line28.マネージャーとして
全員がウオーミングアップを終え、各種目の基礎練習に入った。及川は紙コップを回収するとボールペンとノート、ストップウオッチを持って外に出る。各選手の記録を測るのもマネージャーの仕事だった。基礎練習の間は特にすることがないので、グラウンド前の石ブロックで作られた階段に腰を下ろす。ここからはグラウンドが一望でき、陸上部の他に野球部やサッカー部、フットサル部にテニス部といつもと変わらない部活動の姿がそこにはあった。
寒い中よくやるわね。及川はジャージの裾からセーターを少しでも長く引っぱり出すと、手に絡ませてポケットの中に突っ込んだ。日が出ているとはいえ、北風が頬を撫で付けて痛い。鼻を啜りながら及川は礼二を探した。ちょうどトラックを十周走り始めていた所だった。
及川は礼二の走る姿が好きだった。彼のフォームは比較的に綺麗で、歩幅も大きいせいか力強さがある。あの走りにいつから自分は惹かれたのだろう。及川は基礎練習の間ずっと、礼二から目が放せなかった。
礼二と出会ったのは、高校入学式の時だった。その時には既に身長百八十センチはあっただろうか。クラスで一番背が高いという理由だけで彼は目立っていた。
「あいつ、高いなぁ。うちのバスケ部に入ってくれないかな」
廊下で新入生を見に来た先輩が、礼二の身長を羨ましそうに見つめていた。男子は背が高いだけでもかなり得だ。スポーツでも背が高いのは大いに有利だろう。当時部活動に入る予定のなかった及川は、人事のようにそれらを聞き流していた。
それからしばらくして、校門の前の坂道で礼二の走っている姿を何度も見かけるようになった。クラスメートが言うには陸上部に入ったらしい。彼の後ろを追うように、他の部員達もそれぞれのペースで走って行く。
「はい、あと二周! 頑張って! 」
校門前でノートをメガホンの様に丸めて叫ぶ女子生徒と目があった。ジャージに入っているラインの色からして、上の学年だとすぐに知れた。
「ごめんね、うちの部員が邪魔しちゃって。あいつらにもっと外側走るよう言っておくから」
「皆さん陸上部の方ですか? 」
「そうだよ、よくわかったね。走り方から叩き込んであるから、フォームも綺麗でしょう? 」
礼二がいたので陸上部だとわかったのだが、言われて見れば他の部員は礼二より綺麗に走っている。凄くカッコ良く見えた。
「あなた、マネージャーやってみない? 」
ミドルの髪を後ろに結い上げて、偉そうに仁王立ちして尋ねる。この人が前の陸上部のマネージャーであり、及川に色々教えてくれた先輩だった。先輩は三年生だったので既に卒業していないが、こうして及川が陸上部のマネージャーになったのも、礼二が綺麗に走る姿を見たかったからかもしれない。
「練習終了! 短距離から測定するわよ」
ノートを丸めて叫ぶ。及川は石段をかけ降りると、短距離選手の久瀬に近寄った。
「あんたの姉には負けないからね」
言われっぱなしでは腑に落ちない。及川は仁王立ちで久瀬に対抗した。
「……どうぞ、ご自由に」
久瀬はふん、とそっぽを向くとスタートラインにつく。及川はゴールラインまで走って行くとストップウオッチを構え、右手を空高く掲げた。