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line3.陸上部

校舎を一通り案内した所で、俺は久瀬を外へと連れ出した。


「悪いが、陸上部を少し見学していってくれないか?」

「いいけど、どうして?」

「お前がいたら遅刻の理由が正当化出来るからだよ」


 こっそり耳打ちすると、久瀬も「女子は怖いもんね」と言って同意してくれた。俺の遅刻に協力してくれそうだ。ついでに外で活動している運動部を紹介しながら歩いていると、水をくみに来た及川と出会した。


「あ! 礼二遅い、何していたの? もうみんなウオーミングアップは終わっちゃったわよ」


 俺に文句を言ってから、隣にちょこんとすました久瀬の方を見る。


「初めまして、久瀬と申します」


 そして礼儀正しく及川の前でも挨拶をした。


「実は今までこいつに校舎案内していて――――」

「へぇ、あなたが噂の転校生ね。中々可愛い子じゃない!」


 俺の話を無視して一人で盛り上がり始める。これだから女って奴は。久瀬も苦笑いで返す。


「部活は何していたの? 良かったら陸上部に入らない?」


 及川が期待を込めた目で久瀬を見ている。久瀬はどうしようと、視線を俺の方に寄越した。


「そんなに詰め寄るなよ、及川。久瀬は今日、陸上部を見学しに来ただけだ」

「見学希望者なのね、了解。私達の部室はプールの横にあるプレハブの、右から二番目の所よ。荷物はその中に置いてもらって構わないから。ほら、あんたも早く着替えて部活に参加しなさいよ!」


 そう言って久瀬のショルダーバッグごと俺を押し退ける。おお、怖い怖い。俺はわざと慌てるふりをして、二人で部室目がけて走った。


「あのマネージャーさん、確かに怖いね」


 久瀬が笑いながら振り返る。及川がまだこちらを睨んでいた。


「だろ?付き合わせて悪いな。もう適当に理由つけて、帰ってもらっていいから」

「分かった。少し見学したら、抜けさせてもらうよ」


 はあはあと、息を漏らしながら答える。俺の走りについて来るのがやっとの様子だった。部室で予め置いてあった青いジャージに素早く着替える。その間、久瀬が部室を眺めながら、こっそり俺の身体も眺めている事に気付いた。

 もしかして自分の身体がひ弱な事を気にしているのか? 俺は時折久瀬が見せる不思議な視線に戸惑いながらも着替えると、久瀬を連れて他の部員の所に駆け足で向かった。久瀬の顔を見ると、少し辛そうだ。


「遅いぞ、河村。お前は背が高いから、いないとすぐバレるんだぞ?」


 部長の長谷川が背中を叩きながら歓迎する。


「すみません、遅くなりました。部長、こいつを見学させてもいいですか?」


 久瀬が恥ずかしそうに俺の後ろに隠れた。


「いいよ。どうせ見学と言っても、みんな好き勝手に得意競技やっているだけだから、見飽きたら自由に帰ってもらいな」

「了解です。って事で、久瀬はその辺に座って、見飽きたら帰っていいから」


 そうなの? と笑いながら答える。そこに及川も戻って来たので、後はマネージャーに任せる事にした。


「じゃ、トラック十週行ってきます」


 及川にタオルを預け、俺は二百メートルトラックを走り始めた。俺の得意競技は長距離走だった。この陸上部では俺が一番いいタイムを出し続けている。ふと久瀬がいた方に目をやると、及川と親しげに話し込んでいた。よく及川と話す気になるな。あいつもマネージャーの方が向いているんじゃないか。そんな事を思いながら、俺は今日のテストの復習をし始めた。


 俺は走っている時、必ず今日の授業内容を振り返りながら走っている。それが俺の勉強法であり、家に帰ってまで勉強しない方法でもあり、時間を有効活用した方法だった。無心で走るのも好きだが、考えて走るのも楽しい。そして授業を復習し終えたら、今度は妄想の旅に出かける。もし、俺に彼女が出来たら。もし、デートで映画館に行ったら。俺は頭の中でも常に走り回っていた。


 俺は彼女が欲しかった。好きな人が欲しかった。恋をしたいと思っているし、あわよくばセックスまでしたいと思っている。そう思うのは俺だけじゃない筈だ。思春期真っ只中で彼女のいない男は皆、女に飢えている。キスもまだな俺は、エロ本とかそういう媒体ではなく、もっと生身に触れたエッチな事がしたいと思っていた。大学生の兄貴には中学から付き合っている彼女がいるらしい。ずるいなぁ。友達にも彼女が出来、最大の難関であるセックスまでした奴もいる。つまり童貞を卒業したのだ、羨ましい限りだ。


 あまりに妄想が飛び過ぎると、下半身が反応してしまう。今日は妄想が過ぎたなと反省の意を込めて、俺はもう一周余分に走った。


「一周多かったわよ。はい、お疲れ様」


 俺の罪滅ぼしを見破った及川が、タオルとスポーツドリンクを差し出す。久瀬の姿はもう見えなかった。

「久瀬は帰ったのか?」

「うん。久瀬君って、結構真面目な子ね。真剣に部活動に勤しんでいるあんたの邪魔をしちゃ悪いから、先に帰るって。久瀬君、今日は案内ありがとうって言っていたわ。じゃ、確かに伝えたから」


 及川は他の部員にもタオルやスポーツドリンクを渡しに行ってしまった。真剣に部活動に勤しんでいた? 俺が? さっきの頭の中を見られるものなら見て欲しいぜ。

 及川のジャージでも透けて見えるブラを横目で確認してから、俺はスポーツドリンクを一気に飲み干した。及川は何点だろうか。容姿は普通だから平均ラインくらいか。


 もし、俺が及川と付き合ったら。考えられなくもないが、そうなれば俺は絶対及川に振り回されるに決まっている。


「ほら、飲み終わったなら貰うわよ」


 及川が勝手に人の手から空の紙コップを奪い取った。彼女と言うより、まるでおかんだな。俺は一人納得して、久瀬が無事に帰れたかどうか心配になった。

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