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line12.みおの理解者

 翌日。俺は寒さが身にしみる朝から上機嫌で駅へと向かう。自転車をとめ通路に出た所で、階段を上ってきた美紀夫と偶然出くわす。


「おう、美紀夫。昨日はありがとな」

「おはよう、礼二君。どう? メールのやり取りは」


 美紀夫も俺の様子を分かってか、にやにやしながら訪ねてくる。俺は昨日のメールを確認しながら、みおと二十二通もメールしたこと、そして普通に会話を楽しんだ事を告げた。


「へぇ、結構順調そうだね」

「お前もそう思うか? ……なぁ、みおさんって、彼氏いないんだろ? 」


 美紀夫が複雑そうに頷く。


「うん、多分いた事もないと思うよ」

「そ、そうか」俺は恥ずかしそうに顔を赤らめて、美紀夫に尋ねる。「俺にも……望み、あると思うか? 」


 美紀夫は照れくさく頭を掻きながら、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「……わからない。そもそも、礼二君も何でみおが好きなのさ。だって、一回電車の中で会っただけなんだろ? そんな簡単に人を好きになれるの? 」


 逆に聞かれて、俺は焦った。確かにみおに会ったのはあの一回きりだ。でも、同じ顔だけなら毎日見ていた。そう、俺は美紀夫が女だったら、みおだったらとあの日から自然に思い込むようになっていたのだ。勿論この事を美紀夫が知る余地もないし、むしろ知られたらまずい。俺は間違っても同性愛者ではないはずだ。


「……多分一目惚れってやつかな。俺にも正直わかんねぇよ」

「ふーん……じゃあ、顔が好みのタイプだったんだね」


 美紀夫が冷たく俺をあしらい、先に改札をくぐる。確かに顔もタイプに違いないが、さっきから美紀夫が俺に対して挑発的な気がしてならない。何なんだよ、順調そうとか言った癖に。




 俺とみおはそれから毎日メールを交わした。本当に些細な世間話から、将来の夢や進学まで。美紀夫や他の友人にも恥ずかしくて言えなかったが、俺は高校を卒業したらこの家を出て、働こうと考えていた。特に大学に行く理由もないし、家にそんな余裕があるとは思えない。

 それに働くのも悪くはないと思い始めていた。少なくとも今のバイト先では、俺は雅美おばさんに必要とされ、頼られている。そこに自分の居場所があるように感じられる。自分一人で生きてみたい、早く自立したい。親が嫌いな訳ではないが、近頃は罪悪感の方が強く感じた。俺が朝早くバイトに出かけるせいで、母親も早く起きているのだ。俺がいるせいで、考二も集中して勉学に励めないのだ。今の俺にとって、あの家は少し窮屈だった。


『 件名:自立っ!

  本文:だから俺、美紀夫の家に遊びに行くのかも。今の家に、俺の居場所はなさそうだしさ。先に一人で暮らしているみおさんが羨ましいよ 』


『 件名:わお (笑)

  本文:兄弟が多いのも大変ね。私も家族がちょっと息苦しいから寮に逃げたのかも。ほら、双子ってよくセットで扱われるじゃない? 私、美紀夫と一緒にされるのが何よりも嫌だったのよ。別に美紀夫の事が嫌いな訳ではないんだけど……何て言えばいいんだろう 』


『 件名:うーんと

  本文:何となくみおさんの言いたいことわかるよ。一個人として見て欲しいんだよね? 』


『 件名:さすが礼二君 (笑)

  本文:そうそう、でも実際一人で暮らしてみると親のありがたみが凄くわかる。全部一人で家事をするのはとても面倒だし、毎日ご飯なんて作れないよ (泣) 』


『 件名:ありがとう。

  本文:自分で全部やりくりしていかなきゃいけないのは、大変なんだろうなぁ。この家を出る前に、少しでも親孝行しておくか! (笑) 』


『 件名:そうだね。

  本文:中々恥ずかしくて実行しづらいけど。そう言えば礼二君は、将来の夢とかある? 私はまだ見つけられてないから、卒業するまでには見つかるといいな 』


 将来の夢か。俺は携帯の画面を閉じると、二段ベッドの上で大の字に寝そべった。俺もみおと同じく将来自分が何をしたいか、何をしているかなんて想像も出来ない。何となく流れで高校生になってしまったので、先のことは出来るだけ考えないようにしてきただけなのかもしれない。

 大学に行く? でも目標も何もない俺が行ってどうするんだよ。高校生活の延長線になるのは目に見えているじゃないか。


『 件名:俺も

  本文:自分が何になりたいとか、何をしたいのとか想像出来ないや。とにかくいろんなことを経験して、自分の視野を広げたい 』


 最後は格好つけ過ぎるか。俺は返信にどうしようか迷ったあげく、最後の一文を消して代わりに『おやすみなさい』と付け加えた。逃げているだけかもしれないが、今は将来なんて考えられない。今を楽しく過ごせたのなら、みおと一緒に過ごせるのなら、俺の将来も定まるのは気のせいか。

 みおとのメールは結構真面目な内容が多い。俺もみおとなら普段はふざけて誤魔化してしまう内容でさえ、きちんと向き合える。相手が見えないせいもあるが、みおはとても話しやすい、話の分かる相手だと感じた。何をメール如きでと思うかもしれないが、女子にしては文章が堅く、変に絵文字だらけのメールよりか好感が持てる。


 毎日メールを交わす事で、俺はすっかりみおの理解者になったつもりでいた。少なくとも友達にはなれた気がした。しかし、いくらメールを交わした所で、俺がみおと再び出会うことはなかった。


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