Kapitel.32
「真央、大丈夫かなぁ」
電車に揺られながら、佑月は不安そうに言う。
悠翔が来るとも知らない佑月に、秀は襤褸が出ないように一つ一つ言葉を選んで答えていた。
「まぁ、大丈夫だろ。本人もだるそうだったし、流石に寝てる……と信じたいな」
「……あのさぁ、一つ疑問があるんだよ」
佑月が、呟くよう宙に眼を泳がせながら口を開く。
「ん?」
「なんで、楠本は何も思い出さないんだろう」
「は?そりゃ記憶喪失だからだろ」
佑月の科白に、秀は眉を顰める。そんな秀の返事に、佑月も眉を顰めた。
「そうじゃなくて。ほら、ドラマなんかじゃ、ふとしたことで記憶を取り戻したりするじゃない。だけど、楠本は全く思い出せないんでしょ」
「あぁ…。そういうことか……」
確かに、そう言われればそんな気がする。
「だって、楠本にとってもあの丘は思い出が沢山詰まった場所なわけで。そんな場所に行ったら、ちょっとくらい思い出しそうじゃない」
「そう…だなぁ」
「あたしが楠本と会った時のこと、覚えてる?」
佑月が秀の顔を覗き込んで訊く。秀が頷くと、佑月は考え込むように口を開いた。
「真央が家から出ていった時、楠本の奴、凄い勢いで真央のこと追いかけたんだよ。あれは絶対真央のこと覚えてるって感じだった。あたしが追いかけるよりも早く動いてたんだもん」
「本能、ってヤツなんだろうなぁ」
秀が呟く。佑月には聞こえてないようだった。
「でもさ、やっぱ相手が悠翔じゃあ何考えてるかわかんねぇけど。嘘は吐いてないと思うぞ。記憶が戻ったのに、戻ってないなんて嘘吐く必要ねぇし」
「そりゃそうよ!嘘吐いてたってわかったら、ぶん殴ってやるわ」
佑月が秀に噛みつき、強く拳を握る。この調子だと、本気で殴りそうだ。
佑月は、大きく深呼吸をしてから静かに言う。
「……なんていうかさ。あたしもよくわからんけど。もしかしたら、記憶を失ったきっかけってのに、その原因があるんじゃないかなって」
「……つまり、あの事故で何かしらあって、あいつは記憶を失い、今でも思い出せないって言うのか?」
「わかんないけど、もしかしたらって……。ほら、よくあるじゃん。嫌な思い出が良い思い出を封印してた、みたいな」
佑月が、口を尖らせて言う。
「…なるほど。確かに一理あるのかもしれないな」
秀の科白に、佑月はぱっと顔を上げる。しかし、続く秀の呟きのような言葉に、佑月は俯いた。
「けど……、例えそうだったとして、俺らに何が出来るんだろうな」
俺らに何が出来るんだろうな。
秀の言葉が頭の中で反響する。
あたしに、何が出来るんだろう……。何か、出来ることがあるのかな……。
佑月は、強く両手を握った。
そんな佑月を片目で見て、秀は思った。
本当に……、俺に、何が出来るんだろう。悠翔は、真央と話しても思い出せなかったんだ。俺と会って思い出す可能性は限りなく低いだろう。……今日悠翔と会って、ちょっと探ってみようか。どれくらい記憶がないのかも。