line24.サンタの赤いブーツ
朝五時に目覚ましが鳴ると、俺は素早く止めて布団から這い出る。冷たい空気の中、下で寝ている弟が起きないように、ゆっくりと着替えてリビングに向かった。
「おはよう」
「おはよう、礼ちゃん。今日もバイト入れたのね」
母親がそう言ってカレンダーを見た。今日はクリスマスイブだ。
「まあね。親父の方は、準備出来たのか? 」
俺は寝室の方に目をやった。昨日親父は下の兄弟達の為に、クリスマスプレゼントを買いに行っていたらしく、夜遅くに帰ってきていた。
「昨日散々お店回って何とかね。礼ちゃんの分もちゃんとあるから」
「俺のはいいよ、もうサンタを信じている年じゃないし」母親が焼いてくれたトーストをかじる。「回せそうだったら、下の兄弟達にあげてくれ」
「そんな事言って、お父さん悲しむわよ。受け取るだけ受け取りなさい」
「……わかったよ」
どうせ親父の事だ、参考書なのは目に見えている。俺は適当に返事をすると、バイト先へ自転車を走らせた。
今日は俺と遠藤、雅美おばさんの三人で朝の品出しをするらしい。店が開店したら、もう二人男手が来ると雅美おばさんが言った。
「じゃあ遠藤さん、昨日と同じ所をよろしくね。礼ちゃんも頑張って! 」
俺に意味ありげな視線を投げかけると、雅美おばさんは一人張り切って、ダンボールが山積みされたワゴンを引っ張っていく。
「じゃ、俺達も運ぼうか」
残された俺達も足早に作業に取り掛かる。全く、雅美おばさんは余計な事をしてくれるなぁ。俺は遠藤と適切な距離を保ちつつ、開店までにメインの品出しを終わらせようとした。
「ねぇ、ここはどう陳列した方がいいいかしら」
遠藤がお菓子のブーツを片手に悩んでいる。その仕草は可愛らしいが、一々陳列に戸惑っていては終わる物も終わらない。俺は仕方なく遠藤の分を先に終わらす事にした。
「そこにもう一段並べるしかないな。通路は狭くなるが、在庫を出来るだけ外に出しておきたい。お菓子のブーツなんて、明日までしか出せないからな。俺も手伝うよ」
「わかった。河村君の方は大丈夫なの? 」
「こっちを先に終わらせる。それから手伝ってくれ」
「了解」
遠藤が楽しそうにブーツを陳列させていく。子供の頃は、こんな子供騙しの詰め合わせでも喜んでいたっけ。
「これ、ずるいと思わない? だってブーツの筒の部分にしか、お菓子は入っていないのよ? 」
遠藤が笑いながらお菓子の袋を数えている。
「確かにな。でも、子供の頃は買ってもらえて嬉しかったなぁ」
「こんな素敵なブーツに入っていたら、今でも欲しくなっちゃう。最近のは底上げされているのもあるけど、これはどうかしら」
ブーツを振ったりして、確かめようとする。その時手が滑ったのか、ブーツが向かいの商品棚の方へ飛んでいってしまった。
「あっ」
「おいおい、一応商品なんだから丁寧に扱えよ」俺は笑いながらブーツを拾った。「遊んでもらっちゃ困るな」
「ごめんなさい、つい懐かしくて」遠藤はちらっと俺とブーツを見比べた。「河村君、何か似合うね。家でもサンタの役目をしているとか」
「まさか、それは毎年親父の役目だよ。昨日はプレゼントを買いまわって、ひーひー言っていたけど」
「そっか。確か河村君家、兄弟多かったものね。お兄さんも大変じゃない? 」
「まぁ、それなりに。遠藤は兄弟いないのか? 」
「私は妹が一人だけ。でも、凄くわがままだから大変かな」
ブーツの陳列を終え、俺達は協力して二人分のダンボールの山を片付けていった。遠藤とこんなに話したのは始めてだ。真面目な女子かと思いきや、当の本人にはそんな気はさらさらないらしい。
「遠藤さんって、結構可愛らしい子じゃない。今の内に唾つけておかないと、礼ちゃん取られちゃうわよ」
雅美おばさんがこっそり耳打ちする。今時唾を付けるとか古臭い表現だが、確かに遠藤は可愛かった。その証拠に後から合流した二人も、先程からちらちらと遠藤に目を配らせていた。
全く、男という人種は俺も含めこうも情けないとは。他の連中が鼻を伸ばす一方で、俺は次々と品出しをしながら遠藤との距離を伸ばす。遠藤とこれ以上親しくなるのは、何となく避けたかった。傷つくのが怖いせいかもしれない。恐れているせいかもしれない。どちらにしても、もう少し時間が欲しかった。俺は雅美おばさんを手伝いながら、今日の仕事を切り上げた。