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line27.ライバルな関係

「裕美も部活で残って行くよね? だったら一緒に食べようよ」


 クラスメートで友達の亜希に呼ばれて、及川は顔を上げた。ちょうど午前中の冬期補習が終わり、これから部室に向かおうと荷物をまとめていた所だった。


「いいわよ。でも、冬休み中は購買も閉まってなかったかしら」


 亜希はバレーボール部に所属しており、短髪に長身とまさにスポーツ少女さながらだ。その亜希がいつも購買でパンやお菓子を買って食べているのを、及川は知っていた。


「そうなんだよねー。だからまずコンビニまで付き合って欲しいんだ」


 教室にかけられた時計を見る。昼の十二時前。部活は一時からだから、今からコンビニへ行ってお昼を食べるとなると、結構ぎりぎりの時間になるかもしれない。


「いいけど、その前に三組に寄っていい? 部室の鍵を渡したいから」


 礼二のクラスはここの一つ下の階だ。金曜日に部室の鍵を預かったままなので、今日は自分が一番に行って鍵を開けるつもりだった。しかしコンビニまで行くとなれば、先に誰かに開けてもらうしかない。学校から一番近いコンビニでも、自転車で五分はかかる。亜希は自転車通学だから、そんな手段も選べれるのだろう。


「悪いね、付き合わせて。代わりにデザート一つ奢るからさ」

「じゃあプリンで」鞄から財布と鍵を取り出し、寒いのでスカートの下にジャージを履く。「時間もないし、早く行こう」


 同じくジャージを履いた亜希と共に三組の教室へと向かう。教室にはこの後部活があるであろう生徒が数名、弁当を広げて食べていた。その中でも背の高い礼二を探す。後ろの席の方で、礼二は女の子と喋っているようだった。ストレートの黒髪で、すらっとした女子。誰よ、あの子。


「鍵、誰に渡すの? 」


 中々教室に入ろうとしない及川の後ろで亜希が尋ねる。後ろを向いている礼二がこちらに気付くことはなく、代わりに黒髪の女子と目が合った。気まずそうに自分から顔を背ける。


 どうしよう。とても鍵を渡しに行ける雰囲気じゃない。


「及川さん、僕のクラスに何か用? 」


 振り返ると自分と差ほど背丈の変わらない久瀬が、にやにやしながら廊下に立っていた。久瀬は自分と礼二の状況を見て悟ったのか、納得したように頷く。


「どうやら及川さんだけじゃないみたいだね、礼二君狙っているの」


 そう呟くなり、久瀬は及川が持っていた部室の鍵を取り上げた。


「これ渡しに来たんでしょ? 僕から渡しておくよ。じゃ、また後で」


 なにくわぬ顔で久瀬が教室に入っていく。及川は悔しくて、踵を返すようにその場から離れた。


「裕美、待ってよ」


 亜希が後ろから追いかけて来たが、気に止める事なく一気に昇降口まで階段をかけ降りる。息を切らして立ち止まると、後ろから亜希に肩を叩かれた。


「あんた、案外足早いのね。とにかく外に出よう」


 唇を噛んで、涙を堪えている自分に亜希は優しく背中を押した。むかつく。久瀬の奴、礼二がいないと態度変えやがって。この間のホモ発言の仕返しに違いない。及川は久瀬がどういう人物なのか理解し始めていた。見た目は小柄で、顔も女の子の様に可愛らしいが、性格は陰険で、執念深くて鬱陶しい。どこの姑ババアよ。


「あのチビ、人の気持ちを逆撫でしやがって」


 亜希も久瀬に腹が立ったらしく、眉間に思いっきりしわを寄せていた。亜希は自分が礼二を好きなのを知っている。知っているからこそ、親身になって話を聞いてくれる良き友達だった。


「言われっぱなしなんて、裕美らしくないじゃない」靴を履き、自転車の鍵を振り回しながら振り返る。「あいつに弱みでも握られているわけ? 」

「…………」


 弱みは握られていないと思う。何も言えなかったのは、久瀬の発言が的を射ていたからだ。礼二と話していたあの子が、自分と同じ表情をしていたからだ。好意の目、よく見ればわかる。敵は久瀬とその姉だけじゃないということか。


「後ろに乗って、時間ないから飛ばすよ」


 自転車の後ろに乗り、二人でみかん畑を突っ切る。冬を迎え、裸同然になった木々達は寒そうに身を寄せ合っていた。自分も誰かと身を寄せ合えたのなら。亜希の細い腰に掴まりながら、及川は漠然とそんな事を考えた。


