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line30.焦りと兄の帰省

 翌日、俺は朝からバイトに出かけ、いつも通りに商品の入ったダンボール箱をさばいていく。開店時には遠藤も出勤し、気が付けば二人同じ売り場で品出しをしていた。


「河村君って、明日も出勤するの? 」

「ああ、確か今日と同じようにシフトを入れたと思ったけど」

「そっか、じゃあまた来年だね。今年はお世話様です」


 遠藤が笑って頷く。俺は「まだ今年の仕事も終えてないだろ」と軽く突っ込んだ。


「……なかなか右手、治らないんだね」


 遠藤が心配そうに俺の右手を見つめる。本当は完治しているのだが、跡が完全に消えるまでは包帯を巻いておこうと思っているだけだ。同じクラスの遠藤は、俺が右手を痛めつけた現場を目撃しているはずだった。理由も聞かずに心配してくれるのは、遠藤なりの気遣いなのだろう。


「まあな。でも日常生活に支障はないよ」


 俺は一息つくとダンボール箱を片付けて、遠藤から離れようとした。


「あら? もしかして久瀬君かな? 」


 久瀬の二文字で思わず足が止まる。そうか、地元のスーパーなので美紀夫が買い物に来てもおかしくはないのだ。俺は慌てて美紀夫に見つかるまいと隠れようとしたが、身長が仇になりすぐに発見されてしまった。遠藤もクラスメートに見られて気まずそうに商品を並べる。


「隠れなくてもいいでしょ、礼二君……あ、もしかして遠藤さん? 」


 どうもと、恥ずかしそうに軽く頭を下げる。


「こんにちは、久瀬君。こんなところで会うなんて奇遇ね。お買い物? 」

「うん、夕飯の買い物を頼まれちゃってさ」美紀夫が俺と遠藤の顔を見比べる。「へぇ、最近話すと思ったら、そういう事だったの」


 そう言って不敵な笑を浮かべる。これだから遠藤と一緒の所を見られたくなかったのに。俺は逃げ道を探すように目を泳がせた。遠藤も何事もなかったかのように黙々と陳列を続ける。瞬時に状況判断をした美紀夫が、にやにやしながら言った。


「お邪魔っぽいし、もう行くよ。じゃ、二人ともお疲れ様」


 あっさり立ち去って行く美紀夫の肩を、俺は咄嗟に掴んだ。


「待てって、美紀夫! 違うんだってば」


 何が違うのか。美紀夫もびっくりして振り返る。


「な、何が? 」

「あ……いや、その……」


 どうして今、美紀夫の肩を掴んでしまったのか。自分は何を弁解しようと言うのだ。俺の焦りをはき違えた美紀夫が「まぁまぁ」となだめる。


「安心してよ、誰にも言わないからさ」


 違う。俺の言いたかったことは、そうじゃない。美紀夫に遠藤と出来ていると誤解されたくない。そう言おうとしたが、上手く言葉にならなかった。


「じゃ、頑張ってね」


 遠藤にも意味ありげな視線を送ると、美紀夫は青果コーナーへと歩いて行ってしまった。俺は美紀夫を引き止めてしまった右手を見る。

 美紀夫に誤解されてしまった。まずい。しかし、何故? 心拍数がやたら激しい。何をこんなに焦っているのだ。美紀夫に遠藤と一緒にいる所を見られたから、焦っているとでもいうのか。別に俺が誰といようが、美紀夫には関係ないじゃないか。なのに、どうして。


 俺は今の出来事から逃げるようにダンボール箱を抱えると、裏のバックヤードに飛び込んだ。




 その日の仕事を終え、俺は更衣室で携帯を開く。美紀夫からのメールは来ていないか。緑のエプロンを脱ぎ、代わりにダウンジャケットを羽織ると従業員専用出入口から外に出る。外の自転車置き場でまた遠藤と会った。美紀夫に見つかってからは、お互い遠慮がちに品出しをしていたのだった。


「……お疲れ様」

「ああ、お疲れ」

「あの……ごめんなさい、気まずい思いをさせちゃって」ポニーテールを解いた髪が風でなびく。「私……河村君の事は、尊敬しているだけだから。その、気にしないで」

「……わかった、じゃあな」


 これ以上遠藤と話すことはないと、自転車と共に足早に切り上げる。まだ遠藤は何か言いたそうにこちらを見ていたが、俺は構うことなくペダルを進めた。

 尊敬、か。今のは俗に言う『 貴方は恋愛対象じゃないの、だから勘違いしないでね 』と宣言されたのと同じではないか。安心しろよ、遠藤。俺が好きなのはみおだけだからさ。独りでにカッコつけて、寒さにもへっちゃらな顔をする。美紀夫に見つかったからって、それがどうした。別に隠すような事でもなかっただろ。憂さ晴らしに俺は右手を何度かベルにぶつけた。




