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line13.デートプランと妥協

 朝練で走りながら、俺はどうしてみおが会ってくれないかを考えていた。これまで何度かメールで『一緒に行きましょう』とか『俺も付き合いますよ』とか、さり気なく誘い文句を打ってきたつもりだ。しかしみおの返事は決まって『そうですね』の一点張りだった。そんな濁り返事に俺は我慢しきれず、ついに昨日のメールで『もう一度会いたい』と胸の内を明けたところ、朝になっても返信が帰ってこない始末だった。


「俺、下心丸見えなのかなぁ」

「何? どうしたの? 」


 隣で俺のペースに合わせられるようになった美紀夫が、白い息を切らしながら尋ねる。


「いや、何でみおさんは俺と会ってくれないのかなぁっと……」

「そんなの、みおが警戒するに決まっているでしょ。礼二君ドスケベだし」

「スケベ情報をたらしたのはお前だろ! 第一美紀夫だって人のこと言えないだろ。俺が高橋から回してもらったエロ本、是非貸して欲しいってせがんだじゃねぇか」

「あれはっ! ……だって、そんなに凄かったって礼二君が言うから……その……」


 内容を思い出したのか、急に赤らみ声が小さくなった。


「せっかくメールする仲まで進んだのに、このまま一人でクリスマスを過ごすなんて嫌だなぁ」


 そうなのだ。季節はとっくに十二月を迎え、世間はクリスマスムード一色に溢れかえっていた。駅前でもツリーやら変なモニュメントやらがライトアップされ始め、俺を含め世の中の独り者はどんだけ悲しい気持ちに苛まれる事だろう。


「クリスマスって、恋人同士のイベントでしょ? みおとはメル友なだけじゃない」

「だーかーら、次に会った時、俺告白しようと思って」

「こ、告白っ!? 」


 美紀夫が驚いて思わずバランスを崩す。


「悪い、大丈夫か? 」

「何馬鹿なこと考えているんだよ、まだ一回しか会ったことないのに、いきなり告白だなんて! 」

「じゃあ、いつしろって言うんだよ。男嫌いで俺に会うのが嫌かもしれないけど、俺の気持ちを知ったら、みおさんだって理解してくれるかもしれないじゃないか」

「そ、そんな事言われても……」美紀夫が困った顔で額の汗を拭う「逆にフラれたらどうするのさ」

「フラれるのを怖がっていたら、何も進まないだろ? 男なら当たって砕けろだ! 」

「砕けちゃ駄目だって」

「ああ、そうか」


 俺はんーと、眉を潜めて前方を見据える。告白しようにも、みおをどこかに呼び出さなくてはならない。やはりここは、何とかデートまでこぎ着けて、最後に告白するのがセオリーだろう。


「なぁ、デートするならどこがいいかな? 」

「そんな事聞かないでよ! 映画でもなんでも誘えばいいでしょ」


 美紀夫が呆れたように俺を見上げる。


「美紀夫の方がみおの事知っているだろ。ほら、映画でもホラーは駄目とかさ」

「うーん……そういうのは、直接本人に聞いてみたら? みおが行きたい所もあるかもしれないし」

「そ、そうか。でもデートプランは男が考えた方がいいよな? 」

「もう、だから知らないってば! 」

「おい、お前らさっきから喋りすぎだぞ」


 後ろから一喝されて振り返ると、元部長の長谷川直也ががっちりとした体型を上下に揺らしながらこちらを睨んでいた。長谷川先輩含め三年生は九月の夏大会で引退したのだが、スポーツ推薦が決まった長谷川元部長は、こうして自主的に俺達とトレーニングをしているのだった。


