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line39.リベンジデート 後編

 俺達は館内を一通り回って、イルカショーも十分に堪能してから水族館を後にした。せっかくだから海も見ていきたいとみおが言ったので、俺達は駅を通り過ぎて海沿いの道を歩いた。夜の海からは冷たい風が容赦なく吹き付けてくる。


「風が強いですね、寒くないですか?」

「これくらいなら平気」


 帽子を強く押さえてみおが答える。水族館では隣に並んでいたので気付かなかったが、みおが左足を少し引きずっている。俺は慌てて自販機の側に作られた石のベンチに座らせた。


「ごめんなさい、少し靴擦れしちゃったみたいで」

「……我慢していたんですか?」


 もっと早く気付いてあげれば良かった。俺が悲しそうな顔をしていると、みおが笑った。


「そんなに気にしないで。少し歩き疲れちゃっただけだから」


 俺は「そうですか」と言ってみおの隣に座った。コンクリートの冷たさがお尻全体に広がる。寒いな。もう一度立ち上がると、自販機で温かい飲み物を買う事にした。俺はココアを、みおにはミルクティーを。二人で仲良くプルダブを開けて飲み出す。身体の芯から暖まるようで美味しい。


「寒いけど、外で飲むのもいいですね」

「うん」


 カイロ代わりに手を温めながら、ちびちびと飲む。波の音がすぐそばで聞こえるが、海の姿は見えない。夜に飲まれてしまったようだ。

 しばらく俺達はそこにあるであろう夜の海を見つめていた。遥か向こうの対岸先に明かりが見えるが、ここからでは何かわからない。あそこはもう三重県になるのだろうか。そんな事を考えていると、みおも同じような事を口にした。


「あっち側って、もしかして三重県かしら?」


 指はもうつないでいないが、気持ちがまだつながっているように思えた。俺は照れ臭くなって咳払いする。


「さ、さあ。でも結構名古屋の端の方まで来ましたね」


 時刻を確認する。まだ夜の七時前だった。みおともっと長い時間いるものだと感じていたが、実際はまだ三時間も経っていない。俺達の周りだけ時間がゆっくりと過ぎたようだ。


「門限……確かありましたよね?」


 みおは桜ヶ丘女学院の生徒ではない。だが、それを問い詰める事はしたくない。俺はみおが事情を話してくれるまで、待つつもりでいた。


「前と一緒で十時かな……あのね、美紀夫から聞いたんだけど、最近仲良くないみたいだね」


 みおが悲しそうに呟く。美紀夫がみおの嘘に加担していた事は知らないのか。別にそれだけが原因ではないが、引き金になったのは確かだ。


「喧嘩……まではいかないですけど、少しあいつとは距離を置こうと思って」

「どうして?」


 今にも泣き出しそうな顔で訴えてきたので驚いた。そうか。姉と言うのは、俺が考えていた以上に弟の事を心配する生き物だったのか。俺はみおをなだめるよう慎重に言葉を選んだ。


「す、すいません。別に美紀夫が嫌いだとか、そういう事じゃないんです…………ただ、美紀夫とみおさんを一緒に考えるようになってしまって、少し自分の気持ちを整理したかったんです」俺は真っ直ぐみおを見つめた。「でも、今日会って確信しました。俺は……その、みおさんが――――」


 好き。その一言が口に出来たらどんなに素晴らしいか。みおが複雑な表情を見せたので、俺は躊躇って口を塞いだ。危ない。また自分の感情を相手にぶつけてしまう所だった。


「……そろそろ駅に戻ろっか。風邪引くといけないしね」


 ぱんぱんとみおが立ち上がってスカートの汚れを払う。俺も空き缶を捨てに立ち上がった。


「もう歩いて大丈夫ですか?」

「うん、少し休憩したから何とか。心配してくれてありがとう」


 みおが恥ずかしそうに俯く。この空き缶がなければ、みおが男性恐怖症でもなければここで思いっきり抱きしめていただろう。込み上げる気持ちを堪えようと踏ん張る。好きな人に触れられないのは悲しかったが、こればかりはしかたがない。慣れるものかどうかわからないが、徐々に段階を積み重ねていくしかないだろう。

 両想いってことは、みおは俺の彼女ってことで間違いないんだよな。しかし、俺のどこをみおは好きになってくれたのだろう。顔もかっこよくなければ、勉強もできる訳ではない。ただ背が高いだけで何の取り柄もない男。自分で蔑むのもなんだが、傍から見たら俺はみおに相応しい男では決してないだろう。


