Kapitel.2
授業と言っても最初は中学校の復習問題で、テスト形式だった。入試とは別に個人個人のレベルを見るらしい。
まだ始まったばかりだというのに、真央の前では佑月の背中が無理だと言っている。
そんな佑月を見て、真央が溜息を吐いた時だった。
「あっ」
声の主は、真央の隣の席の中橋沙紀という子だった。
テストということで隣を見ることは出来ないから、真央は眼だけを彼女へ向ける。
「やっば、けしごむ忘れた」
沙紀は顔を引き攣ったままそう呟いた。
真央は自分の筆記用具の中からもう一つのけしごむを取り出し、前にいる先生の目を盗んで沙紀の机へとけしごむを投げた。
沙紀が驚いたように真央を凝視する。
真央は一瞬笑って、すぐに眼を逸らした。
隣で、沙紀が小声でありがとうと言ったのがわかった。そんな沙紀を見ずに、真央は小さく頷いた。
「ありがとうございました!」
授業が終わると同時に、沙紀が立ち上がって勢い良く真央に頭を下げた。
「え、あぁ。別に気にしないで」
真央はそう言って沙紀に微笑む。
「いや、本当に助かったから。もう、一時はどうなるかと……。あ、けしごむ返すね」
「いいよ、私二つ持ってるし。それにまだ授業あるでしょ」
「本当!」
真央の科白に、沙紀の眼が輝く。
「うん」
「ありがとー!あぁ、本当に良かったぁ」
「けしごむ貸したの?」
会話が落ち着くのを待って、佑月が真央に訊いた。
「うん、なんか困ってたから」
「不正行為だな」
秀がぼそっと呟く。
「良いじゃないの!困った時はお互い様でしょ」
「ねぇねぇ、名前なんて言うの?」
佑月が興味津々と沙紀に訊いた。そんな佑月に、秀が突っかかる。
「昨日自己紹介してたじゃねーか。覚えてないのかよ」
「あらなぁに。あんたは覚えてるっての」
「中橋、だろ」
秀が沙紀に訊く。沙紀は驚いて、秀を見てから我に返ったように頷いた。
「名前は沙紀さん、だよね」
真央も秀に続いて沙紀に訊く。
「あ、あたし松本佑月。よろしくねー」
そう言って沙紀に手を差し出す。
「こちらこそ」
沙紀は、差し出された手を握った。
そんな光景を、真央は微笑みながら見ているだけで、秀は興味ないとでも言いたそうに席を立った。そんな二人を、信じられないというように交互に見る佑月。そして、残った真央に言う。
「ほらほら、自己紹介は!」
「え、私は良いよー」
真央はそう言ってさらりと流す。
「何が良いの!」
「まぁまぁまぁ」
今にも真央に噛み付きそうな佑月を宥め、沙紀は真央に言った。
「吉岡真央ちゃんだよね」
「うん」
真央が大して驚いたように見せず微笑んでるのに対して、佑月は呆然としていた。
「なんでなんで!」
「自分の周りの席の人くらい、自己紹介の時に注意して聞いておくものだよねー」
「ねー」
「なんと!そういうものなのか!」
「面白い子だね、松本さんて」
「あ、佑月って呼んでよ!せっかく席も近いんだしさ」
そんな佑月に沙紀は微笑んだ。
「二人はどうしてここの高校にしたの?」
駅のホームで沙紀は二人に尋ねる。
三人とも電車通学だったが、沙紀は真央や佑月と反対だった。
「ほら、ここって勉強にも部活にも力を入れてるでしょ」
「じゃあ私と一緒!私もそれでここを選んだの」
真央が答えると、沙紀が嬉しそうに言う。
「なんか親近感!」
「だね」
「佑月はどうなの?」
「えっ」
沙紀に訊かれ、佑月は固まった。
「あ、真央と一緒の高校が良かったとかかな」
「まぁ、うん。そんな感じ」
佑月は曖昧に流そうとする。真央は微笑んだまま。
「えー。何、その曖昧な返事!超気になるんだけど!真央知ってる?」
「知ってても私は何も言えないなぁ。本人が言わない限りさ」
沙紀に訊かれ、真央は済まなそうに言う。そんな真央に、沙紀は不満そうな顔をした。
「ごめんねぇ、真央ってこういう子だから」
「って、佑月が言えば良いのよ!」
「えーっ」
「ねぇ、なんなの?」
沙紀に急かされ、佑月が困ったように真央を見る。真央も、困ったように肩を竦めた。
「……、絶対誰にも言わないって約束出来る?」
「うん、勿論!」
「実は、さ……。あー、駄目。真央から言って」
佑月が恥ずかしいと顔を隠す。
「え、私知らないけど」
「え!」
「私は、てっきり私と同じ高校に行きたいからかと思ってたけど」
真央が首を傾げながら言う。
佑月は呆然と真央を凝視するが、すぐに思い出したように言った。
「あっ、そう……」
「え、真央知らないの?」
「知ってるって言った?」
「え、だって……」
「私は、知ってても私は何も言えないって言っただけだよ」
「……もう!ややこしい言い方しないでよ!」
「間違ったことは言ってないじゃないか」
「え、でもさ、気にならない?絶対何かあるって」
沙紀が、真央に同意を求めるように言う。けれど、真央は一向に興味を示さなかった。
「別に。本人が言いたくなさそうだし、無理して聞き出す必要はないでしょ」
「なんでそんなこと言えるのよー。気にならないわけ」
「え、うん。全然」
「真央ってねー、他人に全く興味ないのよ。つまらない子だよね」
佑月が苦笑しながら言う。
「ま、良いじゃない」
真央が言うと、丁度電車が来た。沙紀が乗る電車だ。
電車が来てしまった為に、沙紀は渋々電車に乗る。
電車がホームから消えると、真央の顔から笑顔が消えていた。
「……嫌い、ですか」
「嫌い」
暫くして、佑月が真央に質問する。すると、真央は即答した。
「ですよねー」
真央の答えに佑月が納得する。
「あの子とは合わないわ」
「だと思った。にしても、真央もよくやるよね」
「ん、何が」
真央が佑月を見て訊く。
「さっき。いきなりで吃驚しちゃったよ」
「あぁ、あれね」
真央が、昔の話だと言いたいのかのように眼を細めた。
「だって、言いたくなかったでしょ」
「いやぁ、まぁ……」
佑月が言葉を濁す。
「言いたくないものは言わなくて良いと思うけど」
「まぁね。でも流れってあるじゃん。あれは言う流れだったよ」
「そんなの知らね。大体ね、初対面の人にそう簡単に心を開いちゃ駄目だよ」
「そんなこと言われてもー……。流れが……」
「もう、そんなんに流されてどうするの。あのね、表はあんなんだったけど、裏では何してるかわからないんだから。流れに身を任せて言って、誰かに言いふらされるかもしれないよ」
「そんな酷いかなぁ」
「裏なんてわからないって」
「そうだけど……」
「でも、言いたくはないんでしょ」
真央に訊かれ、佑月は黙り込む。それは、肯定の返事だった。
「言いたくないもんは言わなくいいの」
「真央のそういう性格とああいう度胸は本当にすごいと思うわ」
そういう佑月の科白に、真央は複雑な顔をしながら微笑んだ。




