に態度がでかいとか、そういうことじゃない。本来は望んでいない事を、まるで望んでいるかのように装っているのがまるわかりだ。わかってる人間から見れば、腹立たしい事この上ない。
「レイディル……」
「どうしたの、『封冥者』さん?まさかまだ、戦わずに何とかする気なの?残念だけど、それは無理よ。私もそっちの戦士さん達も、互いに殺しあう気になっているんだから」
ああ、もうっ、鬱陶しい!今すぐにでも本音吐かせてやる!
そう思って、走り出そうとした、そのときだった。
キュインッ!
何かがイレギュラー女の髪をかすめ、あいつの後ろにあった岩に当たった。さっきの状況と似ている。
「な……!」
イレギュラー女が驚愕した。
間違いない。今さっきはね返って来たのは、ついさっき、あの女がフィアラに向かって撃った弾だ。けどなんで、銃の弾が帰ってきたんだ?
その答が出たのは、ほんの少し後だ。
「あまり人の土地を荒さないでもらおうか、お嬢さん」
弾の帰ってきた方向から声がした。俺は振り返った。勿論。
その瞬間、俺は言葉を失っていた。
その男を見た瞬間、俺は恐怖で足が動かなくなっていた。
何だ、この男は……。五メートルぐらい離れているのに、男の圧倒的なオーラが伝わってくる。そのオーラは、男がどれほどの力を持つのかを、そのまま表している。
今この男は、「人の土地を」と言った。
と言う事は、この男が……?
「冥界と聞けば印象は悪いかもしれぬが、今この世界は、君達が思っている以上に平和でね。折角平穏の時が流れているのだ。それを壊す者を、黙って見過ごすわけにもいくまい?」
男は淡々と語っている。
その対象は、本人の視界にいるレイディルだけではない。俺たちにも、同様に語りかけている。これ以上続けるのなら、こちらにも考えがある……と。
しかし、男の回りくどい警告に気付かなかったのか、レイディルは男に銃を向ける。
「……ずいぶんと出てくるのが早いわね。『真冥王』さん」
言葉を訂正しよう。レイディルは警告を確かに受け取った。その証拠に、冷や汗が彼女の頬を伝っている。
しかし、レイディルは警告を無視した。相手の力を理解し、言いたいことも理解したうえで、その警告を無視したのだ。そこまでして、『仮面児』からの恩を返したいのか。
「『永劫の真冥王』……まさかその名の通り、今も冥王の座を守っているとは思わなかったわ」
「古き名だ。私はただの年寄り冥王、ゼヴィル・ヴァディルガ……ただ、それだけだ」
俺もレイトも、レイディルも、そしてフィアラさえも、その言葉は嘘だとわかった。
男の姿は、紳士と言うに相応しい。人間の年齢に例えれば、大体五十代前半と言ったところだ。見た目も老いてはいない。力も衰えていない。いや、衰えているのかもしれないが、少なくとも、俺が百人に増えて戦いを挑んでも、一蹴されるだろう。それほどの力が感じられた。
『永劫の真冥王』……。かつて、人と神の連合軍が、『神天使』の率いる、天使とケルベロスの軍団に敗れかけていた時、突如現れて人と神の連合軍を助け、勝利へ導いた存在が呼ばれた名。
つまり、この男は当時の『真冥王』本人であり、今までずっと、冥王であり続けていたのだ。
「だが、いくら老いたとは言え、冥王である以上は、この世界を管理する責任があるのだ。わかるな?」
『真冥王』は穏やかな口調で……けれども凄みのある声で、レイディルをしている。
つい最近まで一介の使用人だったレイディルにとって、それは恐怖以外の何者でもないだろう。
しかし、レイディルは銃を下ろそうとはしない。戦う気なのだ。
「ふむ……見上げた勇気だ。恩人に対する慈愛……それ故か?」
「……あなたには関係のないことよ」
そういうことか。
レイディルは単に、『仮面児』に恩を返したいわけじゃない。
人として、『仮面児』……神崎祐と言う人間を、慈しみ愛しているのだ。
トッ……。
一瞬だった。『真冥王』ゼヴィルが、一歩前に踏み出した瞬間、彼はレイディルの後ろにいた。
恐ろしい速さだ。レイディルに向かって真っ直ぐに動いたから、何とか目で捉えたものの、もしゼヴィルがもう少しややこしく動いていたら、見失っていただろう。
「すまないね。少し眠っていてくれたまえ」
ドッ……!
「……っ!」
ゼヴィルが当て身を入れ、レイディルは気を失った。
倒れるレイディルを、ゼイルが受け止める。
「レイディル!」
慌ててフィアラが駆け寄る。
「何、命に別状はない。すぐに目も覚める。君たち三人には、私を一緒に来ていただこう。ある程度見当はつくが、生きた人間が何故この世界に来ているのか、説明してもらわなくてはならないのでね」
レイディルを抱え、歩き出すゼヴィル。
特に説明を拒否する理由もない。俺達は、大人しく従うことにした。