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line23.新人アルバイト

 俺は一人帰りの電車の中、複雑な気持ちで外を見つめていた。及川も、美紀夫の事が好きだったなんて。仲間はもう俺と先輩だけになってしまったのか。

 俺は美紀夫に『先に帰る』とメールを打つと、ついでに受信ボックスを開いた。みおとのメールが百件近く残っている。こんなにメールしていたのか。俺はクリアキーを押すと携帯をポケットの中にしまい込んだ。あれから、みおとは一通もメールしていない。


 明日はクリスマスイブだ。先週バイトをさぼった俺は、あの後何の躊躇いもなく二十四日にシフトを入れた。とにかくもう、みおの事は忘れよう。いつまでも引きずっていては駄目だ、みんなにまで迷惑をかけてしまう。

 自宅に帰った後、遅い昼食を済ませ、シャワーを浴びて私服に着替えた。紺色のダウンジャケットを着てバイト先へ向かう。冬休みは、長く働けるので稼ぐのにはもってこいだ。俺がスーパーの従業員専用出入口の近くに自転車を止めると、見覚えのある黒髪の女性と目が合った。長いストレートの髪を後ろで結い上げているのは、紛れもなく副学級委員長、遠藤薫だった。


「あ、河村君。こんにちは」

「こんにちは……って、遠藤もここで働いていたのか? 」


 俺は驚いて遠藤の私服姿を見た。スラットした足にブーツがよく似合う。暖かそうな白のダウンジャケットを羽織っていた。


「この冬休みからね。今日は同じ時間帯だから、よろしく」


 そう言うなり荷物を持って、先に中に入ってしまった。冬の短期募集で入ってきたのか? それにしてもあの真面目な遠藤が、アルバイトを始めるなんて思いも寄らなかった。




 俺と遠藤、それに雅美おばさんと新人の男の子の四人が、裏のバックヤードに集まった。遠藤は先週からここで働き始めたらしい。真新しい緑のエプロンがよく似合っている。


「今日は明日のイブに向けての品出しがメインだから、なるべくこの表で個数が多い所から出していって頂戴。礼ちゃんは、その子とお友達なのよね? 」

「ええ、まぁ」


 友達どころか知り合いのレベルだが、俺が曖昧に笑っている内に、遠藤とペアを組むことになった。背の高さと経験からして当然の組み合わせか。


「じゃあ、早めに食品コーナーの所から補充していこう。もうすぐ店が込み合う時間帯になるから」


 俺が率先してダンボールを運び、遠藤に指示していく。クラスメートと一緒に働くなんて、妙な気分だった。それも遠藤とは中学から一緒だが、同じクラスになった事もなく、あまり話した事もない。いつもは長い髪を垂らしている為、遠藤のポニーテール姿を見られるのは大変貴重なのかもしれない。

俺がポニーテール姿に見とれていると、遠藤が俺の右手を見て気付いた。


「河村君、手怪我していたんだよね。そんなに荷物持って、大丈夫? 」

「平気平気、もうそんなに痛くないからさ」


 ぶんぶんと目の前で振ってみせる。あの時自虐行為に走ってしまったとはいえ、もう傷は治りかけていた。俺の心の傷の方がよっぽど重症らしい。


「あまり無理しないでね。私も河村君の分まで手伝うから」

「ありがとう。それにしても、遠藤がバイトしているとは、意外だったな」

「そう? まぁ学校自体アルバイト禁止だからね」遠藤がはっとして顔を上げた。「勿論ばらすつもりはないから安心して。河村君はいつから始めていたの? 」

「俺は夏休みからだな。それの延長で、学校のある日は朝だけ品出ししていたんだ」

「そうだったの。学校に来る前に、人仕事してきていたんだね。確か河村君、部活もやってなかった? 」

「ああ、陸上部だ。今日も朝から走ってきた所だよ」

「すごい、よく身体が持つわね。流石男の子だわ」


 さっきから俺、遠藤と楽しくお喋りしていないか? また湧いてきそうな気持ちに、俺は目を背けた。もう恋なんてしないと、誓ったばかりではないか。また俺は、女の子を傷つけるつもりか。

 そんな心中を知る余地もなく、遠藤は尊敬の眼差しで俺の指示に従う。遠藤は容量のいい奴で、もうコツを掴んだのか、次々と商品を棚に陳列していった。そのおかげもあってか、俺達のペアは予定よりも少し早めに終わった。


「それじゃ、河村君。また明日ね。お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ様」


 明日も遠藤と一緒か、何だか少しやりづらいな。俺は頭を掻くと自転車に乗り、家路を急いだ。明日は朝から昼過ぎまでバイトを入れてある。今日はもう早めに寝てしまおう。

 携帯を開くと、一通新着メールが届いていた。美紀夫からだ。


『 件名:バイトお疲れ様

  本文:今日は一緒に帰れなくてごめん、及川さんに捕まったよ(笑) 明日もバイトかな? よかったら家でゲームしようよ 』


 そう言えばここの所、美紀夫の家に遊びに行くのを避けていた。寮にいるみおと鉢合わせる筈もないのだが、みおを傷つけてしまった責任を感じて、何となく美紀夫にも近寄り難かった。これは、そんな俺を励ましてくれようと誘っているのか。美紀夫には詳しい経緯まで話していないが、みおから何か聞いているのかもしれない。

 俺は『夕方からなら大丈夫』とメールを打つと、明日は美紀夫にケーキでも買っていってやろうと思った。ついでに及川の事を祝ってやるつもりだ。それくらいの余裕は、持ち合わせていた方がいい。俺は右手の包帯を、きつく慎重に結び直した。


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