Kapitel.26
やっぱ会わない方が良いのかもしれないな……。
家に帰り、悠翔は思った。
自分と会うと、真央は必ず悲しい顔をする。自分と似てる悠翔を思い出してしまうのかもしれない。
だったら、会わない方がいいだろう。
悠翔はそっと眼を閉じ、唇を噛んだ。
その時、悠翔の携帯にメールが届いた。悠翔は真央かと思い、勢い良く携帯を開く。
送り主と内容を見て、悠翔は眼を伏せた。
「……待たせてごめんなさい」
悠翔が約束の場所に行くと、既に夏紀は待っていた。
「ううん。来てくれただけで良い」
そう言って夏紀は微笑む。
今日の夏紀は、やけに大人っぽかった。いつもの夏紀とは全く違う。一目で、勝負に出たのだとわかった。
昨日、メールの送り主は夏紀だった。内容はデートがしたいとのこと。真央のことを忘れたいのもあって、悠翔はそれを承諾したのだ。
「今日は思いっきり楽しもうね」
夏紀はそう言うと、悠翔の腕に自分の腕を絡ませる。悠翔は曖昧に笑った。
どうも宜しくない。どうしてか夏紀といても楽しいと思えない。むしろ、罪悪感が残ってしまう。真央のことが頭から離れず、つい上の空になってしまっていた。
そんな悠翔に気づいていたものの、夏紀はわざと元気良く振る舞う。
結局、この日はただショッピングモールを歩き回っただけだった。
あれ、なんだろう。これは、夢だろうか。
僕は遊園地にいた。隣に、誰かいる。顔だけぼやけて、輪郭が掴めない。けれど……、女だ。
あ、そうか。この人が、僕の好きな人……。
真央なのか、それはわからないけれど、二人が愛し合っていうのは十分感じられた。隣にいる彼女が、僕に話しかける。僕が何かを答えると、彼女は笑った。幸せそうな二人。
気付くと、電車にいた。僕はなんだか嫌な予感がしていた。けれど、そんな気分を紛らわすかのように、僕は隣にいる彼女と話している。
隣の彼女は、さっきの人だろう。彼女は幸せそうに僕に話しかけている。突然、電車が揺れた。彼女が僕の手を強く握った。僕は、彼女を守るように抱きしめて-。
悠翔は飛び起きた。頭が痛い。
さっきのは……僕の記憶なのか。僕は電車に乗ってて、事故に遭って…。
けど変だな、僕は彼女といたんだ。悠翔はいなかったはず。悠翔は、もっと昔に亡くなってたのか。
悠翔は起きあがってカーテンを開ける。
今日の天気は曇り。今にも雨が降りそうだ。
考えれば考えるほど矛盾している気がするし、頭が痛くなる。
……忘れてみよう。
悠翔は曇天模様の空を眺めながら思う。
真央のことは考えない。真央とは会わない。真央のことは、遠くから見守っていれば良いだろう。きっと、それが真央の為なんだ。真央が苦しまない方法なんだ……。
ふと気付いて、悠翔は呆然と立ち尽くした。
……僕は、いったい何をしているのだろう。どうして、こんな場所なんかに……。
悠翔は、あの丘に来ていた。
悠翔は頭を抱える。こんな所に来たら、真央のことを思い出すに決まっているではないか……っ。
「………」
ふと、後ろに真央がいる気がして振り返るが、人の気配さえなく。
悠翔は溜息を吐いて、石の上に座った。
空は曇っていて、辺りが暗く感じる。携帯を見ると、今は三時過ぎ。
ただただそこから見える町並みと空を眺めるうちに、悠翔は何かを思い出せそうな気がしてくる。こんなにも懐かしいなんて……。
ひんやりとする風に当たりながら、悠翔はいつしか眠ってしまった。
『わぁ、綺麗!こんな近くにこんな場所があったなんて!』
『その二人、幸せになれたのかなぁ』
『私たちが結婚したら、悠翔が料理担当だね』
『ありがとう!一生大切にする!』
『もう、良いじゃない、恥ずかしがらなくても』
誰の声だろう。懐かしい声……。
『誰にも邪魔されなくて済むし、ね』
『……馬鹿』
『ねぇ、約束して。ずっと、一緒にいてくれるって』
『もう。悠翔は優しすぎるよ』
『私も好きだよ、悠翔』
ふと眼を覚ます。
「ほああ。あれ、寝てたのか」
無意識のうちに携帯を見ると、十五時と表示されていた。
「五時か……。て、ええぇえぇ。二時間も寝てたの?」
眼を擦って再び見ても、時刻が変わることはなく。
ただ、風が更に冷たくなったような気がした。
「あぁ、もう帰ろう……」
そう呟きながら立ち上がって、悠翔は固まる。
……折角ここまで来たんだし。いや、でももう真央には会わないと決めたんだ。けど……。
しばらく考えて、ダメ元で電話してみることにした。
電話ってこんな緊張するものだったっけ。
そう思っていると、電話口から真央の冷たい声が聞こえた。
『…何』
電話口から、げほげほと聞こえてくる。
「……え、風邪ですか?」
『ちょっとね。大丈夫、大したことじゃないから』
そう言う声の次に、大きな咳が聞こえてくる。
あまり大丈夫には思えないな……。
『で、何よ』
「へ、あ、えっと……」
どうしよう、会いたいなんて言ったら会えるのかな。でも、風邪引いてるなら駄目だよな。天気だって危ういし、いつ雨が降ってくるかだってわからない……。
『ちょっと、聞いてるの?』
悩んでいると、真央の怒ったような声が聞こえてくる。
悠翔は慌てて言った。
「あ、あの、今丘にいるんです。良かったら会えないかと……」
言ってから悠翔は少し後悔した。これで風邪が悪化したらどうしよう。それに、もう会わないと決めたのに…。
悠翔が前言撤回しようとしたら、突然電話が切れた。
「……えぇええぇぇぇぇぇ」
悠翔は呆然と携帯のディスプレイを見る。
…なんで?