line21.似た者同士
約四時間の体力強化メニューを終え、午後一時に陸上部は解散となった。男女交代ずつ部室で着替え終わり、部長の礼二が明日の練習開始時刻とお疲れ様を告げた。
「礼二。ちょっと部室を掃除したいから、今日は鍵、私が預かってもいいかな? 」
礼二から部室の鍵をもらうと、明日には返すからと言って礼二の後ろ姿を見送る。その後をついて行こうとする久瀬を、及川は呼び止めた。
「久瀬君、ちょっといい? 」
急に話しかけられた久瀬はどうしようと礼二に助けを求めようとしたが、彼はとっくに校門近くまで歩いてしまっていた。諦めたのか、及川の呼び止めに答える。
「何? 」
「礼二の事で、話があるんだけど」
久瀬を部室の中に連れていくと、わざわざ記録ノートを広げて、礼二のページを指さす。
「礼二のタイムがここのところ酷く落ち込んでいるの。原因、何か知っているんでしょ? 」
更に内側から鍵をかけ、久瀬が簡単に部室から逃げられないようにする。
「知っているよ。知っているけど、知ったところでどうするつもりなのさ」
あまりの徹底ぶりに気分を害したのか、久瀬が眉をひそめ、挑発的に尋ねた。
「どうするつもりって、このままタイムが落ち続けるのを黙ってみてられないわ。手助けできるようだったら、私も協力したいし」
久瀬はふん、と鼻で笑った。
「及川さんには無理だよ。僕にも無理。礼二君が自分で立ち直るのを、待つしかないんだ」
「無理って決めつけないでよ」久瀬の判断に及川は反論する。「ねぇ、あなた達に何があったの? 喧嘩でもしたわけ? 」
久瀬は目を逸らすと、鞄を床に置き、一人奥の丸椅子に腰掛けた。
「喧嘩はしてないよ。僕も礼二君も、普通に接しているじゃない」
「でも以前とは違う。それくらい私にもわかるわよ」
一番仲の良い久瀬にさえ、礼二はあまり顔を合わそうとしなかった。及川は仁王立ちで久瀬を見下ろす。
「何がわかるって言うのさ。いいから礼二君の事はそっとしておいてあげてよ」
「ほっとくなんて出来ないわ! 何があったのか教えて。このままじゃ、礼二は部長として失格よ! 」
しばらくお互い睨み合った後、久瀬が仕方ないなといった表情で呟く。
「じゃあ教えてあげるよ。礼二君は、ふられたんだ。僕とそっくりな顔のみおにね」
「ふられた? ……そっくりな顔って、どういう事よ」
「双子なんだ。学校は違うけど、僕には双子の姉、みおがいる。そのみおに、礼二君は告白して、ふられたんだ」
及川はびっくりしてもう一度久瀬の顔をよく見た。久瀬にそっくりな姉がいるとは思いもよらなかったし、初耳だ。
「ふられたって、失恋したってこと? それであんなにへこたれているの? ……何だ、心配して損したわ。馬鹿らしい」
及川は呆れてノートを見直した。しかし、久瀬が怒って及川を睨みつける。
「馬鹿らしいって、あんた、告白した事あるの? 人を傷つけて、自分も傷ついた事あるの? みおは男性恐怖症だったんだ。勿論止めたよ、みおはやめとけって。どうせ敵いっこないって。でも、礼二君はみおの事が、好きで好きでしょうがなかったんだ。気持ちを伝えたくて、しょうがなかったんだ。その結果ふられたとしても、それを及川さんは自業自得だって、笑うの? 」
普段の久瀬からは想像出来ない敵意丸出しの目つき。及川は久瀬にこんな一面もあったのかと、先程から驚かされてばかりだ。
「笑うわけないじゃない。相手に自分の気持ちを伝えるのはとても苦しいし、誰だって怖いわよ。でも、それをいつまでも引きずっているようでは、他の部員にも示しがつかないわ」及川はノートをしまうと、振り返った。「久瀬君だって、このままじゃ駄目なのはわかっているでしょ? 」
久瀬は返す言葉がないように黙って俯く。彼もわかっているはずだ。近くにいる人間ほど、一緒にいて苦しいはずだった。辛いはずだった。しかし、どうすることも出来ない。これは本人の問題だからだ。
それにしても久瀬の姉、みおの存在が気に食わなかった。久瀬の顔立ちからして、相当な美人なのは安易に想像出来る。要は美人のみおが、かっこよくもなく、悪くもない礼二をふっただけの話。男性恐怖症がどれほど深刻なものなのかわからないが、女の自分からすれば単なる質の悪い女だ。悲劇のヒロインでも演じているというのか。
「ねぇ、そのみおって子は、今どうしているの? ふった癖に、礼二みたいに傷ついているわけ? 」
何だか許せなかった。姿の見えないみおに腹が立った。自分より綺麗で可愛いであろう人物が、礼二の心をかき乱す。それはまさに自分が礼二にしてやりたかった事、いい加減気付かせてやりかった事。なのに自分の知らないうちに先を越されてしまった。及川は悔しそうに唇を噛み締める。
久瀬は及川の質問には答えようとせず、逆に質問を投げかけた。
「及川さんも好きなんだよね? 礼二君のこと」
お見通しだったよと言わんばかりに久瀬の口元が笑っている。先程から見せてくれる彼の表情は、どれも礼二と一緒にいる時には見せない表情だった。普段の久瀬は猫を被っていたというのか。
そうよ、確かに礼二の事が好き。久瀬の言うとおりだった。
「……質問に答えてないわよ。みおって子はどうしているわけ? 」
「さぁ、別に及川さんがそこまで知る必要もないでしょ」
ふん、とそっぽを向く。
「そうかも知れないけど……」
部室に連れ込んでから、久瀬が怒っているようで相手にしづらい。及川は思わず視線を逸らした。何故、彼は怒っているのだろうか。自分が礼二を必要以上に心配しているからなのか。それとも同じ顔のみおに……?
「及川さんは、礼二君の何? 彼女でもない癖にお節介しないでよ。自分の気持ちも伝えずに、あんたがどうこう口出しするのはおかしいじゃない」
大人しい久瀬が、ここまで反論してくるとは思いもよらなかった。確かに自分は陸上部のマネージャーであって、礼二の彼女でも何でもない。ただの友達と言うか、知り合いなのは十分に理解している。今の関係を崩したくないから、このままでいいと思っていた。しかし、久瀬はそれを許せないらしい。友達の分際で、でしゃばるなと言いたいらしい。
もしかして久瀬は自分に、姉のみおに嫉妬しているんじゃないだろうか。女であることに対して。
及川はゆっくりと久瀬に近づいた。男にしては長いまつ毛、大きな瞳、綺麗な顔。久瀬が自分と同じ心境で怒っているのなら。怒っているのなら、答えは一つだった。
「もしかして、あんたも礼二の事……好きなの? 」