「わっ! 部長、すいませんでした」

「す、すみません」


 俺と美紀夫が慌てて謝る。長谷川先輩は先程から話を聞いていたのか、鼻で笑って答えた。


「もう部長じゃねぇよ。部長はお前だろ、河村」


 そうなのだ。また肩書きのみだが、多数決で陸上部部長にさせられたのだった。


「何だ、お前及川とデートするのか? 」

「ち、違いますよ、何であいつなんかと。俺はこいつのお姉さんとデートなんです」


 美紀夫がちょっと、と俺の身体をつつく。


「何だ、久瀬のお姉さんか」

「それも双子ですっげぇ美人なんですよ」


 へぇ、と長谷川先輩が久瀬の顔をまじまじと見つめる。美紀夫は恥ずかしさからか、一人ペースを上げて先に行ってしまった。


「あいつそっくりの姉なら、美人だろうな。でも、久瀬が双子だったとは初耳だ」

「あいつも最近まで黙っていたんですよ。ああ、同じ学校ならよかったのに」

「何だ、学校が違うのか。一度見てみたかったのにな」長谷川先輩が残念そうに美紀夫の背中を追う。「河村、少しペースを上げるぞ。授業に間に合わなくなる」

「へーい」


 俺と長谷川先輩がプレハブの部室前につくと、先に走り終えていた美紀夫と及川から紙コップとタオルを受け取った。


「今日は久瀬君の方が早かったわね。久瀬君も、だいぶ早いペースで走れるようになったじゃない」

「そ、そうかなぁ」


 美紀夫が恥ずかしそうに俯く。


「久瀬が恥ずかしさのあまり、先に走って行っただけだ」

「ふん、どうせ下ネタでも喋ったんでしょ」

「うわっ、及川も俺の事そんな目で見ているのかよ」


 くすくすと及川は笑って長谷川先輩にも紙コップを渡す。


「長谷川先輩、お疲れ様です。冬休みの練習ですが、去年より増やした方がいいですかね? 」


 さらっとなんてことを提案しているんだ、及川。


「そうだな……でも、クリスマスイブは誰かさんの為に空けておいてやれ」


 長谷川先輩がにやにやと俺の方を見て提案する。先輩め、さっきの話しを全部聞いていたのかよ。俺と美紀夫がどうしたものかと顔を見合わせていると、及川が目ざとく先輩の視線を捕らえた。


「もしかして礼二、あんたイブに予定でも? ぷっ、彼女もいないくせに」


 明らかに軽蔑しきった表情の及川。俺は思わず反論した。


「何だよ、及川には関係ないだろ。そうなる予定なんだよ、予定」

「そう。ま、せいぜい頑張りなさいよね」


 及川美裕陸上部マネージャーからの、上から目線のお言葉。何だよ、自分だってどうせ彼氏が出来たことないくせに。俺は及川に反論する言葉が見つからないまま、美紀夫と共に部室を後にした。




 教室で席に着いてからも、俺は昨日のみおとのメールで頭がいっぱいだった。やはりストレートに送ったのがまずかったか。

 みおが男嫌いなのをもう少し考慮すればよかった。こっそり携帯画面を開く。勿論返信はおろか、一通もメールは来ていないようだ。


「なぁ、みおは何で男嫌いになったんだ? 」


 一時間目の数学の教科書を用意し終わった美紀夫に尋ねる。美紀夫はわざわざ席を立って俺の前に座った。


「昔誘拐されそうになったとか言っていたけど、やっぱりそれが原因なのか? 」


 美紀夫がうーんと困ったように眉をひそめる。


「俺がみおのトラウマを喋っていいかわからないよ。でも、その話題は避けてあげて」

「……だよな。でもデートにすら来てくれないんじゃ、告白のしようもないじゃないか」

「それもそうだけど……あ、及川さんだ」


 美紀夫の言葉で振り返ると、そこには俺の体操着を持った及川が立っていた。もう冬服なので、彼女の下着の色が見えないのは残念だ。


「はい、部室に忘れていたわよ。これがなかったら、体育の時困るでしょ? 」

「ああ、悪い。わざわざありがとな」俺はふと女子の意見も聞いておこうと尋ねた。「なぁ、及川だったらデート、どこ行きたい? 」

「えっ? 」


 俺が聞くや否や、及川は顔を赤くして持っていた俺のジャージで顔を殴った。


「知らないっ! そんなの聞かないでよ! 」


 どすどすと足音まで聞こえてきそうな勢いで及川が教室を後にする。先程の光景を見ていた数人のクラスメートが、俺の間抜け面にくすくす笑う。


「礼二君、今妥協したよね? 及川さんでもいいかなって」


 美紀夫も呆れたように俺の心境を語る。


「ち、違う。俺はただ意見を聞きたかっただけだ。なのに殴ることはないだろ、殴ることは」

「女心がわかってないね、礼二君」チャイムが鳴ったので、美紀夫は席を立つ。「後で及川さんに謝っておきなよ」

「ざまぁねぇな、礼二! 」


 隣の席の高橋がジュース片手に笑う。やばい、俺そんなにまずい事を聞いたのか? 妥協? どうして及川で妥協しなきゃいけないんだ。俺がデートしたいのはみおだぞ。

 何だか腑に落ちないまま捨てられた体操着を拾う。とにかく、午後の部活が始まる前までには謝っておこう。


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