line5.ゲームコレクター
結局文化祭の出し物はタイルアートに決まった。展示なら文化祭当日に遊び放題だし、タイルなので個人の出来る範囲で完成させることが出来る。高校二年生ともなれば塾に通っている奴も多く、もし出し物が歌や踊りになれば勉強時間まで練習に回さなくてはならない。展示は無難な選択だったといえよう。
その日の掃除当番中、俺は先程から久瀬の姿を見かけない事に気付いた。校舎外の溝周りを掃除していたが、ゴミ捨てに行ったにしても遅すぎる。もしかして、今朝の一件で高橋や山本に絡まれてはいやしないか。ありえなくもない。
心配になった俺はスコップを放り出して久瀬を探した。一応肩書きのみではあるが、俺は学級委員長だ。万一の事があってはまずい。注意深く辺りを確認しながら校舎裏まで行くと、何と久瀬は涼むように木陰に腰をかけ、携帯をいじくっていた。
何だよあいつ、掃除サボっていただけかよ。俺は安堵しながらも怒りを露わにして近づいた。学校での携帯所持は認められているが、それを表立って使用してはならない。こんな姿を見られたら、即取り上げられること間違いなしだった。
「おい久瀬、何やってんだよ!」
サボっている久瀬に文句をいってやろうと声を荒げたが、俺の姿を見るなり久瀬は嬉しそうに顔を上げた。そして手招きする。
「河村君、見て見て!やっとこいつが手に入ったんだ」
久瀬がそう言って見せたのは、今流行りの携帯ゲーム『ルナイト・ハント』。クラスの男子達の間でも流行っており、授業中にこそこそと先生に隠れて遊んでいる奴もいる。そこに出るレアモンスターの画面だった。
「すげぇ! これ出現率そうとう低いんだろ? どうやって捕まえたんだよ」
思わず興奮して覗き込む。実は俺も流行りに乗って『ルナイト・ハント』で遊ぶ内の一人だった。自分でも何匹かレアモンスターを捕まえたが、久瀬のはその比じゃない。そうとうやり込まないと出現しないモンスターの類だった。
「こいつを捕まえるのに、三日はかかったよ。これで図鑑がコンプリート出来た」
「えっ! お前全種類捕まえたの?」
「いくつかは交換してもらったけど、大体は」嬉しそうにピースサインを出す。「こいつ、出現時間がかなり限られているから、どうしてもこの掃除時間中じゃなきゃ駄目だったんだ」
「何だよ、俺てっきりクラスの奴に絡まれたのかと心配したぜ」
久瀬は一瞬不思議そうな顔をしたが、やがて今朝の事かと行き着き、黙って俯く。
「あれくらい、平気だよ。河村君心配し過ぎだって」
「そ、そうか。悪い、思い出させて」
「ううん、でもありがとう」
照れくさそうにはにかむ。この時になって、俺は久瀬の趣味がゲームだったのを思い出した。
「お前、よっぽどゲーム好きなのな」
「うん、家に大体のハード機種は揃えてあるし、ソフトも色々あるよ」
「へぇ、だったらあの話題のゲームソフトもあるのか?」
「ああ、グレイスでしょ? 勿論あるよ」
グレイスとは、最近出た新作RPGソフトの中でも絶大な売れ行きで、今はどのゲーム屋に行っても完売状態の代物だった。
「マジで! いいなぁ、俺もハード機持っていたら絶対買ったのに!」
俺は悔しそうに拳を握った。家にある唯一のゲーム機は、もう十年ほど前の代物だ。持っているゲームは相当やりこんでしまったし、もうソフト自体が発売されていない機種だった。金に余裕のない家では当然ゲーム機を買ってもらえる訳も無く、今では携帯ゲームが、唯一のゲーム機だと言っても過言ではない。
「だったら家来る? 色々ソフトも揃っているし、やりたいのがあったら貸すよ」
「本当か? よっしゃあ!」
こうして俺は新作ゲームのやりたさに、部活をあっさり仮病でリタイヤしてしまった。及川や他の陸上部員を避けての下校に成功すると、俺達は同じM町の駅で降りた。M町の駅は快速列車も停まる広い駅で、無駄に長い階段を急いで下りる。
