表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/51

Kapitel.29


「姉ちゃん、大丈夫かな」

 一樹は強くなった雨を眺めながら呟く。

 真央が出ていって、一時間近く経った。携帯に電話をしてみたが、生憎部屋に置きっぱなしだった。

 一樹が溜息を吐いた時、家のインターホンが鳴った。

「姉ちゃん!」

 携帯を忘れるくらいだから、鍵を忘れてもおかしくない。一樹は走って玄関へ行き、勢い良くドアを開けて、

「……え、えぇええええ」

 大声を出した。

 そこには、雨に濡れてびしょびしょになった真央を、同じく雨に濡れてびしょびしょになった悠翔がおぶっていた。

 なんとなく状況を把握した一樹は、大至急沢山のタオルと着替えを持ってきた。

 まず、真央を降ろし悠翔にタオルを差し出す。

「これで拭いて下さい」

「あ、はい……」

 素直にタオルを受け取るが、悠翔も真央が心配で仕方がない。

 一樹が真央を軽く拭きながら呼ぶ。

「姉ちゃん、起きて!姉ちゃん!」

 すると、真央はゆっくり瞼を開けた。

「姉ちゃん、大丈夫?家に着いたよ、安心して」

 一樹が言い聞かせるように言うと、真央は小さく頷いた。

「まず、これ。タオル渡すから、自分の身体拭いて。着替え持ってくるから、自分で着替えて」

 洗面所は玄関から入ってすぐ右にある。真央に着替えを渡し、一樹は洗面所の扉を閉めた。

「……ちゃんと拭いて下さい」

 閉められた扉をじっと見る悠翔に、一樹が半ば呆れたように言う。

「へ、あぁ、すいません」

 一樹に言われて我に返ったように悠翔は返事をした。

 そんな悠翔を、一樹は信じられないように見る。

 この人は、誰だ。

 話に聞いていても、実際に記憶のない悠翔を見るとショックを受けてしまう。悠翔は、一樹のことは全く覚えていないようだった。



 突然、洗面所の扉が開いた。一樹と悠翔は驚いて見る。そこには、無理に笑った真央がいた。

「姉ちゃん、大丈夫なの?」

 一樹はとっさに真央を支える。

「大丈夫だよ。ちょっとくらくらするくらいだから」

 一樹の質問に、真央はゆっくりと答えた。一樹は大丈夫じゃないと判断する。

「とにかく寝よう。姉ちゃん絶対熱あるよ」

 そう言って真央を部屋に誘導する。

「あー、タオルそこに置きっぱな……」

 真央が振り向きながら言うと、一樹は強い口調で遮った。

「そんなことは良いから寝て。明日学校でしょ」

「………」

 真央は素直に階段を上がる。ふと真央は振り返って、不安そうに佇んでいる悠翔に笑いかけた。



「あの、貴方も僕のことを知ってるのですか?」

 一樹に貸してもらった服を身に纏い、リビングへ案内された悠翔は、恐る恐る口を開いた。

 一樹は悠翔にお茶を出し、悠翔の真正面に座りながら返答の代わりに訊く。

「……僕のこと、覚えてないんですか」

「……ごめんなさい」

「謝ることじゃないですよ、きっと、仕方ないんです……」

 一樹は呟くように言って、お茶を一口飲んだ。

「僕は吉岡一樹、真央の弟です」

「あ、えっと。僕は……山野龍です」

 自己紹介をしようとして、悠翔は一瞬躊躇う。

 一樹は悠翔の科白に眉を顰めた。

「……姉の方からどれだけ聞いてるんですか」

「えっと、幼なじみだったということくらいしか……」

 付き合っていた、なんて思ってもないのかなぁ。

 一樹はつい溜息を吐いてしまう。

「一樹……さんも、僕とは幼なじみになるということですよね」

「……そういうことになりますね」

 悠翔にさん付けで呼ばれ、なおかつ丁寧語で話されるというのは、なんとも違和感を感じる。

「あの、僕のことを教えてください」

 一樹が肩を落としていると、悠翔が身を乗り出すような勢いで言った。一樹は、あまりの強い口調にあっけにとられてしまう。

「……え」

「……知りたいんです、自分のことを。けど、真央さんは何も教えてくれないし……。自分でもちっとも思い出せそうもなくて……」

「姉が何も言わないのなら、僕からは何一ついえませんよ」

 ごにょごにょ言う悠翔に、一樹ははっきりと言い払った。

「自分で思い出してくれないと、意味がないのです」

 そう悠翔に言い聞かせる一樹。

 悠翔は肩を落とした。

 そのあまりにも可哀想な悠翔の姿に、一樹はつい同情してしまう。

 確かに、記憶を失うというのは辛いことだろうなぁ……。

「……じゃあ、ちょっとだけ……」

 一樹が呟くように言うと、悠翔は勢い良く食いついてきた。

「……姉ちゃんにとって、貴方はとても大切な人ですよ」

 悠翔は眼を見開いた。

 とてもって、どれくらいだろう。悠翔以上、なのかな……。

「僕に言えるのはもう……」

「あ、ちょっとだけ。というか、あと一つだけ訊きたいことがっ」

 口を噤もうとする一樹に、悠翔は慌てて言う。

「あの、悠翔、という人を知ってますか」

 悠翔の科白に、今度は一樹が眼を見開き、悠翔を凝視した。

 そんな一樹を見て、悠翔はピンとくる。

 知ってるんだ……。

「どんな人なんでしょう。あの、今はどこに……」

 今訊かなければ、と思った。

 悠翔は慌ててまくし立てる。

 一樹は辛そうに眼を伏せた。

 そんな一樹を見て、悠翔は自分の考えに確信が持てた気がした。

 ……やはり、悠翔はもう……。

 そんな悠翔の考えも知らず、一樹は一生懸命に笑顔を作って言う。

「……凄く、良い人ですよ」

 本当は、悠翔と真央が付き合っていたのかも訊きたかった。けれど、なんとなく、もう何も訊けない空気が漂っているのを感じた為、悠翔は仕方なく口を噤む。

 話を変えるように、一樹は明るく言った。

「もう帰った方が良いんじゃないんですか?」

「へ。あぁ、そう……ですよね……」

 そうは言うも、悠翔は天井を見上げて帰ろうとしない。真央が心配なのだ。

「……あっ」

 暫く天井を見上げてると、悠翔が唐突に声をあげた。

 一樹は驚いて悠翔を見る。

「熱、あるんですよね」

「へ。あぁ、はい」

 突然希望が持てた、なんて顔をしている悠翔に訊かれ、一樹は不意を突かれる。

「明日までに下がりますかね」

「いやぁ、下がったとしても安静にしてた方が……」

「明日、学校あるんですよね」

「けど、休むしかないでしょう。まぁ、本人は行く気満々でしょうけど」

「貴方も、学校ですよね」

「まぁ。でも、僕がいなくなったら看病する人がいませんから……」

「僕にやらせて下さい!」

「え?」

 悠翔が勢い良く立ち上がって、身を乗り出しながら叫ぶように言った。

「僕学校に行ってないんです。だから、時間はあります」

「え、けど……」

「お願いします!」

 一樹が迷っていると、悠翔は頭を下げた。

 悠翔の行動に、一樹はただただ驚かせられる。

「……わかり、ました」

 一樹は、悠翔に負けて承諾した。

 悠翔の顔が晴れる。

「じゃあ、明日の朝、八時前に来て下さい」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