Kapitel.46
悠翔は無我夢中で夏紀に飛びかかった。けれど、夏紀は暴れる。
そんな夏紀を呆然と見上げる真央に、沙紀は避難させた。
「ごめんね、ごめんね」
今にも泣きそうな沙紀に、真央は無理に笑って言う。
「良いの。大丈夫だから……」
「離してよ!あいつを殺さなきゃ、殺さなきゃいけないの!」
果物ナイフを振り回して悠翔から逃れようとする夏紀。
「夏紀!落ち着けって!」
「姉さん!もうやめてよ!」
悠翔や沙紀の声など聞かず、夏紀は暴れ続ける。
「悠翔……」
真央が泣きそうな声をあげた瞬間、夏紀が悠翔越しに真央をきつく睨んだ。
「そうやって媚び売って、彼を騙してるんでしょ!許さない、絶対に殺してやる!」
夏紀が衝動的に動かした果物ナイフが、何かを刺した。
その感覚に、夏紀は我に返る。
「ひっ」
悠翔が顔を覆いながらうずくまる。手を間から血が滴り落ちた。
「悠翔!」
真央が悠翔に駆け寄る。
「悠翔、悠翔……」
夏紀の手から果物ナイフが落ちて、沙紀が果物ナイフを夏紀から離す。血の付いたそれを洗面所へ持っていき、泣きながら血を洗い落とした。
「沙紀、タオルどこにあるのっ」
突然、真央が駆けてくる。沙紀は慌てて涙を拭い、棚から一気にタオルを引き抜いて真央に渡した。
真央は急いで悠翔の元へ行く。
沙紀から貰ったタオルを悠翔に渡すと、悠翔はタオルを左目にあてた。タオルは凄い勢いで血で染まる。新しいタオルに変えるも、それも同様に染まってゆく。
「もしかして……、眼を刺されたの?」
真央が恐る恐る呟く。
「大丈夫。大したことないよ」
そう言って笑う悠翔を見て、真央は強く唇を噛んで夏紀を睨んだ。
「だから言ったじゃない。あんたは自分しか見てないのよ。自分のことしか考えてないの!」
今にも飛びかかりそうな真央を悠翔が制した。
「ちょっと、無理しないでよ」
立ち上がろうとする悠翔を支えながら、真央は声をかける。
悠翔は左目をタオルで抑えたまま、夏紀に向かい合った。
「大丈夫だから心配しないで」
夏紀は俯いたまま何も言わない。そんな夏紀に構わず、悠翔は話を続ける。
「今日はさ、僕も夏紀に話があったんだ」
夏紀の頭が少しあがる。しかし、顔までは見えなかった。
「記憶のない僕を助けてくれてありがとう。どんな理由であれ、助けてくれたのは事実だから感謝してる」
悠翔が優しく言うと、夏紀は強く首を横に振る。一滴の涙がこぼれ落ちた。
「夏紀の想いも理解してるつもり。でも、ごめん。夏紀の気持ちに応えてやることはできない。夏紀の理想通りに愛せない。僕が愛してるのは真央以外にあり得ないから」
夏紀の肩が震え出す。
「真央は悪くない。だから、真央には手を出さないでくれ」
悠翔が強く言うと、夏紀は崩れ落ちた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
悠翔は振り返って、眼を赤くした真央に微笑んだ。