表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/51

Kapitel.19


「どこから来たんですか?」

 立ちながら悠翔が訊く。

「電車よ」

 そう言って最寄り駅を伝えると、悠翔は案内すると言った。

 真央はゆっくりと歩いた。出来るだけ、悠翔と一緒にいたかったのだ。

 悠翔も真央に合わせて歩く。

 俯いたまま歩く真央に、気を遣って黙って歩く悠翔。

 そんな真央を見ながら、悠翔は質問するべきか悩んでいた。

 こんなこと言ったら、きっと傷付く。けど、訊かずにはいられない。気になって仕方がないのだ。

「あ、あの」

 駅が見えてきて、人通りも多くなる。

 慌てて悠翔が言うと、真央はゆっくりと顔を上げた。

「あの……。変なこと訊きますが……」

 いざとなるとなかなか言い出せないもので、悠翔は切り出した今も迷っていた。しかし、そんな迷いも真央は吹き飛ばす。

「何よ。はっきり言って」

 真央は真っ直ぐに悠翔を見て言う。

「……ごめんなさい。僕と君はどういう関係なんですか」

 勇気を出して訊いた。

 真央は立ち止まり、眼を見開く。けれど、すぐに微笑んだ、つもりだがどうしても泣きそうになってしまう。

 訊いてはいけない質問だったのだと悠翔は悟るが、後悔はしなかった。

「そこまで深い関係じゃないよ」

「でも、そこそこ親しい仲じゃないですか?」

「どうしてそう思うの?」

 真央の視線が痛い。

 悠翔は呟くように言った。

「なんとなく、ですけど」

「……そう。まぁ、そうね……」

 真央は眼を伏せた。

 強く見せないといけない気がした。そうしないと、壊れてしまいそう。

「お、お願いです。教えて下さい!」

 悠翔が、初めて強い口調で言った。真央は驚いて、悠翔を見る。

「……怖いんです、正直。記憶がないのって」

 眼を伏せる悠翔に、真央は悲しく笑った。

「じゃあ少しだけ。私たち、幼なじみだよ」

「えっ」

 悠翔が勢い良く顔をあげ、真央を見る。

「じゃあ、僕の名前って……?」

「……それは、今のままで良いんじゃない?それで慣れてるんでしょ?」

 教えてくれると思った悠翔は、少々面を食らう。

「え、でも」

「細かいことは私の口からは言えない。自分で思い出してほしいの」

 真央が有無を言わせない口調で言う為、悠翔は諦める。

「…わかった、ありがとう。えっと、吉岡、さん?」

 語尾に疑問符を付けて悠翔が言うと、真央は肩を竦めた。

「真央って呼んで。覚えてないだろうけど、ずっと名前で呼んでたんだから」

「あ、はい。わかりました」

「じゃあ、行くね。あ、ここで良いから。駅だってそこだし」

 再び歩きだそうとする悠翔に、真央が制する。

「え、あ、そう、ですか」

「うん……」

 頷いて悠翔を見る。

 すると真央は、背伸びをして悠翔に抱きついた。そして耳元で囁く。

 「思い出してね。私のことも、私との思い出も」

 悠翔が眼を見開く。

 真央は満面の笑みを浮かべて駅へと消えた。



 去っていった真央を見届けてから、悠翔は家路に着く。

 先程の、真央の苦しそうな科白が耳から離れない。

 別れ間際、真央は笑顔だったけど、悠翔にはそれが偽りだとわかった。

「今帰りました」

 そう言って家の中へ入る。

「おかえり。楽しかった?」

 里佳子は台所から顔を覗かせて訊く。悠翔は曖昧に微笑んだ。

「もうすぐご飯出来るからね。ちょっと待ってて」

「うん」

 それから夕食を食べ、悠翔は自分に与えられた二階の部屋へ行く。

 ベッドの上で寝転がり、天井を見る。

 脳裏によぎるのは、真央の悲しく微笑む顔。

 多分、きっと彼女は僕の好きな人だろう。

 悠翔は直感的に思った。

 けれど、真央が好きなのは悠翔という人。彼はどんな人なんだろう。もしかしたら、彼も幼なじみなのかな…。

 僕は真央が好きで、そんな真央は悠翔のことが好き。悠翔と真央は両思いなんだろうか。

 そう考えたとたん、少し胸が苦しくなった。

 けど、と悠翔は考え直す。

 確か真央は、僕を見て悠翔みたい、と言った。もしかしたら僕の兄弟とか?だとしたら、僕と悠翔を重ね合わせる意味もわかる。僕と悠翔は似ているんだ。ということは、真央にとっては悠翔とも幼なじみだということか。

 ふと浮かんだ疑問に、悠翔は息を呑んだ。

 その悠翔という人は何をしてるんだろう。

 彼女の感じからして、今は一緒にいないみたいだけど…。まさか、僕は悠翔と一緒に事故に遭ったのかな。そして、もしかしたらその時……。

 思い出そうとして、悠翔は頭痛に耐える。けれど、記憶の扉は堅く閉ざされ、何一つ手掛かりを入手出来そうにない。

 もしもそうだとしたら、真央が僕を見て泣くのも頷ける。容姿の似た僕を、悠翔と重ね合わせたんだ。それに、あの様子だと僕のことも心配してくれてるようだし。

 悠翔はふと、真央とすれ違った時のことを思い出した。

 あの時、真央は信じられないという眼で自分を見ていた。悠翔だと思ってもおかしくないかもしれない。

 あれから二年だ。悠翔を亡くし、僕の行方がわからなって、彼女はどれだけ傷付いたのだろう。

「……僕が、真央を守らなきゃ」

 悠翔は心に誓った。

 理由なんて、いらないから。真央は僕が守ろう。

 その時、夏紀の姿が脳裏をよぎった。

 夏紀が自分に好意を寄せてくれるのはよくわかる。記憶のない自分をこうやって助けてくれたのも夏紀だ。

 けれど、悠翔はどうしても真央の傍にいたかった。

 多分、本能的なものなんだろう。

「夏紀に、なんて言おうか……」

 悠翔は頭を抱えた。



 真央は俯いたまま帰る。

 周りの声が一切頭に入ってこない。

 悠翔の前では元気良く振る舞えたはず。けれど、心が元気なはずがない。

 思い出してくれるとどこかで期待していた。けれど、名前を教えても思い出してくれなかった……。

 真央は、泣きそうになるのを我慢し、急ぎ足で家へ帰った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