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line38.リベンジデート 前編

 運命の二月十二日の日曜日。本当は昼からバイトを入れていたのだが、わざわざ雅美おばさんに頼んでシフトを代わってもらった。雅美おばさんにはお年玉を貰った件もあるし、近々お礼しなければならないな。


 俺は朝早く布団から脱出すると、気合を入れに風呂場で熱いシャワーを浴びた。髪も慎重に乾かして整え、今日着て行く服なんか一時間以上かけて選び抜いた。上は紺色の革ジャンにチェックの入ったカッターシャツ。下は普通にジーンズとベルトを巻き、最後に黒のネクタイで全体を引き締める。

 さ……流石に気合を入れ過ぎたか? 今度はちゃんと承諾を得て借りた、考二のショルダーバッグを背負い、何度も鏡の前で確認する。


「あれ? ……礼兄ちゃん、今日バイトは?」


 二段ベッドの下で寝ていた考二が、眠そうに頭だけ布団から出す。俺は恥ずかしさで顔を赤らめながらも「今日は代わってもらったんだ」と告げた。


「もしかして礼兄ちゃん、遂にデートなの?」

「……そうだよ、何か文句あっか」


 弟の考二は細目でにやにやしながら、俺の格好を上から下まで見渡す。


「へぇ、中々いいじゃん。随分気合入っているんだね」

「お前はいちいち一言多い奴だなぁ」


 もう一度自分の姿を確認する。前回のデートの時よりも、今日の俺は気合が入っていた。みおに会って今までの疑問を解消し、自分の気持ちを見つめ直す。もうあの時みたいに自分の気持ちを相手に押し付けたりなんかしない。まずは相手を理解することから始める。それが恋愛の基本なのだと、優二兄が教えてくれた。ましてやみおは男性恐怖症。より慎重に接してあげなくてはならないだろう。


 お昼を食べ、自転車で駅まで向かい特急電車に乗り込む。少しでも落ち着きを保とうと、極力外の景色を眺めていた。海が見える。みおが水族館を希望したのは、海が好きだからかもしれない。

 携帯を開き、みおからの返信メールを読む。彼女の正直な気持ち。一目見た時から俺の事が好きだったという事実。この事実が本当なら、俺達は晴れて両想いって事になる。今更どんな顔をして会えばいいのだろう。俺がみおに告白してから、もう二ヶ月近くが経過していた。






 地下鉄を乗り継ぎ、待ち合わせの水族館前の改札をくぐると一気に緊張が走った。海近くなだけあって風も強く、寒いのに手汗が止まらない。心なしか足元もおぼつかなかった。


 俺の格好、変じゃないよな? 駅のトイレで用をたし、鏡で自分の姿を最終確認してから水族館へと向かう。待ち合わせ時刻の十五分前。入口の隅で白いもこもこ帽子を被った女性が小さく立っていた。みおだ。みおも俺の存在に気が付いたらしく、恥ずかしそうに顔をあげた。相変わらず可愛い。たった二ヶ月そこらで、みおの可愛らしさが損なう訳がなかった。


「お、お久しぶりです……待ちましたか?」

「ううん、私も少し前に来た所です」


 モスグリーンのモッズコートを羽織り、そこからキャラメル色のスカートが顔を覗かせている。前と同じ小さなリュックを背負い、足元は黒のロングブーツで完全防御されていた。


「…………」

「…………」

「……な、中に入りましょうか?」

「はい」


 ぎこちない二人は入場券を各々買い、水族館内に入った。冬場の閉館二時間前だったが、結構家族連れやカップルが多い。今日は日曜日だったな。俺はみおのもこもこ帽子を何度か確認しながら奥に進み、パンフレットを広げて立ち止まった。


「どこから見ます? 観たい所とかありますか?」


 みおもパンフレットを凝視し、迷ったように「全部」と答えた。俺は笑って頷くと、近くにある『海の生き物ゾーン』から見ていく事にした。目の前には大きな水槽が壁一面に広がり、天井の一部もガラス張りで施されていて、まるで部屋全体が青々とした海中の様だ。海の生物達が巨大な水槽の中で自由気ままに泳ぎ回っている。異国の世界にでも来てしまったような錯覚だ。みおもこの光景に感動したらしく、しばらく部屋の中央で佇んでいた。


