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line32.及川の覚悟とみおの嘘

 礼二の確認したこと。それは双子の姉、みおと美紀夫の違いではないだろうか。

 及川は睨みを効かせた目で、礼二と久瀬の両方の練習風景を見ていた。やはり彼は、時折久瀬の姿を目で追っている。ふられた女にまだ未練でもあるのかしら。何てわかりやすい男なのだろう。一方で久瀬は素知らぬ顔でダッシュの練習をしている。その表情は男らしくもあり、また幼い少女のようでもあった。

 憎たらしい男。礼二も何であんな奴と仲がいいのかしら。このところ、二人を見比べるのが日課となっていた。


「でさ、あんた告白したの? 」


 新年度に入り、授業が始まってすぐの昼休み早々、亜希が菓子パンを片手に嬉しそうに話す。


「してないわよ」

「何だ、てっきりあの帰りにでも告ったのかと思ったよ」残念そうに紙パックのジュースをすする。「意外と上手くいきそうな気がするのになぁ」


 この状況を楽観視している亜希に思わず苛立つ。


「どこが? 亜希にも説明したでしょ、久瀬君には双子の姉がいて、礼二はその姉に告ってふられたけど、未練がましく久瀬君の姿を追っているんだってば」


 これが冬休みの間で及川なりに分かった事だった。亜希がうーんと眉をひそめる。


「そんなの気にしていたら、いつまでたってもこのままじゃない」

「それは、そうだけど……」


 亜希に痛い所を突かれ、及川は押し黙った。確かに手をこまねいているだけじゃ、何も変わらない。ずるずるとこのまま卒業してしまうのは目に見えていた。だからと言って、告白した所で陸上部とマネージャーの関係が崩れてしまうのが怖い。


「ま、部活が一緒だから余計にしりごみするか。流石に今まで通りにって訳にはいかなくなるだろうし」


 そう言ってデザートのヨーグルトを美味しそうに食べる。もし礼二と来年、同じクラスにでもなれば気まずい事このうえない。及川は自分を追い込むように弁当を平らげた。


「じゃあ、バレンタインに告白ってのはどう? 男子も意識しているしさ、成功しやすいんじゃない?」


 まだ新年が明けたばかりだと言うのに、もうバレンタインの話題か。及川は教室にかけられたカレンダーを見てため息をついた。後一ヶ月以上はある。


「バレンタイン、ねぇ」

「とりあえず渡すだけ渡して、駄目だったら義理でしたーって、ボケれば気まずさも半減されると思わない? 」

「ちょっと、勝手に駄目だって決めつけないでよ! ……一応、候補としては考えておくけど」

「うん、それがいいって。時期的にもピッタリだしさ。で、作ったらあたしにも頂戴ね」

「結局自分が食べたいのね……」及川は亜希に呆れて仰け反った。「亜希もバレンタインに渡せば? 」

「誰によ」

「同じバレー部の高橋君に。結構好みって言ってなかったっけ? 」


 高橋とは去年同じクラスだったので、及川も面識はあった。ただ、かなりのお調子者なので関わることはなかったが。


「冗談言うねー。彼はスポーツマンとして好きなだけ。あんなちゃらい男、こっちから願い下げよ」


 けっ、と渋い顔でジュースを飲み干す。亜希は白けたように立ち上がると、ゴミをまとめて捨てに行ってしまった。

 バレンタインに告白か。ありきたりだけど、向こうも意識しているだろうし、良い考えかもしれない。滞った気持ちを打開出来るかもしれない。この際はっきりさせてやろうじゃないの、自分にも礼二の彼女になれる権利があるかどうか。彼の心を揺さぶれるかどうか。及川は早速本屋に寄って帰ろうと意気込んだ。






 新年を迎え、優二兄も東北に帰ってしまうと、俺の日常はいつも通りに戻った。部活動も再開し、今日は美紀夫の少し後ろを走っていた。美紀夫のか弱そうな背中を凝視する。……大丈夫だ。緊張してない、意識しないぞ、俺は。自分に暗示をかけながら走り続ける。

 もう一度みおと会う為には、メールを待っているだけじゃ駄目だ。みおは桜ヶ丘女学院の生徒だった。いっそのこと、みおが住んでいる女子寮に押しかけてみてはどうだろうか。俺は美紀夫にも相談すべきかと考えたが、やめた。みおの肩を持つ美紀夫は絶対反対するに違いない。


 部活動が終わり、バイトも何も予定のなかった俺だが、美紀夫のゲームの誘いを断ると真っ直ぐ家に帰った。これから一人でみおの寮を訪ねてみようと考えていた。メールは未だに返ってこない。このまま相手の出方を待っていては、らちがあかない。

 携帯で桜ヶ丘女学院の寮の場所を調べてまわる。学校が所有している寮だけでも四件はあった。どうする? 一件一件訪ねて回るか? 俺は部屋の時計と睨めっこしながら考え、直接学校に電話してやろうと思った。美紀夫の名前を出して、姉のみおに取り次いでもらうなんて事は出来ないだろうか。せめて連絡先だけでも手に入れたい。俺は美紀夫に申し訳ないと思いながらも、学校の電話番号を入力して、かけた。


『 はい、こちらは桜ヶ丘女学院総合受付係りの者です 』


 甲高い女性の声が切り返すように応答する。俺は緊張しながらも、嘘の用件を伝えた。


「そちらの生徒の、久瀬みおさんに電話を取り次いでもらうことは出来るでしょうか? 弟の久瀬美紀夫と申します。昨日から姉と連絡がつかないので、非常に困っております」


 自分でも驚く程すらすらと言葉が出た。少しの間を置いて女性が『少々お待ち下さい』と述べ、グリーンスリーブスの保留音が流れる。もしみおが学校にいたら、このまま代わってもらえるかもしれない。淡い期待を胸に携帯を握りしめる。みおが出たらまっ先に謝ろうと思っていた。


 五分ほど待っただろうか、繰り返された曲が途絶え、先程の女性が電話に出た。


『 お待たせ致しました。お名前は久瀬、みおで間違えないでしょうか? 』


 俺は変だなと思いながらも「はい、そうです」と答える。その後、電話から思ってもみなかった返事が返ってきた。


『 うちの学院の生徒に、そのような名前の生徒はいらっしゃらないのですが 』


 俺は驚きのあまりに携帯を落としそうになった。久瀬みおがいない? そんな馬鹿な。


「そんな……学校の寮に住んでいるはずです、もう一度調べてもらえませんか? 」

『 ……ですからお調べしました所、そのような名前の生徒はいらっしゃいません 』


 きっぱりとそう告げられた。俺はカラカラに乾いた口で「そうですか、ありがとうございました」と答えるのがやっとだった。みおは、桜ヶ丘女学院の生徒ではなかったのだ。


 俺は今聞かされた事実に、どう対処すればいいのか分からなかった。みおは、俺に嘘をついていたのだ。そこまでして、見栄を張りたかったのか。それとも単に学校を教えたくなかったのか。どちらにせよ、みおが嘘を付いていたのには違いなかった。

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