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line11.初メール

 みおと出会ってからしばらくは、俺も美紀夫もみおの事を話題に出さなかった。美紀夫に反対されてからはタブーのように感じられたし、あまり聞いて欲しくないようにも思えたからだ。

 しかし俺は日に日に双子の姉、みおに恋焦がれるようになった。もう一度会いたくて、会いたくて仕方がない。美紀夫の側に居る限り、とてもみおの事を忘れられそうにもない。むしろ不可能に思えてきた。


 胸が苦しいとは、こういう事か。たった一度、しかも数分間しか一緒にいなかった相手をこうも好きになれるなんて。自然とため息をつく回数が増えていき、思わず胸まで押さえ込んでしまった。


「あんた、最近様子変よ? あんな苦しそうな顔して走るなんて、らしくないじゃない」


 及川が走り終わった俺にタオルを差し出す。走っている最中に思い出したのはみおの事だった。すかさずタオルに顔を埋める。なんだよこれ、涙が出そうだ。


「お水、隣に置いておくから。気分が悪いのなら、早めに保健室に行きなさいよ」


 及川に申し訳ないと思いながらも、俺はしばらくその場から動けずにいた。まだウオーミングアップが終わったばかりじゃないか。何でこんなに息切れしているんだよ、胸が苦しいんだよ。どうにもならない感情に苛立っていると、足音が近づいて来た。


「礼二君、大丈夫? 」


 美紀夫だ。俺はなんとか顔を持ち上げて、苦笑いをした。


「悪いな、心配かけて。ちょっと部活サボりすぎたかな? スタミナ落ちたなぁ」

「何言っているの、礼二君! 」美紀夫が声を潜めた。「……みおの事だろ? 」

「…………」


 俺は不貞腐れたようにそっぽを向いた。自分の心は単純に見透かされていたようだ。何だよ美紀夫の奴、自分からみおの話題を避けていた癖に。


「今更何だよ、忘れろって言ったのは、そっちだろ? 」

「だけど俺、礼二君の苦しい姿なんて見たくないよ」一瞬戸惑った顔を見せたが、覚悟を決めて真っ直ぐ俺の目を見た。「だから……だから、みおに説得してみる」


 美紀夫から思いもかけない言葉が出たので、俺は眉を潜めた。


「お前、反対していたじゃねぇか」

「う、うん……でも、このままじゃ礼二君が辛いだけだろ? 」


 確かに。会いたくて、もう一度お話したくてたまらなかった。ずっと気持ちがもやもやしていて歯がゆい。しかし、ここは美紀夫の話に縋りついてもいいのだろうか。


「でもお前、みおさんと仲が悪いんだろ? それに……美紀夫を利用するみたいで悪いじゃないか」


 ましてや同じ顔の女に惚れたのだ。美紀夫に気持ち悪がられても仕方のない立場にいるのに、当の本人は笑って答えた。


「利用じゃなくて協力と言って欲しいな。今日、みおに聞いてみるよ」


 そう言われて、みおが俺の事を話していたのを思い出した。


「ちょっと待て、変に聞き出すような事はするなよ。お前、俺の事スケベ野郎だって喋っただろ! 」

「えっ? さ、さあ、覚えてないなぁ」


 美紀夫の目が宙を泳ぐ。


「とぼけやがって! 」


 俺は立ち上がると美紀夫の頭を鷲掴みにする。


「い、いいかっ。友達としてだぞ! 変なこと喋ったらただじゃすまないからな」


 嬉しさを紛らわそうと、ついでに激しく振ってやった。


「わかったよ、わかったから揺するのだけは止めてよ! 」


 俺の行動に対し、美紀夫が嬉しそうに抵抗した。






 それから三日後の十一月二十一日午後九時二十三分、俺の携帯電話が鳴った。床に寝そべって漫画を読んでいた俺はその音で飛び起きると、慌てて携帯を開く。知らないアドレス表示からの、新着メッセージ。まさかと思い、俺は息を呑んでボタンを押した。