「凄い……」


 もっと近くで魚達を見ようと、みおが水槽前に近づく。水槽前では小さい子供や、カメラを構えた客が始終絶えなかった。俺達は何とかその隙間をかいくぐって、色々な生物を見て回った。色鮮やかな魚や地味に群れをなす魚、優雅に泳いでパフォーマンスを見せてくれる奴もいれば、砂の上でじっとして動かない生物もいた。俺の知らない所で、知らない生物が生活している。そう考えると生命って奴は、実に神秘的な存在だと気付かされる。


「何か、わくわくするな」


 俺の独り言を聞いていたのか、みおが同感して頷く。一階のフロアを一回りした後、俺達は廊下に設置されていたソファに腰を下ろした。


「結構見て回りましたね」

「うん、こんなに間近で見られるとは思わなかった」


 まだ興奮しているのか、パンフレットの写真に顔を綻ばせている。俺はその横顔を眺めた。一緒に、側にいられるだけで嬉しい。昨日まで彼女に疑問を抱いていたのが嘘のようだ。


「疲れていませんか?」

「……ありがとう、私は大丈夫」


 恥ずかしそうに帽子を深く被り直す。目の前ではカップルが、手をつないで楽しそうに水槽の中を覗いていた。

 羨ましい。俺もせっかくみおの隣で歩くのなら、手をつなぎたい。みおの側へ少しだけ近づいて座り直すと、勇気を振り絞った。


「あの……か、確認したいんですけど」

「はい」

「俺達は、その、両想いって事で……いいんですよね?」


 メールが返ってきた時から、ずっと気になっていた事だった。みおが恥ずかしそうに小さく頷く。

 本当なのか! 俺は心の中で大きくガッツポーズをとった。


「そ……それで、少し思ったんですけど」

「は、はい」

「今日は……その、手をつないでみませんか?」恥ずかしさに思わず顔を逸らす。「えっと、その、男性に触れるのが全く駄目なら、無理しなくていいですけど……」


 困ったようにみおが俯く。やっぱりまだ難しいか。俺は諦めて正面のカップルを目で追った。


「待って……に、二本だけなら」


 そう言ってみおが顔の前でピースサインを作る。


「二本?」

「うん……」


 みおに言われて自分もピースサインを作る。伸びた指先を、みおが優しく右手で握りしめた。その瞬間、彼女の表面上の冷たさと自分の体温が交じり合い、鼓動が一気に早くなる。


「…………」

「…………」


 お互い数秒間見つめ合った後、みおが気付いたようにぱっと手を放した。


「ご、ごめんなさい……やっぱり変よね、こんなの」

「い、いや、悪くないと思うよ」


 俺は立ち上がると、みおに見えぬようこっそりジーパンで手汗を拭いた。焦った。今日のみおは少し積極的じゃないか? みおも立ち上がり、俺達は二階へ行こうとエスカレーターへ向かう。エスカレーターで上がる途中、俺は後ろへ向けてピースサインを出してみた。するとみおが黙ってそれに掴まる。嬉しかった。彼女の手は冷たかったが、気持ちが通じあえた事に俺は喜びを感じた。互いの顔は見えないが、きっと俺もみおも頬を赤らめているだろう。


 二階へ着いても、俺達はそのまま指をつないだ状態で館内を見て回った。試しに俺が指を動かすと、みおも強く握り返してくる。たまらなかった。指先だけのつながりでも俺は幸せだった。

 好きだ。やっぱり俺はみおが好きなんだ。そう自分に確信が持てた。こんなに幸せでいいのだろうか。恥ずかしさで水槽の中の魚ばかり目で追い、みおの顔は殆ど直視できなかった。その代わりに何度も指を動かすと、すかさずみおも握り返してくれる。やばい、可愛い。可愛すぎる。一種の純愛ドラマのワンシーンかの様だ。


 みおに会ったら、あの時走り去った理由をきちんと受け止めようと思っていた。が、この状態こそ答えではないだろうか。俺はみおが好き。みおも、俺の事が好き。両想いが、気持ちが通じ合う事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。相手の体温を感じる幸せ。感動で涙が出そうだった。もう死んでも悔いはない。そこまでの価値が、ここにはあると思った。

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