Kapitel.44
「じゃあ教えてもらおうかな」
悠翔が頷きながら言う。
「今日から始めよっか?」
「あ、いや」
真央の提案に、悠翔は首を振る。そして、頭を掻きながら言った。
「なんて言うか、悪いんだけど。今日用事ができたんだ」
「え」
真央の顔が強ばる。
「実はさ、これから夏紀に会って話してくることになったんだ」
悠翔は俯きながら言う。真央の視線を感じた。
「……そう」
「…驚かないの?」
「別に……。いつか話さなきゃいけないでしょ。早い方が私としては嬉しいし」
真央が冷静に言う。
「そっか……。ちゃんと、真央のことも話す」
「うん」
「真央のことが好きだって伝える」
「うん」
「だから…、ついてきてほしい」
「うん。……え?」
流れで頷いた真央は、眼をぱちくりさせて悠翔を見る。
「え。私は待ってるんじゃないの?」
「それが、夏紀が真央に会いたいって……」
「なんで!」
「………」
悠翔は黙って、真央に携帯を差し出した。
「これ、どうして真央を連れていくのかの答え」
そこにはただ短くシンプルに、あなたの彼女としてふさわしいか見極めてやるから、と書かれている。
「……なんか怖いんだけど」
「……きっと大丈夫」
悠翔は自分を言い聞かせるように言った。
「それに、僕としても来てほしいと思う。ちゃんと、僕の気持ちを聴いてほしいから」
聴かなくてもわかる、と言いかけた口を真央は噤み、静かに頷いた。
「わかった」
それから、二人で夏紀会いに行くと一樹に伝えると、一樹は無理に笑って見送ってくれた。
電車を揺られながら、真央は強く悠翔の腕を掴みなが呟いた。
「この電車には乗り慣れてるけど…、悠翔と乗ったら怖いよ。またあの事故が起こりそうで」
悠翔は、もう片方の手で真央の頭を撫でながら強く言う。
「大丈夫。今度は絶対に真央を守ってやるから」
しかし、真央はううんと首を振った。
「守ってもらわなくて良い。ただ、側にいてくれれば」
悠翔は胸が押しつぶされそうになった。ただ、頷くしかなかった。
待ち合わせは夏紀の家だった。意を決して悠翔がインターホンを鳴らすと、暫くして夏紀が出てきた。
悠翔と真央は、夏紀を見て驚く。
夏紀はすっかり痩せてしまっており、顔色も悪い。けれど、夏紀は無理に笑っていた。
「どうぞ」
夏紀は大きく扉を開け、二人を招き入れる。
悠翔がソファに座ると、真央はおどおどと隣に座る。夏紀は悠翔の正面に座った。
その時、沙紀の部屋から沙紀が現れた。二人を見て目を丸くする。
「……、え?」
悠翔は沙紀に向かって優しく微笑んだ。
何も聞かされてないらしい沙紀は、あわあわと動揺を隠せないでいるようだ。
「龍さんに真央?え、どういうこと?」
「私が呼んだの。彼、記憶が戻ったんだって」
夏紀は淡々と言う。沙紀は眼を見開いて悠翔を見た後、不安そうに夏紀を見る。
そして、諦めたように夏紀の隣に座った。
早速、と前置きして夏紀が悠翔に言う。
「じゃあ、本当の名前を教えてくれる?」
「…楠本悠翔」
悠翔の答えを聞くと、夏紀は反芻した。
「良い名前ね。ちなみにお隣さんは?」
「……吉岡真央です」
「真央ちゃんね。んで、二人は付き合ってるの?」
夏紀の表情にも、言葉にも、棘は一切ない。真央は少々拍子抜けした。
悠翔は、真央との関係を簡単に説明する。
「幼なじみで両想いか……。よくある話だけど、実際に見たのは初めてかもなぁ」
夏紀は眼を細めて窓の外を見た。沙紀は俯いたまま何も言わない。真央も顔を上げられなかった。
すると、夏紀が真央に向かって言った。
「実を言うと、今日は貴方に話があったのよ。良かったら二人でお話しないかしら」
微笑みながら言うが、真央はその眼に強い意志を感じた。悠翔が不安そうに真央を見るが、真央は真っ直ぐ夏紀を見たまま頷く。
「わかりました」
「え、でも……」
「大丈夫よ」
困ったような沙紀に、夏紀は微笑む。沙紀は何も言えず、ただ頷いた。
「さ、私の部屋へどうぞ」
夏紀は真央を誘導し、悠翔と沙紀は不安そうに二人の背中を見つめる。
夏紀の部屋の扉がぱたんと閉められた時、沙紀が溜息を吐いた。