「あの……一つ聞いてもいいですか?」


 先に歩きだしていたみおが振り返る。


「はい」

「お、俺のどこが好きに――――こ、答えたくなければ別に、その……」


 上手く言葉にならず、頭を掻いて誤魔化す。それでもみおはわかったように頷いてくれた。


「メ、メールで書いた通り……よ。会った時から惹かれて……」胸を締め付けるように祈る。「わ、私も何で好きなのか……知りたい」


 向き合ったのはいいが、互いに顔も見られず俯く。俺はどうしてみおが好きなのだろう。顔? 確かに第一印象は顔かもしれないが、今ではそうでないと気付く。言葉にするのは難しいが、みおは一緒にいたい、守りたいと初めて思える相手ではないだろうか。仕草や素振りの全てが可愛く、愛おしい。


「その……上手く言えないですけど、守ってあげたいと言うか、側にいたい……」

「…………」

「…………」


 俺、何かまずい事言ったか? みおが考え込んだように動かなくなった。張り詰めたように地面を見つめている。この状況はあの時と同じではないか。俺は慌ててみおに声をかけた。


「す、すいません、変なこと聞いてしまって。もう駅に向かいましょう」俺はみおにピースサインを差し出してみた。「い、いいですか?」


 こくん、とみおが頷き指先を掴む。お互い随分と冷たくなっていたが、そんな事はどうでもよかった。ただ嬉しかった。




 地下鉄に乗り、駅前へと向かう。この時間帯は混むらしく、俺はみおを他の男性から庇うように支えた。名古屋駅に着き、取り敢えず俺達は人並みにそって改札を出る。みおがトイレに行きたいと申し出たので、途中女子トイレに寄っていく。俺もついでに用をすませておいた。


「ご飯、何か食べたい物あります?」

「うーん……」


 俺達は一先レストラン街へ向かおうと、人の行き交いが激しい中央通路に出た。中央通路は各路線の改札口が集中しているのでどうしても混み合う。

 俺はみおとはぐれないようにしっかりと指先に力を入れた。みおも強く握り返す。流石に指二本で女性を引き連れるのはしんどいな。俺が振り返ってみおを確認しようとした時、何かにつまずいたのか、みおが大きくバランスを崩した。


「わっ!」


 その瞬間、みおから低い男の声が発せられた。みおが慌てて口を塞ぐ。俺達は互いに目を見開いて立ち止まった。今の声、間違いなく聞いたことがある。


「…………美紀夫?」


 俺がそう口走ったや否や、みおが逆方向に走り出した。


「おい、お前美紀夫だろ!」


 思わず声を張り上げる。周りの人達が何事かと背の高い俺の方を見てきたが、構わず俺も走り出した。みおは人の隙間を掻い潜って全力逃走する。俺も負けじと追いかける。あの走り姿、間違いなく美紀夫だ。美紀夫がみおの格好をしている。どういう事だよ!


「走りで俺に勝てると思うな!」


 更に声を荒らげて美紀夫に呼びかける。ここで逃がしてたまるか。俺は美紀夫の白い帽子を目印に走った。もうすぐ駅から出る一歩手前で何とか美紀夫に追いつくと、奴の腕を引っ捕まえた。


「おい、そんな足で逃げるな! みおはどうした! みおは!」

「痛い! 痛い! 放してよっ!」


 美紀夫も激しく抵抗する。何事かと人々が好奇の目で俺達を見ていた。


「何でみおの格好しているんだ! 答えろ!」

「嫌っ! 誰か助けて! 誰か――――っ!」


 美紀夫が引き裂かれるような声で叫ぶ。その声に巡回していた警備員がこちらに向かって走り出した。あまりの叫び声に一瞬ひるむと、その隙に美紀夫が俺を突き飛ばして走り出す。


「おい! 待てよっ!」


 もう一度追いかけようとしたが、駆けつけた警備員に取り押さえられてしまった。


「放せっ! ここで逃がしてたまるか!」


 みおじゃなかった。俺がみおだと思っていた人物は、美紀夫だった。


「君、落ち着きなさい! これ以上暴れるなら連行だよ」

「嫌だ! 放せ、放せよっ!」


 俺は涙を流しながら、夜の闇に消えてしまったみおを探した。嘘だ、何かの間違いだ。何とか言ってくれよ、みおっ……!


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