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line26.変化

 あれからお互いに距離を置きつつ、しばらくゲームをしてから帰ることにした。何となく気まずくて、俺も美紀夫もゲームに集中することが出来なかったからだ。


「その、さっきはありがとう。ごめんね、怪我大丈夫だった? 」


 玄関先でしゃがみこんで靴を履く俺に、美紀夫が申し訳なさそうに謝る。


「大丈夫、美紀夫は心配し過ぎだって。俺、石頭だしさ」立ち上がると、振り返って美紀夫を見下ろした。「じゃあ、また明日な」

「うん、また明日ね」


 美紀夫が小さく手を振る。その仕草に見覚えがあったが、俺は無視して自転車に乗ると、美紀夫から逃げるように急いで帰った。

 まさか男の美紀夫に反応するとは思いもよらなかった。初めての感覚に、俺は戸惑いを隠せなかった。自分は美紀夫をみおとして、女として見てしまったのか。みおに拒絶されたからと言って、男の美紀夫の方に気持ちが傾いてしまっているのか。まさか! そんな馬鹿な、俺はホモじゃない。


 何度か美紀夫が女の子だったら、みおだったらと想像したことはある。しかし男を、よもやそういう目では一度も見たことはなかった。なかったはずだ。

 俺は今しがた湧いた感情に疑問を抱きながらも、家の戸を開けた。ちょうど皆がリビングに集まって、夕食を食べている最中だった。兄弟が食い散らかしているのは、ケンタッキーフライドチキン。床には赤白の空箱と袋が転がっていた。


「おかえり。ちゃんと礼ちゃんの分は置いてあるから」母親が食器を片付けながら俺に尋ねる。「すぐ食べる? 」

「いや、先にシャワー浴びてから食べるわ」

「おい、礼二! お前ケーキくらい買ってこいよ」


 小学四年生の弟がいきなりタックルをかまして文句を言う。


「無駄よ、礼ちゃんに期待なんてしちゃ。そんな気の利く男じゃないでしょ? 」


 と、その下の小学三年生の妹。俺は「悪かったな」と兄弟達を一掃すると、リビングを通り過ぎて風呂場へと向かった。本当はもう少し美紀夫の家で粘る予定だったが、あんな事があってからは、お互いに気まずくてしょうがない。

 美紀夫に悪いことさせちまったな。俺はシャワーを思いっきり捻って、冷えた身体を綻ばせた。まだ少し、身体が興奮している。どうしてだ? 俺はそっと自分のを掴むと、先程の出来事をみおにすり替えて吐き出した。

 俺は最低だな。出し終えてからの罪悪感に苛まれる。右手を見るともう傷は塞がっていて、赤黒いシミが幾つも点在していてグロテスクだった。完全に消えるには、まだ時間がかかりそうだ。俺は風呂場から出て髪を乾かすと、携帯電話を開いた。もう一度だけ、みおにメールしてみようか。これで返信が来なかったら、もう諦めよう。最後のかけだ。


『 件名:元気ですか?

  本文:体調の方は大丈夫ですか? あの時の事は何度でも謝ります。だからもう一度、俺と会ってくれませんか? 返信、待っています 』


 みおからしたら、未練たらたらな男だと思われるのかもしれない。送信するのを少し躊躇ったが、この際はっきりさせようと決定ボタンを強く押す。返ってこなかったら、この想いに踏ん切りをつけよう。所詮高値の花だったんだ。俺はため息をつくと、ケンタッキーを貰いにリビングへと向かった。




 二十五日のクリスマスの朝、兄弟たちはここぞとばかりに早起きをすると、早速枕元に用意されていたプレゼントで遊んでいた。


「やったぜ! 超級ヒーローのフィギアだ! 」

「私はメルルのおままごとセットだぁ! 」


 嬉しそうな兄弟を尻目に、俺はもそもそと朝食のパンを食べていた。今日は朝から学校の冬期補習があり、そのまま午後は部活だ。進学校にはクリスマスも関係ないらしい。ちなみに今年のクリスマスプレゼントは、やっぱり参考書だった。


「いってきます」


 いつもと同じように自転車にまたがり、駅へと急ぐ。みおからの返信は来ないままだった。俺は携帯電話をしまい、ため息をつくと凍てついた頬を叩いた。こんな顔、みんなの前で見せちゃ駄目だ。俺は前を向くと美紀夫が乗っている車両に乗り込んだ。


「おはよう」


 走ってきたのか、少し頬を紅潮させた美紀夫が立っていた。可愛い。みおも映画を見終わった時はこんな表情だったな。まじまじと美紀夫の顔を見つめ、俺は可愛いと思った自分に疑問を抱いた。


「どうしたの? ぼーっとして」


 美紀夫が怪訝そうに見上げる。俺は何となく美紀夫の頭を鷲掴みにした。


「ちょっ、ちょっと! 突然どうしたの! 」


 目の前にいる男は生意気な美紀夫だ、間違いない。こいつはみおじゃない。俺は美紀夫を確かめるように手をにぎにぎした。


「やめてよ! 」突然頭を鷲掴みにされた美紀夫は当然怒る。「急に何? どうしたんだよ」

「……ごめん、ちょっと掴みたくなった」

「はぁ? 」


 美紀夫は「変なの」と言ってそっぽを向いてしまった。俺は美紀夫を意識している? そんな馬鹿な。たとえそうであったとしても、昨日の今日で一時的なものだろう。俺は自分の感情を合理化すると、美紀夫から三十センチ以上離れた。

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