Kapitel.28
思い出してくれないのね。
真央は、強くなった雨に打たれながら思った。
もう、あの子は悠翔じゃない。私の大好きな悠翔じゃない。私の大好きな悠翔は、もういないんだ。
雨と一緒に、涙が落ちる。
馬鹿だな、私。
悠翔はもういないって、わかってたのに。二年も行方が掴めなくって、諦めてたのに。
記憶なんて、簡単に思い出してくれると思ってた。ちょっとした出来事で全てを思い出すようなアニメやドラマを、沢山見てきたから。だから、すぐに思い出してくれるって。
私は、愚かだったんだ。そんな簡単じゃないなんて、今更気付くなんてね。ねぇ、神様。私、もう疲れたよ……。
真央は、石に凭れながらそっと眼を閉じた。
悠翔はただ走った。雨も何も気にしない。ただ走って、森の出口が見えて立ち止まった。
雨が強く叩きつけてくる。
悠翔は黒く染まっているように見える空を眺めた。まるで、自分の心のようだ。
雨は、悠翔の涙を奪って流れてゆく。
真央の酷く傷付いたような顔が、頭から離れない。
なんてことを言ってしまったんだ。真央の気持ちも察してあげるべきだったのに。なのに、僕は自分のことばかり……。
けれど、本心でもあった。
僕を見てほしい。僕を、悠翔の代わりにしないでほしい……。
雨に打たれたまま悠翔は眼を閉じる。
雨と一緒に、この悲しみも流れてしまえば良いのにな……。
どれくらい経ったかはわからない。
悠翔は走ってきた道を振り返る。
……真央は、どうした?
出入り口はここだけのはずだから、会っていないということは、真央はまだこの森の中にいるということ。この雨の中だ。視界も悪いし、地面もぬかるんでいる。それに何より、真央は今風邪を引いているのだ。雨も強く降り続いているのに、外にいたら……。
悠翔は、丘を目指して走ってきた道を逆走した。
「真央っ」
真央は石に凭れていた。雨は容赦なく真央を叩きつけている。
悠翔は真央を抱き起こした。
「………っ」
真央は完全に冷えている。
「真央、真央っ」
力強く揺すりながら名前を呼ぶ。しかし、真央はなんの反応も示さない。
悠翔は、一瞬頭の中が真っ白になった。
「……嘘、だよな」
ふと思いついて脈を計ってみる。その時。
「……悠…翔」
真央の口から、今にも消えそうな声が聞こえてきた。
「大丈夫かっ」
「……ごめん、ね。ごめん……」
悠翔を見て、真央は泣きながら謝る。そんな真央に、悠翔は首を振った。
「僕が悪いんだ。ごめん、本当に……」
泣きそうになるのをぐっと堪えて、悠翔は顔を上げた。
「真央、立てるか?」
悠翔は真央を支えるようにして、石の上に座らせる。そして真央をおぶってやると、真央は恥ずかしそうに言った。
「え……、駄目、重い、から……」
「馬鹿、この状況で何言ってるんだ」
悠翔は一歩、歩を進めた。
森を出て、悠翔は迷った。
真央の家はどこだろう。
そんな悠翔を察して、真央は家の方角を指す。
「こっち……」
「あ、ありが……」
悠翔が言う途中に、指した真央の手が、だらりと落ちた。
やばい。
悠翔は真央が示した方へ歩き出す。
なるべく早く、早く……。
歩いていると、交差点にぶつかった。悠翔は迷うことなく右へ曲がる。
悠翔は無我夢中で歩いて、一軒の家に辿り着いた。