line33.美紀夫との距離
翌日。俺は昨日の出来事を引きずったまま、美紀夫と待ち合わせの電車に乗った。みおとの連絡手段がメールのみになってしまうとは。予想外の出来事だったが、昨日美紀夫に相談しなくて良かった。こうなったら弟の美紀夫から直接聞き出すしかないか。俺は腹をくくると、軽く咳払いをした。
「あのさ、ちょっと聞いてもいいか? 」
「何? 」
寒そうに手を擦り合わせながら美紀夫が顔をあげた。
「みおさんって、何処の学校に通っているんだっけ? 」
もしかしたら俺の聞き間違いもあったかもしれない。向かい合って食事をしたあの時はお互いに緊張していたし、何しろ一ヶ月近く前の記憶だ。俺は確認の意を込めて尋ねたつもりだった。
「えっと……ほら、あの有名な女子校だよ」
美紀夫の目が言葉を探している。その様子にわざとらしく間を置いてから手助けした。
「ひょっとして……桜ヶ丘女学院か? 」
「そうそう、そこだよ」
そっけなく返事をした美紀夫に心が痛んだ。吊り革を握る手が汗ばんでいく。美紀夫も嘘を付いている。二人でぐるになって俺を騙そうとしているのか。しれっとした態度の美紀夫にもう一度問いかけた。
「本当に、そこに通っているのか? 」
「…………」
この距離で聞こえていない訳がない。答えたくないのだ。俺は美紀夫にも、みおにも腹が立った。二人とも俺を会わせる気はないのだ。美紀夫は協力すると言ってくれたではないか。それすらも口からのでまかせだったのか。
「お前ら、嘘付いているだろ」
美紀夫の顔が一瞬にして強ばった。その瞬間を俺は見逃さなかった。
「昨日桜ヶ丘女学院に問い合わせてみたんだ。そしたら、そんな名前の生徒はいないってよ。嘘付いてまで、俺に会わせたくないのかよ……美紀夫、はっきり言えよ! 」
そのまま頭を押さえ付けてやる。美紀夫は抵抗しようともせず、ただ黙って俯いているだけだった。傍から見たら、俺は単なるいじめっ子じゃねぇか。美紀夫が何も言わないので、そのまま頭を突き飛ばしてやった。軽い美紀夫がよろけてドアにぶつかる。
「ごめん……礼二君、ごめん……」
今にも泣きそうな顔で呟く。いっそ殴ってやりたい気分だった。何でみおも、美紀夫も嘘を付くんだ。これ以上俺に関わらせないつもりなのか。そんなにみおも関わりたくないのかよ。怒りのやり場が見つからない俺は、大きなため息をついた。
「みおさんに何か言われたのか? 」
「…………」
美紀夫は何も答えない。
「協力してくれるんじゃなかったのかよ」
「…………」
これでは話にならない。俺は美紀夫から三十センチ以上離れると、こう言った。
「しばらく距離を置かせてくれ。お前の側にいる限り、みおさんを忘れられそうにない」
最寄り駅に停車すると、美紀夫を置いて先に降車した。礼二兄の助言でもう一度みおに会いたかったのだが、美紀夫が協力してくれない限り無理だろう。ひたすら返事の来ないメールを送り続けろと言うのか。
男嫌いも含めて好きになろうと思ったが、会えなければ話にもならない。正体の掴めないみおに振り回されるのはもう沢山だ。同じ顔の美紀夫に動揺するのは、もっと御免だった。少し離れよう。みおからも、美紀夫からも。
「待って、礼二君待ってよ! 」
美紀夫の声が聞こえたが、俺は気付いていないふりをして足を早める。不貞腐れたように美紀夫と、みおの影から逃れるように学校へ向かった。