Kapitel.35
真央は、ふと眼を覚ました。
あぁ、また寝てたんだ……。
時計を見ると、六時近くだった。
大きく欠伸をして、部屋に悠翔がいないことに気付く。
ゆっくりとベッドから降りて、真央は体が重いのにも気付いた。試しに熱を計ってみると、三十七度五分。
やば、明日学校行けるかな……。
ふらつく足で部屋を出る。すると、リビングから怒鳴り声が聞こえた。
「お前、ふざけんなよ!」
あれ、この声って……。
「悠翔はてめーだろ!なんで思い出せねぇんだよ!」
真央は、一瞬にして顔面蒼白になった。
この声、秀だ……。そして、怒鳴っている相手は……。
「お前知ってんのかよ!お前が行方不明になって、真央がどれだけ傷付いたか」
駄目、駄目……。やめて……っ。
急ぐ思いで階段を降り、リビングへ駆け込む。真央がリビングに入っても、二人は気付かない。
秀が悠翔の胸ぐらを掴んでいる。
秀の科白に、悠翔は言葉を失った。突然突きつけられた事実に混乱していた。
「おい、聞いてんのかよ。あいつはなぁ、お前がいなくなって、自殺までしようとしたんだよ!」
真央が声にならない叫びを上げる。
真央は無我夢中で駆け寄り、悠翔を掴んでいた秀の手を強引に放し、秀を悠翔から遠ざけた。
「お願いだから、やめて。お願い……っ」
秀にすがりつくように真央は叫ぶ。
悠翔は放心状態で座り込む。真央の泣き声が、ただただ響いていた。
そうだ、そうだった。
悠翔は僕だ。僕はあの日、真央と遊園地に行ったんだ。そして、帰りの電車が脱線事故を起こして……。
そうだ、そうだった。僕は、真央になんてことをしてしまったんだ……。
悔やんでも悔やみきれない思いが、悠翔を駆り立てる。
くそっ、くそっ!
真央だけじゃない。秀や一樹や、佑月にも……。僕は、僕はっ……!
「……ごめん…」
悠翔は小さく呟く。
真央を見ると、赤く充血した眼が悠翔を覗いていた。
「……全て、思い出したよ」
悠翔の科白に、秀と真央は顔を見合わせる。
「真央、手足……」
「え?」
「骨折とか、してなかった?」
「……してたけど、もう治ったよ」
真央が鼻を啜りながら答えると、悠翔は心底安心したような顔をした。
それから暫くして、一樹と佑月もリビングに集まった。これで、リビングには悠翔、真央、秀、一樹、佑月の五人がいることになる。
真央は、だるいのにも関わらず平然を装う。
集まったところで、悠翔はみんなに頭を下げた。
「迷惑かけてごめんなさい!」
「悠翔……。本当に全て思い出したの?」
一樹が恐る恐る訪ねる。悠翔はそんな一樹を見て、優しく微笑み頷いた。
「嘘じゃないでしょうね」
佑月が刺々しく言う。そんな佑月にも、悲しそうに微笑み頷いた。すると、佑月は俯きながら低い声で言った。
「……一発ぶん殴らせて」
みんなが一斉に佑月を見る。そんな視線を気にも止めず、佑月は真っ直ぐに悠翔を見ていた。
「おい、佑月」
小声で秀が注意するが、そんな秀にさえ佑月は睨みつける。
「秀は許せるの?真央の前から姿を消しただけでも真央は苦しんだってのに!そんで、次は記憶喪失。どれだけ真央を傷付けるっていうのよ!」
佑月の科白に、悠翔は眼を見開いて俯く。
「それだって、悠翔が望んだんじゃないだろ」
「わ、わかってるけど!でも、楠本は何も知らないのよ。あの事故以来、真央が……」
「佑月」
叫ぶ佑月を遮って、真央が落ち着いた声で言い聞かせる。
「良いの、もう良いのよ」
佑月は強く唇を噛んだ。
……っ、悔しい!真央がどれだけ苦しんだかも知らないで……っ!
「真央……」悠翔がそっと呟く。「だるいなら、寝てた方が良いよ」
「え?」
「安静にしてた方が良い」
「はは、ばれたか」
隠しきれないと判断して、真央はさっさと降参する。
「やっぱり、悠翔なんだね」
立ち上がるの真央を一樹が支え、そのまま部屋まで連れていった。悠翔はそんな真央を静かに見つめ、姿が消えると眼を伏せた。
一樹が帰ってきたのを見て、悠翔は秀に向かって口を開く。
「……真央が自殺しようとしたのって本当なの?」
事情の知らない佑月と一樹に驚きが見える。そんな二人に自分が教えたと伝え、秀は頷いた。
一樹は、悠翔が丁寧語を使っていないのに、密かに安心する。
「……詳しく、教えてくれる?」
悠翔の申し出に、秀と佑月と一樹は顔を見合わせる。秀と一樹が頷くと、佑月はそっぽを向いた。