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line18.自己嫌悪

 一人家の前まで着き、いつもどおり自転車をとめたが、俺は玄関の戸を開けるのを躊躇った。もう夜の十一時を過ぎている。

 みおに告白した後、俺はしばらくあの場から動けずにいた。


『も……これ以上は……無理っ……』


 あの言葉と行動が意味するのは、拒絶だった。気分が悪くなったのも、男嫌いのみおの条件反射なのだろうか。俺は叩かれた右手を押さえる。痛い、痛い。心が痛くて涙が溢れ出る。

 悲しかった。みおの気持ちを分かってあげられなかったのが、悔しかった。自分の都合で気持ちが先走った結果、みおを傷つけてしまった。悲しませてしまった、怖がらせてしまった。

 俺はもう訳がわからなくなって、人目も気にせずその場でわんわんと泣き出した。どういう訳か、涙が止まらなかった。やがて警備の人が駆け付けて、俺を事務室へと連れて行った。連れて行ってくれたおじさんが、何も言わずに温かいココアを出してくれ、更に泣いた。


「君、家はどの辺りかな? 」


 帽子を被り直しながら尋ねる。俺はしゃくり声で何とかM町だと告げると、警備の人が「終電が無くなるから早く帰った方がいい」と言った。それから有無を言わさず電車に乗せられ、俺は自動的に自宅までたどり着いたのだった。


 こんなに泣き枯らしたのは、初めてかもしれない。俺はふやけた瞼を持ち上げ、外から自分の部屋の窓を見た。うっすらと、電気スタンドの照明が点いている。考二がまだ起きて勉強している証拠だった。早く寝る俺に気遣い、孝二は十時を過ぎると部屋の電気を消して、わざわざ電気スタンドの明かりで勉強する。今日は俺がまだ帰って来ていないのに、いつもの癖で勉強する考二が微笑ましかった。

 この泣き腫らした無様な俺を見せるのは嫌だが、いつまでも寒空の中、突っ立っているわけにもいかない。寒さで凍え死んでしまう。俺は静かに玄関の戸を開けて中に入ると、母親が一人テレビの前で座っていた。


「礼ちゃん、随分と遅かったじゃない」


 俺の姿を見るなり、母親がこたつから這い出て玄関まで駆けつけた。そして俺の無様な姿を見るなり、何も言わずに玄関の戸を閉める。


「シャワーでも浴びてらっしゃい。ご飯は食べてきたんでしょ? 」


 母親に何と返してよいのかわからず、そのまま黙って家に上がる。風呂場に寄ることなく二階に上がり、自分の部屋の襖を静かに開けた。


「随分遅かったね、礼二兄ちゃん。ところで僕のバッグ、勝手に使ったでしょ」


 考二が顔も上げずに問う。俺は無視してショルダーと袖がぐしょぐしょになったジャケットを床に脱ぎ捨てると、着替えもせずにベッドに潜り込んだ。




 翌朝、俺は十時過ぎに目を覚ますといつもより視界が狭いことに気付く。泣き腫らした一重の瞼が重くのしかかっているせいだ。下に考二がいないのを確認して二段ベッドから降りる。昨日自分が脱ぎ捨てたジャケットはきちんと帽子掛けにかけられており、袖の所が鼻水でカピカピになっていた。


 やはり昨日の出来事は夢じゃなかったのか。俺は考二のショルダーバッグから携帯電話を取り出すと、画面を開きてメールを確認する。勿論みおからのメールはない。


「みおさん……」


 とにかく彼女に謝っておこうと、俺は謝罪のメールを打ち出した。


『 件名:昨日はごめんなさい。

  本文:昨日はすみませんでした。みおさんの気持ちも考えずにあのような行動をしてしまって……ごめんなさい、本当に不快な思いをさせてごめんなさい。門限には間に合ったでしょうか? 』


 全文を打ち終えて送信する。昨日の出来事からして、返信が返ってくるとは到底思えなかった。俺は携帯すら床に投げ捨てると、シャワーを浴びに風呂場へと向かう。途中リビングで母親が心配そうに目を配らせていたが、黙って通り過ぎた。


「礼ちゃん顔、お化けみたーい」

「おい、返事くらいしろよ! 」


 後ろで兄弟たちが何か言っていたが、俺は形振り構わず戸を閉める。洗面台の鏡で初めて出くわす自分の姿に、また泣きそうになった。何て情けない面構えだ、何て情けない男なんだ。何が告白だ、何が当たって砕けろだ。砕けたのはみおの心じゃないか、そうだろ。どうして俺は、あの時みおの気持ちを察してあげられなかったんだ、考えられなかったんだ、無視したんだ。


 激しい自己嫌悪に苛まれる。俺はがむしゃらに頭を掻きむしった。


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