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line29.心の不調?

 美紀夫を押し倒してしまった日から、俺は少しずつ美紀夫を意識するようになっていた。自然と目が追ってしまう。どうしてだ? 俺は美紀夫の事が好きなのか? いや、そんな筈はない。

 寒空の下、ウオーミングアップの外周を走り終え、部室前で及川から紙コップを受け取る。


「礼二、さっきから久瀬君の事見てない? 」


 突然言われて、俺は口に含んでいたスポーツドリンクを吹き出した。


「ちょっと、汚いわね! 」


 及川が迷惑そうに俺から遠ざかる。


「お前がいきなり変な事言うからだろ! 」美紀夫が近くにいないのを確認すると、焦りを誤魔化そうと手で口を拭う。「……別に見てねぇよ。ちょっと確認しただけだ」

「何を? 」

「何でもいいだろ」


 及川に気付かれてしまったのを、苛立ちながら恥じる。そんなに分かりやすいのか? 俺って。残っていたドリンクを一気に飲み干した。


「前にも話したけど、久瀬君とは別に喧嘩したわけじゃないから。ちょっと馬が合わないだけなのよ」


 及川が気難しそうに顔をしかめる。俺の視線を友人として捕らえた奴の意見だった。


「……わかっているよ。あいつ、結構意地悪だからな。俺が確認したのは、その事じゃない」

「……ふーん」


 疑り深そうに俺を見ながら、紙コップを取り上げる。そのまま及川は他の部員の所に行ってしまった。何なんだよ、及川の奴。俺がよっぽど変な顔をして、美紀夫を見ていたとでも言いたいのかよ。何だか腑に落ちないまま、俺は基礎練習に励んだ。


 今年最後の部活動を終え、美紀夫と一緒に夕方のみかん畑を歩く。今日は十二月二十九日の金曜日。面倒だった冬期補習も終わり、後はバイトで稼ぎながら年越しを待つのみとなった。


「ちょっと、礼二君聞いているの? 」


 隣を歩く美紀夫に声をかけられて、俺は自分がぼーっとしていたのに気が付く。


「え? ……ああ、悪い悪い。初詣の話だったっけ? 」

「そうだよ。近所の神社にでも行こうかって話していたじゃない」


 美紀夫が不貞腐れたように怒る。俺はその横顔を黙って見つめた。やっぱりみおに似過ぎている。俺は、美紀夫の中にみおを見出そうとしているのか。何故? そっくりな双子だからか? ここの所、自分の身体がおかしい。いや、心の不調とでも言おうか。自分自身制御出来ない感情に踊らされている。


「最近ぼーっとしたりして、変だよ。また何かあったの? 」


 今度は心配そうな顔で俺を見つめてくる。やめろよ、みおにそっくりな顔でこっちを見るなよ。俺は美紀夫にまで意識している自分に苛立ちながら「何でもねぇよ」とそっぽを向いた。

 どうしたんだよ、俺の身体。どうしちまったんだよ、俺の心。みおから返信が来ず、それでも諦めきれない自分に腹が立つ。俺はみおが好きなんだ。俺が好きなのはみおなんだ。その反動からか美紀夫を邪険に扱ってしまう。違うんだ、俺は友達として美紀夫が好きなだけなんだ。


「じゃあ、次に会う時は来年だね。またメールするよ」

「ああ、わかった」


 駅の階段下で美紀夫と別れる。俺は複雑な表情で自転車にまたがった。少し美紀夫と距離を置いた方がいいかもしれない。美紀夫の側にいる限り、常にみおの影が付き添ってくる。きっと、混乱しているだけなんだ。だから美紀夫とみおの行動が重なって見えてしまうんだ。俺は深呼吸すると、初詣は断ろうと心に決めた。




 不味そうに箸を進めながら、俺は家で遅い晩ご飯を食べ終えると、リビングで騒いでいる兄弟達を他所に二階の自室へと上がった。部屋では考二が相変わらず勉強していたが、俺の姿を見るなり顔を上げた。


「どうしたの、変な顔して。最近落ち込んだり、悩んだり激しいね」


 こいつは人の顔から心を読み取れる能力があるとでもいうのか。俺は「ほっとけ」と考二の視線をかわすと、二段ベッドの下にもう一式布団が用意されているのに気付いた。


「明日、優二兄ちゃんが帰ってくるんだって。お盆以来だね、お年玉でもくれないかなぁ」


 眼鏡を外し、休憩でもするのかぐっと背伸びをする。優二は俺達兄弟の最年長で、東北にある農科大学の三年生だ。俺や考二を含めて兄弟全員、優二兄の事が好きだった。面倒見が良くて優しくて、その上賢い。兄弟達の尊敬の的だった。


「そうか、優二兄が帰ってくるのか。俺もお年玉もらえるかな? 」

「礼二兄ちゃんは、バイトしているからいいじゃん」

「よくねぇよ。まだまだ欲しい物がいっぱいあるしな」

「どうせゲームや漫画本でしょ? 」呆れたように俺の机に積まれた漫画を見る。「弟の俺が言うのもなんだけど、もう少し勉強したら? その方がモテるかもよ」


 あまりにも考二が生意気なので、座っている後ろから軽くスリーパーホールドをくらわしてやる。


「痛い、痛い、ギブギブ! 」

「どうだ、参ったか」

「もう、図星だからって、すぐ力業でねじ伏せるんだから」ぜえぜえと大げさに喚く。「ほら、携帯光っているよ! 」


 一瞬俺の注意を促す嘘かと思ったが、本当に携帯が光っていた。マナーモードにして鞄に入れていたため、考二に言われるまで気が付かなかった。面倒臭そうに携帯を開くと、美紀夫からだ。


『 件名:部活お疲れ様

  本文:大晦日もバイトかな? 良かったら家でゲームでもして、そのまま初詣に行こうよ。お母さんも年越しそば作ってくれるってさ 』


 大晦日までゲームか。美紀夫のゲーム好きはよっぽどだな。俺は美紀夫からのメールに笑うと、優二兄の帰省を理由に断った。今まで俺も美紀夫に依存しすぎていたんだ。年明けの部活動まで、不用意に会うのはよそう。美紀夫に申し訳ないと思いながらメールを送信すると、そのまま携帯をベッドに投げ入れた。

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