Kapitel.36
知らせを聞いた秀と佑月は、急いで病院へと向かった。
「あ、あの、吉岡真央さんと楠本悠翔さんの病室は……」
息を整えながら、早口で言う。
暫くすると、受付の女性は困ったように言った。
「吉岡さんは2741号室です。楠本悠翔さん……という方はいらっしゃいませんが」
二人は顔を見合わせる。仕方なく女性にお礼を言って、真央のところへ行くことにした。
病院の中は騒がしく、人々の叫び声、泣き声などが響いており、大惨事を物語っていた。
途中、事故で家族を亡くした遺族を見た。医者に縋り、泣き喚く。医者は、静かに頭を下げて去っていった。
二人は何も出来ず、眼を逸らして真央の病室へと急ぐ。もしかしたら、と、二人の脳裏に嫌な考えがよぎった。
そんな考えを振り払うように、二人は早足で病室へ向かう。
「2741……。ここか」
秀が病室を覗く。
四人部屋で、どこもカーテンが閉まっていた。位置を確かめて、秀は佑月を見る。佑月は秀の後ろにくっついていた。
恐る恐るカーテンを開いて覗くと、一樹と眼が合った。一樹と、知らない男性がいる……。
「秀さん!来てくれたんですか」
一樹は席から立ち、二人を招き入れる。
「真央は……」
佑月が呟くと、一樹は悲しそうに真央を見た。
静かに眠っている。そんな真央を見て、佑月も秀も安心する。
「姉ちゃんは、幸い左足と右腕の骨折程度で済んだらしいです。命には別状はないって」
「良かった……」
佑月が真央の手を取り、溜息を吐く。緊張感が抜けた気がした。
「……えっと」
見知らぬ男性を見て困っている秀を察し、一樹がフォローする。
「あ、この人悠翔のお父さん」
秀と佑月は、和彦と会うのは初めてだった。二人は慌ててお辞儀をする。
「あ、えっと、高野秀です。これは松本佑月」
「話は聞いてるよ。悠翔も真央も一樹も、お世話になってるね」
和彦は微笑むが、一樹には無理をしているようにしか見えなかった。
和彦の科白を聞いて、佑月は思い出す。
そういえば、幼い頃に両親を失った真央たちにとって、楠本の両親は自分たちの両親みたいだって言ってたっけ。
「……悠翔は、どうしたんだ?」
秀は、ずっと気になっていたことを口にした。
すると、空気が変わった。一樹も和彦も、険しい顔になる。
「……え?」
その反応を見て、佑月は抜けてきた緊張感が一気に呼び戻された。
眼を伏せる和彦の代わりに、一樹はぼそぼそと話し始める。
「よく、わからないんだけど……。いないらしいんだ」
「……は?」
「僕にもわからないんです。けど、見つからないって……」
「それって……、行方不明ってことか?」
秀が思ったままのことを言うと、佑月が眼を見開いて秀を見る。
返事の代わりに、沈黙が訪れる。
「嘘……でしょ」
「携帯は!悠翔の携帯には繋がらないのか?」
秀が叫ぶように言うと、和彦がそっとベッドの上に携帯を置いた。それは、悠翔の持っていた携帯にそっくりで、あちこちに傷が見られる。
「車内に落ちていたそうだ。……もしもこれさえなかったら、悠翔は事故に巻き込まれてない、とも考えられたのにな」
確か、悠翔はいつもズボンの後ろポケットにいつも携帯を突っ込んでたな……。事故の拍子にでも落としたのか……。
秀は、携帯を見つめながら思う。
「……見つからないって、遺体も見つかってないってことか」
秀が呟くと、一樹は静かに頷いた。
丁度夏休みの始めだった為、一樹や秀、佑月は毎日のように病院へと向かった。悠翔の母親である美波も、毎日仕事前に病室へ足を運ぶ。
真央が意識を取り戻したのは、事故から約一週間後だった。
眼が覚めて、真っ先に見たものは真っ白な天井だった。
ここは……どこ。
ゆっくりと眼を開ける。カーテンから差し込む光が眩しかった。
「真央!」
佑月が悲鳴に近い声をあげる。同時に、秀と一樹が真央を見た。
「姉ちゃん!」
「……ここは」
「病院だよ」
「俺、先生呼んできます」
一樹が急いで病室から出ていく。
真央は暫く頭が働かず、一樹や佑月が何を言っても上の空だった。
一樹が連れてきた、担当医である笹野からもう大丈夫だと言われ、三人はただただ安心する。
笹野が去ってから三分程立って、真央は飛び起きた。
「悠翔は!」
三人の表情が一瞬にして変わったことに、真央が気付かないわけがなかった。
「……悠、翔は、どこ……」
佑月が眼を伏せる。
「……何よ。何があったって言うの?」
真央が震えた声で訊くが、誰も答えない。真央は眼を見開いた。
悠翔は死んだのだと、嫌な想像をしてしまう。
「ねぇ、一樹。答えて、悠翔はどこなの?」
一樹は口を開くも、声にならない。行方不明、だなんて言って、真央がどれだけ傷付くかなんて想像出来なかった。
「…行方不明らしい」
秀が呟く。
真央の動きが止まった。
「……え?」
「居場所が掴めないんだって」
「何……それ」
「俺にもわかんないよ…」
呆然とする真央に、一樹も首を振る。
「……それって、要するに」
真央が整理するように言う。
「…私の傍に、悠翔がいないってこと?」
一樹は俯き、秀も眼を伏せた。
嘘でも、違うとは言えなかった。
一瞬にして、真央の生きる世界に色が消えた気がした。