line6.ベッドの下の秘密
しばらく俺達はゲームをして楽しんだ。基本的に俺がプレイして、横から久瀬がアドバイスを出す。久瀬は既にこのゲームをクリアしていた。
「ここにあるゲーム、もしかして全部クリアしたのか?」
「まさか!」久瀬が自分で用意したお菓子とジュースをつまみながら言う。「自分が面白そうだと思ったゲームしかクリアしてないよ」
「だ……だよなぁ」
俺は再び視線をテレビに戻した。テレビの横には専用のスピーカーが備え付けてあり、ゲーム音がクリアに反響される。何だこの素晴らしいゲームプレイ環境は。ここまでのゲーム好きとはよっぽどだな。俺がもう一度隣の久瀬に目をやると、ちょうど席を立つ所だった。
「ちょっとトイレに行ってくるね。ついでにトイレは玄関の奥にあるから」
「わかった、大きい方か?」
「違う、小さい方!」
久瀬がむっとして部屋から出て行った。どうやら下ネタは嫌いらしい。俺は久瀬の態度に苦笑するとポーズボタンを押し、ゆっくりと立ち上がった。
「男の部屋と言ったらまず、エロ本探しだよな」
あんな真面目な久瀬でも男だ。エロ本やDVDの一つや二つ、隠し持っているはず。すまし顔の真面目な美少年、久瀬美紀夫の正体を暴いてやろうと、俺はまずベッドに近き下を覗いた。衣類の入っている箱をずらすと、奥から明らかに女物と思われる、ピンクの花柄小箱が現れた。
「何だ、あれ?」
引っ張り出すと紙製で靴箱程の大きさ。俺は興味本位でその箱を開けると、中にはブラジャーとパンティーが四組、柄ごとに収納されている。
「こ……これはっ!」
俺は中から白いレースのついたブラジャーを取り出す。真新しそうなブラジャーだった。ブラジャーの構造に興味はあっったが、実際手に取って調べた事はなかった。流石に母親のブラジャーを手に取る気にはなれない……なるほど、裏で詰襟みたいに引っ掛けていたのか。
「河村君っ!? 何しているの!」
試しに胸にあてがった所で久瀬が戻ってきた。赤面した顔で俺を睨んでいる。
「いやっ、違うんだ、俺はエロ本でも探そうかと……」
しっかりとブラジャーを掴んだまま弁解する。久瀬が慌てて箱ごとひったくった。
「酷いよ、河村君! 酷いよ……」
そして今にも泣きそうな顔を歪ませた。
「そんなに恥ずかしがるなよ、お前も男なんだから気にするな。誰だってブラジャーの構造を一度は知りたいと思うさ」
何という慰めの言葉。俺は慌てて次の言葉を繕う。
「ほら、今は雑誌の付録でも下着が付いてくる時代だろ? 久瀬がブラジャーやパンティーを持っていようがおかしくないじゃないか」
久瀬が真っ赤な顔をして俯く。俺はもう次の言葉が見つからず、手持ち無沙汰のようにブラジャーを振り回した。
「でも河村君……引くでしょ? 僕が女物の下着を持っているなんて」
「まさか、むしろ男として正常だろ。いつも真面目な姿しか見せないからさ、俺は久瀬のこんな一面を知れて嬉しいよ」
頭をわしゃわしゃと撫で付けてやると、物凄い勢いで払いのけられた。
「だからって、勝手に人の部屋を探索していい訳ないじゃないかっ!」返せと言わんばかりに俺からブラジャーを奪い取ると、二つに折り畳んで箱にしまう。「もう最悪っ……俺、明日から学校に行けないよ」
「何で?」
「何でって、河村君! この事皆に言いふらすつもりなんだろ? 違うの!?」
血相を抱えて怒鳴り散らす。一先ここは謝った方がいい。どう考えたってこれは100%俺が悪い。
「言いふらすわけないだろ。下着を隠し持っていたなんて、逆に尊敬したいくらいだぜ」名残惜しそうに箱を撫でた。「勝手に詮索したのは悪かった、悪かったよ。俺は久瀬がエロ本持っていたら、ついでにそいつも借りられたらなと思っただけだ」
「エロ本エロ本って、河村君、そういうのが好きなの?」
「好きに決まっているだろ? 健全な男子ならばな」
堂々と白状する俺に久瀬は呆れた。
「だったら自分で買えばいいじゃないか」
「買っても置いておく場所がないんだよ、弟と同部屋だし。友達から借りるのが手っ取り早いんだ」俺は久瀬の部屋を見渡した。「久瀬の部屋みたいに下着を隠すスペースすらないよ」
久瀬は俺の言葉に納得したのか、してないのか曖昧な表情で首を傾げる。ところで久瀬の持っているブラジャーは一体誰の物だろう。
「久瀬、そのブラジャー、何処から調達したんだよ」
経緯を思い返したのか、久瀬はまた顔を赤くした。
「そんなのどうだっていいだろ、言っておくけど、下着泥棒なんてしてないからな!」
この状況でまだ隠し事をするらしい。俺はにやりと笑いかけると、久瀬に飛びついた。
「この際正直に言っちゃえよ。おら、白状しろ!」
そう言って久瀬の首を腕で締め付ける。
「や、やめてっ……分かった、分かったから言うよ!」ギブギブと床を叩く。「引越しの時に、姉が捨てたのを拾ったんだ」
俺が手を放すと、久瀬がわざとらしく咳き込んだ。って事はあのブラジャーは久瀬のお姉さんの物だったのか。久瀬の綺麗な顔から姉の像を思い浮かべる。ちぇ、匂いでも嗅いでおけば良かった。