『 件名:みおです。

  本文:初めまして、久瀬みおです。弟の美紀夫から河村君の事聞きました。美紀夫とは部活まで一緒らしいですね。河村君が女の子のメル友が欲しいとの事で、私で良ければ話し相手になりますよ(笑) 』


 来た! ついにみおからのメールだ。俺は興奮しながらも、携帯の小さな画面を食い入るように見つめた。それはもう、一文一句を覚える勢いで。近くでゲームをしていた弟の考二が、俺の様子を変な目で見ようが気にしなかった。

 女の子のメル友が欲しい? 美紀夫の奴、また余計なこと喋ったんじゃないだろうな。俺は部屋の隅で縮こまりながら、慎重に返信メールを打った。


『 件名:河村礼二です。

  本文:メール、ありがとうございます。そうなんですよ、俺女の子の友達全然いなくて(泣) やらしい気持ちとか全然ないんで、俺の話し相手になってください 』


 待て待て、やらしくないアピールを自分からしてどうするんだ。逆に下心あるのばればれじゃないか。俺はクリアキーを何度か押してもう一度打ち込んだ。


『 件名:河村礼二です。

  本文:メール、ありがとうございます。やはり女性の気持ちを理解出来ないと恋愛は難しいと思い、美紀夫のお姉さんのみおさんにお願いした始末です 』


 何恋愛を語っているんだよ、俺! 自分の文章力の無さにイライラしながら、三十回以上は書き直したであろうか。結局普通に『メールありがとうございます』と『返信出来るときで結構ですのでお付き合いお願いします』とだけ本文に打ち、ようやく送信する。そのまま携帯を握りしめると、俺は心臓の鼓動を押さえつけるかのよう床に這いつくばった。こんなに緊張したメールは初めてだ。


「えらく返信に時間かけていたね。そんなに凄いチェーンメールでもきたの? 」


 考二が顔を上げてにやにやと俺の様子を伺う。あの表情は分かっているに違いない。というか自分の行動でばればれか。俺は照れながら考二に向き合った。


「何だよ、お前だって好きな子くらいいるだろ? 」

「いるよ。もう彼女だけど」

「何っ!? 」


 中学三年生の弟から衝撃の告白。あまりに突然だったので、開いた口が塞がらない。


「い、いつからだお前……いつからなんだ! 」

「いつからって、俺も先月くらいからだよ」考二が照れくさそうに眼鏡をかけ直す。「図書室で勉強していたら、解らない所を教えて欲しいって頼まれたんだ。それから一緒に帰るようになったんだよ」


 まさに夢見た制服下校デート。そう言えば上の兄貴も中学時代、自転車の後ろに女子生徒を乗せて川沿いの道を走っていた。あれも俺が夢見た『制服で自転車女子後ろ立ち乗り』ではないか。俺の中学時代はそんなドキドキワクワクするような、イベント事には一切遭遇出来なかったと言うのに。

 何で兄貴や弟ばかりがいい目に合うんだ。考二を腹いせにしめ上げていると、俺の携帯電話が鳴った。も、もう返信が来たのか! 慌てて孝二を突き放し、画面を開く。


『 件名:再びみおです。

  本文:わかりました、私も時間のある時に返信しますね。ところで礼二君は今何をしていたの? もしかしてもう寝る所だった? (汗) 』


 何をって、まさか弟を虐めていましたとは言えまい。俺は顔を赤らめながらも、明日はバイトが無いのをいいことに夜遅くまでメールを打ち込んだ。みおも俺の話に無理せず付き合ってくれ、合計二十二通、三時間以上俺たちはメールのやり取りをした。普段ならとっくに寝ている時間帯なのだが、今しがたみおとのメールを全てチェックするや否や、深夜零時を過ぎてようやく布団に潜り込む。駄目だ、興奮で目が冴えてとても寝られそうにもない。ついでにあそこもビンビンだった。俺は弟が起きないよう携帯電話を握り締めながらトイレに向かうと、そこに全てを吐き出した。


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