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line4.文化祭の出し物について

 久瀬が転校してきて一ヶ月が経とうとしていた。流石に一ヶ月も経てばクラスの皆も久瀬の存在に馴染み、久瀬もこの学校生活に慣れた頃だった。

 久瀬は真面目な生徒だった。宿題や教科書などを忘れる事はまずしなかったし、授業中当てられても、顔色一つ変えずに正解を述べる。物事に対しても順応らしく、男子にも女子にも卒なく話し、同じ真面目そうな友達と一緒にお弁当を食べる。普通の高校生活を楽しんでいるように思えた。


 真面目な久瀬に対し、どちらかと言うと不真面目な俺は、久瀬に近寄り難かった。それまで久瀬と話していない訳でもない。挨拶くらいはしたし、他愛もない日常会話もいくつかした。宿題で分からない所だって見せてもらった事もある。しかし、決定的に友達になったのは、文化祭の出し物について決めた後の事だった。




 G校では毎年十月末に文化祭が行われている。文化祭といっても費用や電機器具関係もあり、食べ物屋を出店出来るのは一番上の三年生のみと決まっていた。だから一年生と二年生はクラスで出し物を用意するのが相場となっている。

 この日は朝からクラス中が文化祭の出し物の話でもちきりだった。黒板に赤のチョークで太く『文化祭の出し物について』と書かれているからだ。あの字は担任の字だ。朝のホームルームが始まるまでに、ある程度考えとけって事かよ。俺は学級委員長の自分にいささか面倒さを覚えながらも、席に着いていくつか黒板に書かれた名目をチェックする。ダンスやら仮装大会やら作品展やら。黒板の隅には関係の無いうんこの落書きまでされていた。


「おい礼二、もう一度去年と同じ出し物をやろうぜ!」

「俺も礼二のダンス見てぇな」


 後ろから高橋と山本の二人がそう言って俺の背中を叩いた。彼らはクラスの中でも一番騒がしい連中と言っても過言ではない。中学から一緒の俺はもう見慣れているが、二人とも派手なシャツにだらしなく学ランを着こなし、ワックスで固めた頭はつんと上を向いている。山本に至ってはパンツが見えるほど腰パンをしていた。


「おいおい、またあんな格好して踊んのかよ」


 去年俺達のクラスでは、男子が全員女装してチアガールを演じたのだった。目立つというだけでセンターに抜擢された俺は、下手くそながらも一生懸命に舞い、パンチラまで披露させられたのを覚えている。まぁ、あれはあれで面白かったが。


「流石に去年と同じ出し物は出来ないだろ」

「チアガール以外なら大丈夫だって。今年はあいつもいるのにさぁ」

「あいつ?」


 そう言われて指名されたのは久瀬美紀夫。


「久瀬、顔可愛いしちっさいからきっと似合うぜ。てか男なのが勿体無いよな?」


 わはは、とつられて山本も笑う。


「せっかく女装にうってつけの男がいるんだ。な、礼二も久瀬の女装姿、見てみたいだろ?」


 確かに見てみたい。元々女顔の久瀬のことだ、その辺の女子より美人になるに違いなかった。俺は久瀬の後ろ姿を見つめながら想像力を働かせてみる…………結構タイプだ。


「そう言われると、確かに見てみたいが」

「ぜってぇ美人だって、なあ!」


 二人がくすくすと久瀬の背中を笑う。


「お前ら、そんな目で久瀬の事見ていたのかよ」

「ちげぇよ、俺ホモじゃねーし。ただ面白そうだろ? ついでに礼二のポニーテール姿も見せてくれよ」

「でも、あれは超絶似合ってなかったよな!」

「ぎゃははははっ!」


 二人は爆笑しながら、他の男子にも説得に向かった。俺だって好きであんな格好したんじゃねぇよ。不貞腐りながらも、もう一度久瀬の方を見た。久瀬は自分が話題に上がっているとも知らずに、呑気に本を読んでいる。あいつに女装なんてさせたら駄目だ。ただでさえからかわれやすい容姿なのに、女装なんてさせたらそれこそ高橋や山本の思うつぼじゃないか。どうせ写真でも撮って、からかい続けるに違いない。


 しかし俺の考えとは裏腹に、クラスの出し物は再び女装ものに決まりそうだった。


「河村、お前からも何とか言ってやれ。もっとましな出し物を思いつかんのか」


 担任も呆れてふんぞり返っている。仕方なく前に引っ張り出された俺は、面倒臭そうにチョークを手にとった。


「女装は去年もやった、だから他の出し物にしようぜ。女子はいいが、男子でもそういうのが嫌な奴だっている」

「何だよ礼二、それって自分が女装したくないだけだろ」

「そーだ、そーだ!」


 野次を飛ばしたのは勿論高橋と山本。このままチョークを投げつけてやろうか。俺は今しがた飛ばされた野次に応答した。


「ああ、俺はやりたくない。もうパンチラで笑われるのはごめんだ。それに一回うけたからといって、もう一度うけるとも限らない」


 助け舟を出すかのように、副学級委員長の遠藤薫が挙手をした。綺麗な黒いストレートヘアーを揺らしながら、静かに立ち上がる。


「私も他の出し物をやった方がいいと思う。女装ものは、きっと他のクラスと被って却下されるわ」


 そう述べるなり、また静かに席に着く。遠藤とは中学から一緒だが、あまり話したことはなかった。それでも俺が困っていると、静かに手を差し伸べてくれる。まぁ、自分が副学級委員長だからって理由だけかもしれないが。遠藤は真面目な女子で、容姿もそこそこ可愛いので普通に好きだった。


「遠藤の言うとおりだ、去年のマネをしてくる所だって出てくる。もう一度ちゃんと決めようぜ」

「ちぇーっ、せっかく久瀬の女装姿が見られると思ったのになぁ」


 くすくすと山本が笑い、それにつられて他の男子数名も笑った。全く、そんなくだらない事させるかよ。久瀬を見ると悲しそうに俯き、この状況に必死で堪えているようだった。俺はそんな久瀬に背を向けると、黒板にもう一度出し物案を書き始めた。

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