「ねぇ、亜希は好きな人がいたら、自分から告白する方? 」

「何よ突然」亜希が白い息を吐きながら笑う。「あんた告白でもするの? 」

「……まだわからない。でも、女から告白するのって、変? 」

「このご時世に男からとか、女からとか関係ないでしょ」緩やかな坂に亜希が腰を浮かせた。「自分の、素直な気持ちを、相手に、伝えればいいんだよ」

「素直な気持ち……」


 自分は、果たして礼二の前で素直になれるだろうか。及川はこの気持ちをどうしたものかと空を見上げた。冬の天気らしく薄暗くてぱっとしない。自分の心境の様だ。友達のまま、今の関係のまま卒業してしまうのは、あまりにもやるせないと思った。


「でも、早くしないとあの女に先越されるかもよ。確か遠藤さんだったかな? 去年同じクラスだったけど」車が通っていないのをいいことに、赤信号を無視して渡る。「大人しくて真面目な子だったかな。男はああいうのが好きなのかねー」


 陸上部のマネージャーになって、もう一年と半年が過ぎようとしていた。自分も真面目に部員達のサポートをしてきたつもりだ。各種目の準備に片付け、飲水の手配、選手のタイム測定と記録に応援。必要ならば顧問の先生を捕まえて、アドバイスを頂くこともしていた。


「私も結構真面目だと思うけど」


 及川の独り言に亜希は笑った。


「そうだね、確かにあんたも真面目だよ。汗臭い連中の為に、いろいろ動き回ってくれているしね」


 汗臭いとの言葉で即座に長谷川先輩の顔が浮かぶ。陸上部員の半数以上は男子だから、亜希の所属する女子バレーボール部からしたら男臭いのは当たり前だ。亜希がコンビニの前に自転車を止めると、二人で慌てて暖房の効いた建物の中に入った。




 例の男臭い部室に及川は足を踏み入れると、早速ウオーミングアップに出かけた部員の為に飲水を用意してやる。お昼を食べ終え、結局時間ぎりぎりに部室前に来たときには、既に各自準備体操をしていた。


「遅かったね、及川さん」


 久瀬がわかったような顔で声をかけてくる。及川はそれを無視すると、代わりに礼二が声をかけてきた。


「鍵、受け取ったぜ。殆ど一番乗りで来るのに珍しいな」


 はい、と首にかけていたタオルを直接手渡す。及川はそれを不思議そうに見つめた。このタオルには礼二の、男臭い汗が染み込んでいる。そう考えると思わず赤面した。


「じゃ、そろそろウオーミングアップに出かけるぞ」


 部長の礼二の一声で、皆がぞろぞろと校門の方に移動し始める。一瞬長谷川先輩と目が合ったが、何だか気まずそうに俯かれてしまった。


 部室に一人になった及川は、いつも通りに飲水を用意し終わると、礼二から受け取ったタオルを自分の首にもかけてみた。今は冬場なので汗の臭いはしなかったが、代わりに整髪剤の甘い匂いがする。何だか変態みたい。及川は自分の行動に恥じて笑った。


「及川、いるか? 」


 急に部室のドアが空いたので、及川は慌ててタオルを後ろに隠した。礼二が怪訝そうにこちらを見ている。


「何してんだ? お前」

「何も。礼二こそどうしたのよ」

「いや、ちょっとな……」恥ずかしそうに頭を掻く。「お前にも謝っておこうと思って」


 謝る? 及川は照れくさそうにしている礼二の表情につられて赤くなった。何に対して謝るというのか。自分は礼二に悪いことをされた覚えがない。部室に二人っきりという状況に緊張し、思わずタオルを握りしめる。


「謝るって、何を」

「俺、ここの所元気なくてさ……及川にまでそっけない態度をとって悪かった。心配させてごめん、もう大丈夫だから」


 顔の前で手を合わせて礼二が頭を下げる。先週の態度は本人にも自覚があったらしい。及川はしょうがないなと微笑むと、手にしていたタオルを差し出した。


「そんなの気にしないわよ。それよりちゃんとウオーミングアップしてきたの? 」


 礼二は「まあ」と曖昧な返事でタオルを受け取ると、何だか言いにくいように言葉を切り出した。


「あのさ、お前美紀夫と何かあったのか? この前部室を二人で掃除してくれたみたいだけど……」


 どうやら久瀬に問い詰めた事を言いたいらしい。久瀬の奴、お互い無かった事にしようって言った癖に。及川は久瀬の顔を思い出して眉をひそめた。


「何もないわよ。久瀬君から聞いたの? 」

「いや、あいつは何も言ってくれなかった。少し二人の仲が悪そうに見えて……気になっただけだ。何もないならそれでいい」


 礼二はそう告げると部室から出ていった。今度は礼二が久瀬のお節介かしら。及川は緊張がとけたように椅子に座り込んだ。久瀬とは仲が悪いと言うより、お互いに礼二を取られまいと張り合うライバルのような関係だ。礼二が一番久瀬と仲が良いが、あの厭みったらしい性格まで見抜いているのだろうか。及川は腹いせに久瀬の鞄を蹴たぐった。


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