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Kapitel.18


 次第に真央が泣き始めた。

 そんな真央を、悠翔は優しく抱きしめる。

 きっと、自分と彼を重ね合わせているのだと思った。真央が求めているのが自分じゃないことに傷付く。

 悠翔は、なんだか全て思い出せそうな気がした。けれど、思い出せはしない。

 ふと、悠翔は真央の名前を知らないことに気が付いた。

 タイミングを見計らって、訊いてみる。

「あの、名前……。貴方の名前はなんですか」

 真央がゆっくりと顔をあげる。

「吉岡……、真央です」

 悠翔が反芻する。

 真央は少し期待していた。もしかしたら、思い出してくれるかもしれない。

 けれど、悠翔は思い出せないようだ。

「……なんだか懐かしい名前ですね」

 ……私にとっては懐かしい名前でもなんでもないけどな。

 悠翔の科白に真央は思う。

 真央は気持ちを落ち着かせてから口を開いた。

「貴方の、名前は」

「あぁ、山野やまの龍です」

 悠翔があっけらかんと答える。

 真央は眼を伏せた。

「けど、本当の名前じゃないんですよ」

 悠翔が悲しそうに言うと、真央は驚いたように悠翔を見る。悠翔はそんな真央を見て微笑み、言った。

「ベンチに座りませんか」



「龍って、記憶がないの」

 夏紀の言葉に、沙紀は理解出来なかった。

「龍……、ううん。本当の名前だってわからない。彼、何も覚えてないのよ」

 沙紀は、ただただ夏紀の言葉を聞く。

 「最初はなんとも思ってなかった。ただ、記憶のない龍が可哀想で、力になりたいって思ってただけだったのに、気付いてたら好きになってたみたい」

 ここで夏紀が言葉を切った。

そして少し紅茶を口に含む。

「彼には、愛していた人がいたみたいなの。けど、その人のことも覚えてなくて。多分、本当はすぐにでも探したかったんだと思う。でも私、どうしても龍を離したくなくて。なんとか彼を説得させたのよ。ほら、里佳子りかこおばさんのこと覚えてる」

「え、あぁ、うん」

「彼、そこに居候してるのよ」

「……そうだったの」

 突然知った事実に、沙紀は複雑な気持ちになった。

「もしかしたら、あの、なんて言う子だっけ」

「真央…?」

「そう、その子。もしかしたら、その子が彼の好きな人かもね……」

「はっきり言って、ありえなくはないよね。同い年なわけだし…。それに、真央のあの態度を見ると、ただの知り合いってわけでもなさそう……」

「……行っちゃうのかな、向こうに」

 夏紀が小さく呟く。

 沙紀は夏紀を励ますのと同時に、胸が苦しくなるのを彼方へ飛ばすかのように言った。

「でも、二年経つんだよ。そう簡単にばいばい、はないでしょ」

「……うん、そうだね」

 夏紀は無理に微笑んだ。

 そうだと思う。龍の性格なら、絶対そんなことはしない。だから、だからこそ辛いのだ。龍は面と向かって言うだろう。ごめんなさいと。ありがとうと。そして、さようなら、と。

 真央を追いかけていく龍を見て、夏紀はもう、自分の思うように物事が進まないことを確信していた。そして、龍は自分の元から去ってしまうような気がしてならなかった。



「言いましたよね、二年前程の記憶がないって」

 悠翔が静かに話し出す。

 辺りはもう暗くなっていた。

 悠翔に支えられるようにして立った真央は、そういえば、と取り出した携帯電話にメールが届いているのに気付く。佑月からで、用件は先に帰るとのこと。佑月なりの配慮が感じられるメールだった。真央はわかったと返事し、ついでに時計を見ると、六時三十分と表示されていた。

「気付いたら病院だったんです。よくわからないけど全身が痛くて、よく考えたら自分の名前さえも覚えていませんでした。

 眼を覚ましたとき、近くにいてくれたのが夏紀だったのです。彼女は僕が眼を覚めて凄く安心していたようでした。

 夏紀は行き場のない僕に親戚の人を紹介してくれて、今僕はそこで厄介になってるんです。優しい人で、僕は本当に恵まれてると思いますよ」

 そう言って悠翔が微笑む。けれど、そんな悠翔の顔に影が差した。

「けど、記憶がないってやっぱ辛いんです。ふわふわした感じで、どうも落ち着かない。最近は、自分が何が好きだったのか、とかはなんとなく思い出してきそうな気がしますが、思い出は何も思い出せないんです」

 真央は何も言わずに聞いている。

 すると、悠翔は慌てたように言った。

「あ、ごめんなさい。僕の話なんてつまらないですよね。関係ない貴方にこんな話をし……」

「か、関係なくないよっ」

 真央が、悠翔を遮って小さく叫んだ。悠翔が驚いたように真央を見る。

 真央は、俯いて両手を強く握っていた。

 その言動に、悠翔は確信する。

「心配、してくれるんですか。ありがとうございます」

 優しく言う悠翔に返事をせず、真央は口を開いた。

「どうして、記憶をなくしたの?」

「僕、事故に遭ったんですよ。その際に頭を強くぶつけたのが原因だとお医者さんが言ってました」

「……そう」

 静かに言う真央に、悠翔は元気良く言う。

「あの、携帯電話持ってましたよね。良かったら連絡先教えてくれませんか」

 すると、真央はゆっくりと顔をあげた。

 顔を上げると、笑顔の悠翔がいる。

 真央は頷いた。




 

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