「久瀬、お前の家って駅から近いのか?」
駐輪場に来たものの、自分の自転車をとって来ない久瀬が「そうだよ」と行って笑った。
「目の前の大きい道路を曲がった所が、家だよ」
少しずつ涼しくなってきた夕暮れ時の中、俺と久瀬は自転車を挟んで一緒に歩く。自宅とは反対方面になるが、この程度なら帰宅になんの差し支えもない。毎日でも通えそうな距離だ。
「自転車はその辺にとめてもらって大丈夫だから。さ、上がって」
久瀬に案内されたのは、俺の家の二倍はありそうな立派な平屋だった。手入れの行き届いた庭もあり、久瀬はぼんぼんだったのかと驚かされる。
「お前ん家、すげーなぁ。何か手土産くらい持ってくるべきだったか?」
俺は慌ててタオルを取り出すと、顔や手に浮かんでいた汗を拭いて回った。そんなの要らないよ、と久瀬が静かにスリッパを置く。
正直スリッパなんて滅多に履かない俺は、戸惑いながらも久瀬の家に上がった。家からは、奥ゆかしい木の香りが立ち込めており、静かすぎるほど物音一つ聞こえない。
「元々お母さんがM町出身で、ここは母方のお爺ちゃんの家なんだ」久瀬がリビングらしき襖を覗く。「まだ二人とも帰ってきてないみたい。俺の部屋はこっち、一番奥なんだ」
久瀬が平然と先に廊下を歩く。廊下からは外の庭が一望でき、何故かボウリングも出来そうな長さではないか。俺は何だかとんでも無い家に来てしまったと後悔し始めていた。
予想通り久瀬の部屋自体も広く、ベッドに机、大きな本棚にはぎっしりと詰まった参考書と攻略本。極めつけは三十二型テレビとその壁一面に飾られたゲームソフトの数だった。軽く千本くらいあるのではないか。
「すっげぇ……俺の家じゃ考えられねぇよ」
床に荷物を置くと、俺は興奮を抑えきれずにゲームが収集されている棚に向かった。かなり古いファミコンのゲームから、最新のゲームまで。各々ジャンルごとに集約されている。
なんて奴だ。これは単にゲーム好きと言うか、コレクター魂まで入っているではないか。目についた赤のパッケージを取り出す。1989年に発売された、スーパーマリオシリーズの数量限定パッケージだった。俺は何だか恐ろしくなって、それを慎重に棚に戻した。
「元々お父さんが趣味で集めていたんだ。今ではすっかり僕が引き継いでいるけどね」
「へぇ、親父さんも、こっちに来ているのか?」
「ううん、お父さんは埼玉にいるよ。流石に仕事は簡単に辞められないからね」
お父さんは埼玉にいて、久瀬とお母さんは実家のこの家に来ている。……もしかして離婚か、別居か。どちらにせよ軽々しく他人が聞いていい問題ではない。俺が次の言葉を探していると、ゲーム機の配線を繋ぎ終えた久瀬が顔を上げた。
「何からやる? グレイスでいいかな?」
「あ……ああ、そうだな」
割とそっけない表情の久瀬に戸惑いながらも、俺はもう一度ゲームソフトが集約されている棚を見上げた。よくもまぁ、これだけ集められる金とスペースがあったものだ。俺は自分の部屋を思い返すだけでも、恥ずかしくてたまらなかった。
どこから出してきたのか、久瀬がテレビから一メートルほど離れた場所にクッションを置く。ここに座れと言いたげにクッションを叩いた。
「ごめん、何だか自慢みたいだよね……気分悪くさせちゃってごめんね」
本当に申し訳なさそうに久瀬が謝る。
「いやいや、自慢してもいいだろ、これは。俺もこんなに遊びつくせるかなぁ」
冗談で言ったつもりだが、久瀬から「毎日来てくれたら、卒業までにはやれるよ」と意気込まれた。いやいや、毎日遊びに来られる距離だが、実際来る訳にもいかないだろ。俺は曖昧に返事をして笑った。