line41.バレンタイン
次の日も美紀夫は学校に現れなかった。連絡もつかない。俺はどうしたものかとため息をついた。このまま一生学校に来ないつもりなのか。
登校拒否かよ、美紀夫の奴。それはそれで面倒な事になる。
『 件名:とにかく
本文:会って話がしたい。きちんと事情を説明してくれ、それから俺も怒る事にするから。今日の帰りにまた寄って行く 』
俺のメールを後ろで覗いていたのか、山本が「何だ、喧嘩でもしたのか?」と言った。
「勝手に人のメール見るなよ」
俺は気分を害されて席を立った。山本がまぁまぁと言ってなだめる。
「悪い悪い。なぁ、お前もう貰ったか?」
「何を」
「チョコだよチョコ! 今日はバレンタインだろうが」
そうか、今日はバレンタインか。山本に言われるまですっかりその存在を忘れていた。俺は土曜日に遠藤からと、その後雅美おばさんから貰った分もあるから今の所二つか。
「今日の分だけじゃないなら、二つだな」
「何だ、俺と一緒かよ」ガックリと項垂れる。「このままだったら高橋の独走かよー。あいつ、もう五つは貰っているんだぜ」
そう言えば個数を勝負していたな。俺はどうでもいい事かのように山本の呪縛を振りほどくと、廊下に出た。そこでも女子生徒が楽しそうにプレゼント交換をしている。
バレンタインがそんなに楽しいかよ。俺は周囲の浮かれ度合いにイライラしながらも、心のどこかでみおからのチョコレートを期待している自分が悲しかった。二人がいつ入れ変わったのか知らないが、水族館までみお本人だとしたら、貰えない訳でもない。どんなにその確立が低かろうと、俺はそうであって欲しいと心から願っていた。でなければ、男の美紀夫と指をつないでデートしていた事になる。
馬鹿馬鹿しい。美紀夫は俺の隣にいながら、さぞかし心の中で笑っていた事だろう。
この日も体調不良を理由に部活をさぼると、俺は荷物をまとめてさっさと教室を後にした。昇降口でピンクの可愛らしいピンをとめた及川に出くわす。及川は俺を見つけた途端、眉を釣り上げてこちらにやってきた。
「ちょっと礼二、あんた今日も部活さぼるつもり?」
俺がジャージを持っていないので、それで気付いたのだろう。相変わらず目敏い女だ。
「本当に体調が悪いんだ、そっとしておいてくれよ」
今は及川と張り合う元気もない。俺はさぞ具合が悪そうにゆっくり靴を履くと、そのまま外に出た。及川が「待ってよ」と俺の腕を掴む。
「ごめん、悪かったわ。誰だって具合の悪い時もあるよね」きょろきょろと周囲を見渡し、何か気にしている素振りをみせる。「あのさ、ちょっとだけ付き合ってくれない?」
「何で」
「お願い、すぐ済むから」
そう頼み込んできた及川の顔は、結構可愛らしい表情をしていた。俺はどうしたものかと頭を抱えた。この表情から何となく及川の用件を察することが出来る。ましてや今日はバレンタイン。ともなれば、用件は一つしかないじゃないか。
「悪い、及川。ちょっと急いでいるんだ。今日は勘弁してくれ」
早口で言ってのけたが、及川は手を放してくれない。
「今日じゃなきゃ意味がないの……ねぇ、ここまで言ったら、流石に鈍いあんたでもわかるでしょ?」
涙目の及川に胸が痛む。及川の事は嫌いじゃないが、今の俺にここで気を使える程の余裕はない。
「…………ごめん」
情けなく及川の視線から逃げる。
「もしかしてふられた女の所に行くの? それとも久瀬君?」鞄から袋を取り出すと、俺に勢い良く投げつけた。「最初っから分かっていたわよ、ばーっか! 義理くらい受け取りなさいよ!」
怒鳴り散らすと及川は走り去ってしまった。俺は投げつけられた紙袋を拾い上げる。透明な箇所からクッキーだと知れた。どう考えても義理ではないのは明白だったが、それでも及川に答えてやれる自信はなかった。
あいつ、みおの存在を知っていたのか。砂の付いた部分を払いのけると、何だか惨めで泣きそうになった。すまん、及川。俺は及川と反対方向に走り出した。