 家に入ると、玄関に黒のスーツケースが置いてあるのに気付く。優二兄が帰ってきたんだ。俺が慌ててリビングに上がると、兄弟達の中心に座っていた兄貴と目が合った。


「よぉ、礼二。久しぶりだな」


 つんつん頭のたくましい顔をした優二兄。頼れる男らしい体付きをしており、その真っ直ぐな瞳は昔から変わらない。俺は嬉しくて笑をこぼした。


「優二兄久しぶり、元気だったか? 」

「まあ、何とかね」ゆっくりと立ち上がると、俺の隣に立つ。「お前、また背が伸びたんじゃないのか? 随分と負けたなぁ」


 悔しそうに俺を見上げる。優二兄も俺より少し低いだけで、男の中では背が高い方の部類だった。


「何だ、手怪我したのか? 」


 優二兄が俺の右手を掴もうとしたので、慌てて後ろに引っ込めた。


「ちょっとな。でも大した事ない」

「そうか。それにしても今日は、晩にお寿司の出前をとってくれるんだとさ。わざわざ出前なんてとらなくてもいいのにな」


 照れくさそうに優二兄は頭を掻く。その仕草はどことなく俺と似ていて、やっぱり兄弟なんだと思い知らされた。


「早くお寿司食べたーい! 」


 小学一年生の妹がぶりっこぶってクッションを抱きしめる。こいつ、俺の前ではキモイとか散々毒づいた癖に。


「優ちゃん、それよりゲームして遊ぼうよ」

「待てよ、俺が先に兄ちゃんと遊んでいたんだぞ! 」


 五年生と四年生の二人がいがみ合う。優二兄が「おいおい」と言って仲裁に入った。相変わらず優二兄は兄弟達にモテモテだな。俺は荷物を置きに部屋に入ると、考二が待ちきれない様子で椅子に座っていた。机にはノートと参考書がいくつも広げてある。


「おかえり。優二兄さん、まだ下で遊んでいる感じだった? 」

「ああ、まだしばらく時間かかりそうだぜ」

「ちぇっ、わからない所聞きたいのになぁ」


 そう言って椅子の上であぐらをかき、つまらなさそうにシャーペンを回す。考二はよっぽどの勉強熱心らしい。俺は携帯を取り出すと、優二兄の為に用意された布団の上で寝そべった。美紀夫にさっきの出来事は誤解だと、メールを打っておくべきだろうか。いや、ただの友達にそこまで知らせなくてもいいはずだ。美紀夫は遠藤の事が好きな訳じゃないのだから。だが、しかし――――。


 俺は携帯を開いたままその場でのたうち回った。やっぱり俺は、美紀夫の事が気になっているのか? 好きなのか? わからない。自分の事なのに、どうしてそれがわからない。俺は美紀夫にどうしたいというのだ。


「あーっ! もう! 」


 頭を掻きむしり、携帯電話をベッドに投げつける。俺はそのまま優二兄の布団の上でうつ伏せになった。


「さっきからうるさいなぁ。そんなに構って欲しい訳? 」考二がうるさいと俺の上にのしかかった。「聞くだけ聞いてあげるよ。第三者のアドバイスが意外と参考になったりするしね」

「ほっとけ! 」


 俺と考二が布団の上で取っ組み合いをしていると、いつからそこにいたのか優二兄が声をかけた。


「当ててやろうか。さては恋の悩みだな? 」


 優二兄まで参戦して俺の上にのしかかる。流石に二体一は無理だ。俺は「ギブギブ! 」と情けない声をあげた。


「礼二は昔っから素直じゃない所があったからなぁ」優二兄が笑いながら立ち退ける。「彼女と喧嘩でもしたのか? 」

「まだ彼女でもないんだよね。優二兄さん聞いてよ、こいつ俺の方が先に彼女が出来たからって――――」

「余計な事言うなっ! 」


 俺は真っ赤になりながら考二の口を両手で塞いでやる。隣で優二兄が大笑いした。


「相変わらずだなぁ、礼二も考二も。こういう姿を見ると、実家に帰ってきたって思うよ」自分の部屋を懐かしむように眺める。「勉強、見て欲しいってどこだ? 覚えている範囲で教えるよ」


 考二が「やったね」と言って俺を跳ね除ける。二人が机に向かって勉強会を始めた為、暇になった俺は一人携帯ゲームで時間を潰していた。


「礼二はもう進路決めたのか? 随分と余裕みたいだけど」


 優二兄が寝そべっている俺を見下ろす。


「俺は……働くから、いいんだよ」


 そう突っぱねて背を向ける。後ろで二人のため息が聞こえた気がしたが、俺は何も聞こえなかったふりをした。

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