line7.ブレザー派
「今日はありがとな。グレイス、やっぱりすげぇ面白いな !」
玄関で興奮を抑えながら靴を履く。俺はやっと一ステージのボスを倒して、セーブをしてきた所だった。
「でしょ ?僕なんか三日でクリアしちゃったんだから」
薄暗くなった玄関先で笑う。学ランでも着ていないと、男か女か区別もつきそうになかった。
「三日で ?俺も家にあったらそれくらいでクリアできそうだなぁ」
名残惜しそうに廊下奥の部屋を見つめる。俺の気持ちを悟ったのか、久瀬がぽんと背中を押した。
「また来ればいいよ。河村君ならいつでも歓迎するし。……あ、でも部屋を詮索するのだけは止めてよね」
「わかったよ。久瀬の部屋で下着を発見したのは、俺とお前だけの秘密だ。お前だけ損したから、今度俺の持っている凄い奴でも貸してやるよ」
「凄い奴 ?」
「いわゆる無修正って奴だ」
「うわっ、河村君のドスケベ !」
久瀬が笑いながら遠ざかった。
「ドスケベで結構 !遅くまでお邪魔して悪かったな」
俺は玄関脇にある置き時計を確認した。もう八時過ぎだ。
「ううん、本当にまた来てよ。引っ越してきたばかりだから、友達とゲームで白熱したのなんて久しぶり。今日は嬉しかった」
久瀬の笑顔に俺は照れくさくなりながらも、また遊びに来ると約束した。
「じゃあな、久瀬。また明日学校で」
「うん、河村君もまた明日ね」
「もう礼二でいいよ。みなそう呼んでるしな」
「……わかった。じゃあ僕の事も下の名前で読んでもらっていいかな ?」
久瀬が恥ずかしそうに告げる。下の名前 ?確か美紀夫だったよな。
「美紀夫……でいいのか ?」
「うん、ありがとう礼二君」
「ああ。じゃあな、美紀夫」
みきおみきお。俺は忘れないように連呼しながら自転車をまたいだ。変な奴。男に下の名前で呼ばれて嬉しいものなのか ?俺は首を傾げながら自宅へと急いだ。
この日を境に、俺は美紀夫の家に遊びに行くようになった。部活がない日や土日の部活帰りに寄り、一緒にゲームをする。ゲームをしている美紀夫はとても楽しそうだった。男兄弟のいない美紀夫にとって、俺はその代わりなのだろう。こうして気兼ねなく一緒に遊べる友人は必要に違いない。
少し心配していた文化祭も無事に終わり、その頃になると俺達は自然と一緒に登校する仲になった。
「礼二君、今日がテスト最終日だからって、気を抜いちゃ駄目だよ」
美紀夫が電車の中で英語の教科書を手に説教する。きっと今欠伸をしたから怒られたのだろう。
今日は中間テストの最終日。季節は十一月を迎え、みな夏服から冬服に衣替えを完了していた。我が校の生徒が車両を占領する中、俺はちらっと隣の女子のグループを覗いた。男子は学ランであまり見栄えがないが、女子は紺のブレザーと初々しい。俺はセーラー服より、ブレザー派だった。
「礼二君、聞いているの ?もうすぐ下りるよ」
「なあ美紀夫、お前ブレザー派 ?それともセーラー派 ?」
美紀夫がまたかと眉をひそめる。
「礼二君の頭の中って、いつもそんな事考えているの ?勿論僕はセーラー派だけど」
文句を垂れながらも、美紀夫はきちんと質問に答える。
「何だ美紀夫、お前ブレザーの良さが分からん男だな」
特に真冬のブレザーからはみ出る、黒や紺のセーターのラインに俺は非常に惹かれるのだった。袖から少し見えるセーターの裾も、また魅力的だ。
「わからなくても結構 !」美紀夫が先に電車から降りた。「もう置いてっちゃうよ」
「待てって、美紀夫」
美紀夫は背が低いので集団の群れの中に簡単に溶けこんでしまう。以前俺が見失った時も、美紀夫をかなり怒らせてしまったのだ。
「待っているよ。また見失って先に行かれても嫌だしね」
不貞腐れたように呟く。美紀夫は結構生意気で、嫌味ったらしい所がある。物事を引きずりやすいタイプらしく、顔に似合わず結構しつこい。ゲームでもその性格っぷりが露になっていた。
「あの時は悪かったって。それより今日の帰り、お前の家に行ってもいいか ?午前中でテストも終わるし、今日は部活もない。な、いいだろ ?」
美紀夫が困った顔をした。
「ごめん、今日はどうしても外せない用事があるんだ。だからまた今度でいいかな ?」
美紀夫の家を断られたのはこれが初めてだった。俺はがっくりと項垂れる。
「ちぇ、分かったよ。デートとか抜かすんじゃないだろうな ?」
「そんなんじゃないって。ただゲームを買いに行くだけだよ」
「なんだ、じゃあ仕方ないな」
美紀夫のゲーム魂には敵わないのであっさり引き下がる。俺は美紀夫の事が割りと好きだった。気が許せる相手というか、美紀夫が俺に合わせてくれるというか、とにかく一緒にいると楽しい。おまけに美紀夫の家でゲームも出来る。お菓子も食べられる。
「本当にごめんね、早く帰って来たらメールするから」
「いいって、いいって。そのかわり美紀夫がクリアしたら俺にもやらせろよ」
「うん、勿論やってもらうよ !」
こうして今朝も俺達はくだらない会話をしながら登校する。美紀夫の奴、何だかそわそわしていたが、きっとゲームをしたくてたまらないのだろう。そんなオーラが全身から滲み出ていた。可愛い奴だ。
弟……そう、弟だ。美紀夫とは弟の様な感覚なのだ。背も低いし、童顔と言ったら失礼だが、きっとそうに違いない。俺は美紀夫の楽しそうな背中を確認すると、あまり勉強してこなかったテストに挑んだ。