line10.高値の花
俺達の待ち合わせ場所は、常に駅の電車の最後列と自然に決まっていた。既に到着していた電車に乗り込むと、今日は座れなかったのか、美紀夫が扉にもたれかかっていた。
美紀夫の姿を確認した途端、突如胸が高鳴る。おいおい、落ち着けよ俺。顔は同じだが、あいつは美紀夫じゃないか。こんな事で緊張してどうするんだよ。自分の胸を軽く叩きつけると、自然に見えるよう手を上げた。
「……おっす、美紀夫」
美紀夫は俺の登場に少し驚き、慌ててイヤホンを外す。
「おはよう、礼二君。あれ? 今日はバイトじゃなかったの? 」
「早めに片付いたから一本前の電車に間に合ったんだ。お前こそ朝練はどうしたんだよ」
美紀夫は先月から俺と同じ陸上部に入った。美紀夫は走らせてみると意外に早く、短距離走の選手として部に所属したのだった。俺がバイトで朝練をサボっている事を知っているのも、美紀夫だけだ。テスト期間が終わったのだから、今日から朝練も再開するはずだった。
「あはは、実はアラーム時刻を変更するの忘れちゃって。テスト期間通りに起きちゃったんだ」
「嘘付け。どうせ携帯の電源切ってまで、朝方近くまでゲームしていたんだろ? どうして返信してこねーんだよ」
美紀夫が「あっ」と小さな声を上げて慌てて携帯電話を取り出す。画面は真っ暗だった。俺の表情を見て咄嗟に手を合わす。
「ごめんっ、本当にごめんっ! 礼二君の言うとおり、実はゲームで夜更ししていたんだ。邪魔されたくないから携帯の電源切っていたのを、すっかり忘れていたよ」急いでメールをチェックする。「昨日電話もしてくれていたんだ……ごめんね、本当に」
少し潤んだ瞳で許しを請う。美紀夫がわざと自分を避けていたのではない事実に、俺は安堵した。
「分かったよ。お前のゲーム好きは知っているから、もういいさ」
「本当にごめんね。それでメールにも書いてあったけど、聞きたいことって、何? 」
美紀夫が強ばった顔で構える。俺は美紀夫が双子だった事、それを今まで話してくれなかった事に多少なりともショックを受けていた。兄弟みたいな隠し事のない関係だと感じていたのは、実は俺の一方的な思い違いだったのか。美紀夫の表情に少し戸惑いながらも尋ねる。
「お前、実は双子なんだってな」
電車が時刻通りに発車して揺れる。美紀夫が一瞬視線を窓の外に移してから、渋々口を開いた。
「みおに……会ったんだね」
「ああ、昨日電車の中で偶然にな」
美紀夫が難しそうに眉を潜めたので、俺は茶化すように大きな手で頭を押さえ付けた。
「なんで今まで黙っていた。こら、美人なねーちゃんを俺に取られるとでも思ったか! 」
重い重いと美紀夫も大げさに喚く。
「言うタイミングがなかっただけだよっ! それにみおは……色々と難しいんだ」
「難しい? 」
ようやく手を退けてやると、美紀夫が乱れた髪の毛を直しながら呟く。
「その……みおは、男が嫌いなんだ」
「へ? 」
「本当は俺と同じG校に転入する予定だったんだけど、共学は絶対嫌だって。それでわざわざ寮に入ってまで女子校にいったんだよ」
「そ、そうだったのか」
俺は昨日みおさんの隣に座ってしまった事に罪悪感を覚えた。今になって思えば、強ばっていた表情も理解出来る。
「みおは止めといた方が良いよ。礼二君には勿体無いしね」
「な、何でだよ! 」
「みおは無理なんだ……礼二君が傷つくだけだと思うよ」
「おい! もう俺がふられる事前提かよ……そんなにみおさんは男が嫌いなのか? 」
「うん……何でも昔誘拐されそうになった事があって。ほら、同じ顔の俺が言うのもなんだけど、みおって可愛いだろ? まさか礼二君、みおに一目惚れしたなんて言わないでよね」
美紀夫の一言に、俺は思わず顔を赤くした。それを図星ととらえた美紀夫も何故か顔を赤らめる。
「む、無理なんだって、みおは。礼二君のタイプかもしれないけど、駄目なんだって」
「そ、そんな事言われてもなぁ」
俺は窓の外に目を向けた。海が見える。昨日みおが好きだと言っていた海が。
「みおよりも可愛い子はいるって。ね、みおの為にも考え直してよ」
考え直せと言われても、一度自分の中から湧いてしまった感情をなかった事には出来ない。しかしみおが男嫌いという助言と、この異常なまでの説得から、昔二人の間にひと悶着あったかのように思われた。
みおは確か自分は美紀夫に嫌われていると言っていた。同じ顔の自分にコンプレックスを抱いていると。俺は美紀夫の顔をまじまじと見つめてから、一先ここは納得しておこうと頷いた。
「分かった……忘れるように努力してみるよ」
「うん、そうしたほうがいいよ。お互いに」
それから俺たちは駅に着くまで一言も言葉を交わさなかった。美紀夫が何を思って反対したのか知らないが、どうやらみおは俺にとって高値の花らしい。あの容姿じゃ、誰がどう言っても納得出来る。所詮背が高いだけの雑草とは不釣合いだな。無意識に自分のごつくて大きな手の平を見つめた。




