line19.恋なんてするものか
今日の午後はアルバイトを入れてあったが、とても出勤する気になれない。この腫れぼった顔では行けない。母親に「今日は熱が出て行けなくなった」とバイト先に連絡を入れてもらい、俺は今日一日布団の中で過ごしていた。
「礼ちゃん、朝から何も食べてないでしょ? お母さん何か作るから、とにかく食べなさい」
夕方になって母親がベッドの下から心配そうに声をかける。俺は顔を向けるのも面倒で無視し続けた。うるさい、もう俺に構うな、ほおって置いてくれよ。やがて考二が来たのか、母親と一緒に黙って部屋から出ていった。
しばらくして、俺の机の上に温かいビーフシチューが静かに置かれた。朝から飲まず食わずだった俺は、ベッドから下りると急いで全部平らげてしまった。お盆に付箋メモが貼ってある。
『食事くらいはしなさい。でないと、片付けられないでしょうが』
この家にいる限り、引きこもりなんて芸当はとてもじゃないができないな。俺は母親のメモに笑うと、お盆を持ってキッチンへと向かった。
月曜日。顔の腫れも引き、今日は朝練に出るべく身支度を整える。正直学校なんて、部活なんて行く気にはなれないが、部長の俺がさぼる訳にもいかない。昨日はアルバイトすら怠けてしまったので、もうこれ以上責任逃れはしたくなかった。
みおからの返信はなかった。わかっていた。自分は拒絶されたのだから。きっぱり断られるかより、酷い仕打ちだ。俺は自分を嘲笑うと、のろのろとペダルをこいだ。
いつも朝練時に乗る電車の中に、美紀夫の姿はなかった。寝坊か? あいつが部活をさぼるなんて珍しいな。俺は一人ヘッドフォンをつけて、遠くを眺めた。
朝練どころか、美紀夫は学校にすら来なかった。担任の先生が言うには体調不良らしい。美紀夫が学校を休んだのも、これが初めてだった。もしかして、みおが俺の告白がきっかけで体調を崩したから、美紀夫まで一緒に寝込んでしまったのかもしれない。双子は妙にシンクロするとも言われているし、そうだとすれば原因は全て俺にある。
まだ少し赤い目元を擦り、黒板の羅列をノートに写す。俺は、みおに取り返しのつかない事をしてしまった。美紀夫にもみおは男嫌いだから、トラウマがあるからやめておけと忠告されていたにもかかわらずに。女を傷つけるなんて、男として最低だ。俺は最低な男だ。自分のことしか、自分の欲望のことしか考えられなかった最低のクズだ。叩かれた右手を責め立てるかのように、何度もボールペンで刺す。
「お、おい、礼二何やってんだよっ! 」
隣の高橋が俺の自虐行為を止めに入った。もう俺は恋をしない、恋なんてするものか。誓い立てるかのように、保健室に連れて行かれる中、何度も心で呟いた。