「なんだ、久瀬も結構変態なんだな」
「エロ本探した河村君に言われたくないけどね」
「何だと?」
「何だよ」
俺と久瀬はしばらく睨み合った。そして互いに吹出し、笑い出す。
「あはは、河村君っていつも友達の部屋でエロ本探しているんだ!」
「へへっ、まさか久瀬にそんな趣味があるなんて思いもしなかったぜ」
趣味という言葉が引っかかったのか、久瀬が慌てて確認する。
「まさか河村君、ベッドの下以外にも詮索したんじゃないだろうね?」
「あ、ああ。俺が調べたのはベッドの下だけだ。本当だ」
久瀬の表情が険しくなった。何だ? まだ知られたくない物が、この部屋に隠されているとでも言うのか。
「なら、もういいよ。悪いけどエロ本は諦めて。僕、全部パソコンで見ているから」
指された机の上には、大型のノートパソコンが置かれている。パソコンなんて代物を持ち合わせていない俺はがっくりした。
「何だよ、久瀬は使えねえなぁ」
「それは悪かったね。エロゲーも中々面白いのになぁ」
ぶつぶつ文句を言いながら、花柄の箱を奥にしまい入れる。俺はこの際久瀬に男同士の話でもしてみようと思った。
「なあ久瀬……お前キスした事、あるか?」
なんて事をいきなり聞くのだと、久瀬が耳まで真っ赤にして振り向いた。
「えっ、もしかして河村君はあるの?」
逆に聞き返されて俺は恥ずかしさで顔を赤くする。あるわけ無いだろ、まだ彼女すら出来た事ないのに。
「ねぇよ、無いから聞いたんだよ」
「僕だって無いよ。彼女すらいたことないし」
残念そうに項垂れる。何だ、男のポジショニングとしては久瀬と同類か。俺は仲間を見つけて安心した。
「そもそも久瀬は女に興味あるのか?」
久瀬の女顔をちゃかしたつもりだったが、逆に怒らせてしまったようだ。
「失礼な、僕だって好きな人くらい――――」
口に出してから、しまったと恥ずかしそうに目を伏せる。好きな人? 久瀬に? 俺は思わぬ情報に興味を抱いた。
「何だよ、久瀬。もう好きな人見つけていたのか?」俺は久瀬が逃げないように肩に腕を回した。「ほれ、この学級委員長に言ってみ?」
「学級委員長は関係ないでしょ!」
久瀬が首だけは締められまいと両手でカバーする。
「じゃあ掃除さぼった事、先生にチクるぞ」
「そんな脅しには乗らないね」
「生意気な奴っ!」
久瀬の手が首元にあるのをいいことに、俺は脇腹をくすぐってやる。弟と喧嘩した時も俺は相手の脇腹目がけてくすぐり攻撃をかますのだった。久瀬はそこが弱点だったかのように床に笑い転げる。
「あははっ、やめっ……やめてってば!」
ひーひーと涙を流しながら許しを乞う。どうだ、まいったかと俺は勝ち誇った笑みで手を放した。
「くすぐりは反則だよ、酷いなぁ」蹴飛ばしたクッションに座り直す。「そういう河村君はいないの? 好きな人」
好きな人? 俺は今まで出会った女子を思い返した。好きになった事が無いわけではない。現に俺の初恋は保育園の先生とかなりのマセガキだった。ただ、今は思い当たる人物が浮かばない。向こうから責め寄ってきたならば、よっぽどの不細工ではない限り承諾してしまうだろう。
「今はいないかな。大体俺が好きになった人は、もう彼氏がいたりするんだよなぁ」
昨年のクラスを思い出す。当時の俺はクラス一可愛いと囁かれた村田さんが好きだった。背が低い割にスレンダーで、セミロングのふわふわした髪がとても似合う女の子。何とか話したいと俺がやきもきしている内に、年上の大学生と付き合っているという噂を耳にした。そこで俺の熱は冷めた。村田さんはもう誰かの所有物だったのだ。
「河村君のタイプって、どんな子なの?」
今度は久瀬が興味津々に尋ねる。俺はそうだなぁと村田さんの事を告げると、いかにもつまらなさそうな顔をした。
「河村君って、結構メンクイなんだね」
「悪かったなメンクイで。でも顔も重要だろ?」
俺は久瀬の用意してくれたオレンジジュースを飲む。
「じゃあ及川さんはどうなの?」
「! ……げほっげほっ!」
オレンジジュースが変な所に入り、思わず涙目になる。吹き出さなくて良かった。
「何で及川が出てくるんだよっ! あいつはただの陸上部のマネージャーだろ」
「そうなの? てっきりそういう間柄だと思っていたけど」
「よせよ、及川はそういう目で見れねぇよ」
「ふーん」
久瀬が安堵したように頷く。何だ? こいつもしかして及川の事が好きなのか?
「お前、ひょっとして及川の事が好きなのか?」
あの気取りおかっぱ少女を思い浮かべる。今日は確かピンクだったな。
「……さぁ、それはどうかな?」
久瀬が意地悪く歯を剥き出して笑う。わからない、どちらとでも取れそうな反応だった。
「ちぇーっ、勿体振りやがって」
俺は再びコントローラーを握ると、ゲームを再開し始めた。しばらく隣の久瀬から視線を感じたが、やがて画面の方へ切り替えられた。