line16.初めてのデート 前編
ついにデート当日。俺はその日昼過ぎまでアルバイトをこなすと、急いで昼食を平らげ、部屋で今日着ていく服の吟味に取り掛かる。午後四時に劇場前で待ち合わせなので、どんなに遅くても三時には家を出なくてはならない。俺は何度も鏡の前で服を照らし合わせながら、納得の行くチョイスを模索した。
鞄は両手の空く、ショルダーがいいだろう。そう思い勝手に考二の黒のショルダーを引っ張り出すと、中身を取り出し、そこに自分の荷物を入れる。紺色のジーンズに、白のセーター。腰には太い革ベルトに濃いグレーのジャケットを羽織る。……よし、みおの隣に恥じない格好になったはず。最後に腕時計をはめて外に出る。自転車に乗り、見事予定より一本前の快速特急に乗り込むことに成功した。
「はぁ、この格好で大丈夫だよな」
俺は滅多に見ない、扉に備え付けられている小さな鏡で確認する。ついでにワックスで整えた髪を直す。みおはもう電車に乗っただろうか。みおに会ったら、最初は「お久しぶりです」でいいのか。うるさい心臓をよそに、俺は涼しい顔のふりをして外の景色を眺めた。
劇場前に待ち合わせの三十分前に着く。少し早く来すぎたか。俺はみおらしき人物が一応いないのを確認すると、柱にもたれて自分の手に息を吹きかけて温めた。
たった一度、それもほんの数十分過ごしただけの男を、みおは覚えているのだろうか。時刻が迫ってくるにつれ、俺は段々と不安になってきた。ましてや今日の自分は私服、せめてみおに服の特徴くらいメールで伝えておくべきだったか。俺が携帯と睨めっこしながらメールを送ろうか考えていると、突然後ろから声をかけられた。
「河村君、お待たせ」
俺がドキドキしながら振り返ると、照れくさいのか帽子をちょこんと手で押さえたみおが立っていた。白のもこもことしたキャップを深く被り、そこから黒いストレートヘアーがキャラメル色のダッフルコートにまでかかっている。黒のロングスカートに、その下はベージュのフリンジ付きショートブーツ。荷物は持っていなく、代わりに黒の小さなリュックを背負っていた。
可愛い。俺が今日出会った女性の中ではダントツで可愛かった。まじまじと見つめる俺の視線に、みおが顔を強ばらせながら「あんまり見ないでよ」と恥ずかしそうに呟いた。
「ごめんね、だいぶ待たせちゃったかしら? 」
俺の赤くなった鼻を心配そうに見つめる。
「ああ、いや、大丈夫。寒いし、早く中に入ろうか」
人一人分は通れるであろう距離を保ちつつ、俺たちは劇場の中に入った。みおの近くにいるだけで、鼓動が高鳴るのを感じる。やっとみおに出会えた。俺が恋焦がれるみおに。喜びと幸せで胸がいっぱいの俺を差し置いて、みおはさっさとチケット売り場に向かう。
今日見る映画は、みおのリクエストでSFアクション物だ。確かゲームの原作が劇場版としてリメイクされ、ちょっとした話題を呼んでいる。チケット代を俺が払おうとしたが、みおがお互い学生だし、割勘にしましょうときかなかったので、素直にそれに従う。但し飲み物代は俺が払った。
「上映まで後三十分くらいだね……ここで待つ? 」
「うん。あ、私お手洗いに行ってくるね」
みおの飲み物を預かると、トイレに向かう彼女を目で追った。手前の男子トイレに間違えて入りそうになり、出てきた男にびっくりされてわたわたしている。
意外と天然さんか? 俺はみおの行動に笑いながら、ふと手にしたみおの飲み物を見つめた。ストローの先が、グロスか何かでいやらしく光り輝いている。
こ、これは間接キッスのチャンスっ……!? 俺は生唾を飲み込むと、ゆっくりとストローを顔に近づける。しかし好きな子とのファーストキスが、このような人知れずの間接キッスで良いものだろうか。だ、駄目だ駄目だ! これではリコーダーの先を舐めるのと同類ではないか! 俺は他の人に見られていなかったかと、周囲を注意深く見回した。……よかった、俺の変態行為を見られた心配はなさそうだ。
みおが帰ってくるなり、俺たちは上映されるスクリーンへと移動した。場所はスクリーン正面の後ろから二列目。俺はみおが転んでも大丈夫なよう先に行かせる。席に着くなり、みおはダッフルコートを脱いで膝元にかけた。
「いい席が取れて、よかったね」
隠されていたCカップの胸が露になる。赤とグレーのボーダーラインの入ったタートルネックを着ており、そのラインが胸の形を緩やかに表現していて、えっちだ。
俺は慌てて視線を逸らすと、自分もジャケットを脱いで、そいつで下半身を押さえ付けた。まずいまずい、こんなので興奮するようじゃ、童貞丸出しじゃないか。俺が下半身を鎮める努力をしているとも知らず、みおは隣でジュースを飲む。
その少し尖った唇にキス出来たら。映画館という薄暗い状況の中、俺とみおは密接して座っている。素晴らしい、夢にまで描いた『映画館デート』そのものだった。もしかしてこれは夢なんじゃないだろうか? 俺は嬉しさのあまりに頬をつねってみる。痛かった。
まもなくして上映が始まり、一気に館内が暗くなる。俺はちらっとみおの横顔を盗み見た。この暗闇で安心したのか、みおの表情が少し緩んでいるように見える。やばい、可愛すぎる。俺は己の理性と闘いながら、約二時間の映画鑑賞を楽しんだ。