Kapitel.31
七時四十五分。家のインターホンが鳴った。
一樹は驚いて無意識のうちに時計を見ていた。
……、悠翔さんか。
玄関の扉を開けると、案の定、そこに立っていたのは悠翔だった。
「あ、早かったですか」
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞ」
一樹は悠翔を招き入れる。
「あ、これ……。昨日貸していただいた傘と服です。ありがとうございました」
そう言いながら、傘と紙袋に入った服を渡す。一樹が受け取ると、安心したように笑った。
「真央さんは……」
悠翔は、リビングに入ってからさりげなく辺りを見回す。
無意識のうちに、真央を探していた。
「部屋です。もう起きてますよ」
今にも真央に会いたそうな悠翔に、一樹は小さく肩を竦めた。
「けど、動くのが辛いみたいなんで。熱もありますから、今日は一日安静にさせておいて下さい」
「あ、はい」
それから簡単に物の配置などを教え、一樹はちょっと早いが学校へ行くことにした。
「姉ちゃんの部屋へ案内しますよ」
そう言うと、悠翔は敏感に反応した。
階段を上がりながら、一樹は思い出したように言う。
「あぁ。姉ちゃんの部屋以外は開けないで下さい」
「へ。あ、わかりました」
悠翔が頷くのを見て、一樹は真央の部屋の扉を開けた。
「姉ちゃん……」
一樹の言葉に、布団に被っていた真央はそっと布団から顔を覗かせる。
悠翔は入って良いのか迷い、廊下に佇んでいた。
一樹が悠翔を見る。そして、部屋に入るよう合図した。
悠翔は恐る恐る部屋を覗く。
すると、真央は睨むように悠翔を見て、ふいっと布団に潜り込んだ。
「………」
そんな真央の行動に、悠翔は息を飲んだ。
自業自得、と肩を落とす悠翔に、一樹はぽんぽんと肩を叩く。
「じゃあ姉ちゃん、俺学校行ってくるからね」
一樹が言うと、ゆっくりと布団の中から真央の手が出てきて、手を振った。
一樹は悠翔に合図し、真央の部屋から出ていく。
一樹とすれ違いに部屋に入ってきたのは、重い沈黙だった。
…何、この状況……。つか、僕っていても良いのだろうか。真央は寝てるべきであって、僕と話してる時間はないんだし……。
真央を見ると、布団越しの背中からは、何も感じられなかった。
……僕は、何をしているんだろう。
ぼーっと突っ立っていると、体が勝手に動き、真央の寝ているベッドに座った。
真央が驚いたように悠翔を見る。
「何をして…っ」
悲鳴に近い声を出すと、真央はいきなり咳込んだ。悠翔は慌てて真央の背中をさする。
ふと、懐かしい感じがした。
真央が、ふう、と自分を落ち着かせる。そして、再び悠翔を見た。
「……何してんの」
「看病しようと思って」
「そんなの良いよ。寝てりゃ治る」
真央は眼を伏せた。素直になれない自分に、少し腹立たしい気分になる。
甘えたい。もしもこの人が悠翔なら、甘えたいのに……。
悠翔はそんな真央の考えも知らず、そっと真央の髪に触れた。
真央は、悠翔を見る。
……駄目。この人は、悠翔じゃないんだから。
「……一緒にいない方が良いよ」
真央は素っ気なく言う。
「一緒にいたら、風邪うつしちゃうし」
真央の科白に、悠翔は優しく微笑んだ。
「うつして下さい」
「は?」
「原因は、僕にあるわけですから」
「……馬鹿」
真央は、枕に顔を埋めた。