Kapitel.40
「それからは順調だったよ。無事回復した」
秀が呟くように言う。
悠翔は俯いたままだったが、話が終わって顔をあげた。
「……ごめん。本当にごめん……」
「謝ったって、過去は消えないわ」
ぼそっと佑月が呟く。
秀が宥めるが、佑月は悠翔と顔を合わせようとしない。
「……一つ、質問があるの」
一樹と秀が肩を竦めていると、佑月が悠翔に言った。
「沙紀のお姉さんとはどういう関係なの?」
あっ、と、一樹と秀は声をあげる。悠翔は顔を歪めた。
「まさか、恋人だなんて言わないよね」
佑月が問い詰めるが、悠翔は俯いたまま何も言わない。強く唇を噛んでいた。
そんな悠翔に心の中で舌打ちをしてから、確かめるように訊く。
「沙紀が言ってたのよ。お姉さんには龍っていう彼氏がいるって。その彼に会うはずだったのに、来たのは楠本だった。ねぇ、どういうことなのかな?」
苛立ちを隠せない、と貧乏揺すりをする佑月に、悠翔は眼を伏せ話し始めた。
「気付いた時は病院にいたんだ。眼を覚ましたら夏紀がいて。彼女が言うに、僕は……」
そこで悠翔は言葉を噤んだ。
「……僕は、一人電車の外で倒れてたって」
「一人ってどういうこと?真央を置いてきたって言うの?」
悲鳴に近い声を出す佑月に、悠翔は小さく首を横に振る。
「わからない。けど、目が覚めた時には記憶がなくて。夏紀が……」
そこまで言うと、悠翔は眼を見開いた。
「夏紀が言ったんだ。僕は、夏紀の彼氏だって……」
呟くように言うと、早速佑月は悠翔に食らいつく。
「なっ……。どういうことよ!あいつ…っ」
悠翔も初めて認識し、焦点が合わないまま眼を見開いていた。そんな悠翔を見て、佑月は言葉をつぐむ。
沈黙が訪れると、秀が小さく呟いた。
「その夏紀って人も、悠翔のことが好きなんだろうな……。だから、記憶を失ったことを良いことに、新しい記憶を植え付けるつもりだったとか」
「そ、そんなの許せない!どうかしてるんじゃないの。だって……」
「やめろっ」
捲し立てようとする佑月を制して、悠翔が小さく叫んだ。三人とも驚いて悠翔を見る。悠翔は俯きながら言い訳をした。
「……ごめん。でも、夏紀は、仮にも僕を助けてくれた、命の恩人だから。そんな風に言わないで欲しい……」
秀と一樹は察して小さく頷くが、佑月は顎をつんとあげて言い放った。
「へぇ、そうやって彼女を守るんだ」
悠翔は傷ついたように顔をあげて佑月を見る。
秀が止めても、佑月は叫ぶように言った。
「真央のことあんなに傷付けたくせに!記憶を取り戻しても彼女の味方をするの!記憶さえ戻ったらって、あんたを信じたあたしが馬鹿だったよ!真央を傷付けるあんたのこと、絶対に許さない!」
言いたいことを言うと、佑月は家を出ていった。
「おいっ。ごめんな、悠翔」
後は頼む、と一樹に眼で伝え、走って佑月を追いかけていく秀を見送って、一樹は悠翔を見た。悠翔は唇を噛みながら俯き、強く握りしめた両手は小さく震えている。
「悠翔……」
一樹が口を開くと、悠翔は一樹を遮って言った。
「その通りだよな、僕は真央を傷付けた事実に変わりはない。だけど僕は何も出来なくて。松本が怒るのも無理ないよ」
「………」
「夏紀が僕に好意を寄せていることには気付いていた。すぐわかったよ。だから、あんなに愛されてるなら、本当に付き合ってたんだろうなって。自分を知っていて、更に自分を愛してくれる人がいてくれて、僕は安心してたんだ。真央の気持ちなんて知らずに、僕は……」
「悠翔だけが悪いわけじゃないよ。そこまで自分を責めないでくれ」
「でも」
「一つ、質問がある」
一樹は悠翔を真っ直ぐに見て問う。悠翔は仕方なく、と言った感じで一樹を見た。
「いつか、夏紀さんと姉ちゃん、どちらかを選ばなきゃいけないと思う。悠翔は、どっちを選ぶの?」
一樹の質問に悠翔は少し顔を歪める。
しかし、断言した。
「真央、に決まってる」
一樹が心なしかほっとしたような表情を見せる。
「確かに、夏紀には感謝してる。でも、僕が愛してるのは真央だよ」
悠翔の答えに、一樹は微笑んだ。
「安心したよ。姉ちゃんには悠翔が必要だから、姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
一樹が頭を下げる。悠翔は力強く頷いた。